第19章 美味い料理と不味い話
雨都の目の前で、”従弟”の雫が3杯目のおかわりにがっつき始めた。 雨都は炊いておいた炊飯釜の中を確認してから、もそもそと鰯の塩焼きを口に含む。 腹が空いたと雫が言うから、少し……いや、だいぶ早めの夕食を作ったのだが、やはり空きっ腹ではない雨都は食が進まない。 いや、食が進まない原因はそれだけではない。 諸家とは……少々の因縁があった。 それは千年も前の話で、今の雨都や雫には関係などない。 千年も前だから、2人は従兄妹同士と言っても、血縁的には遠すぎる関係だ。 それでも、十二神家と諸家は切っても切れない因縁を含んでいる。 それはもう忘れ去られ、文献上でしか確認の術のないこと。 先程、雫が叫んだ言葉の通り、諸家に「諸」という苗字を与えたのは十二神家の当主だった――千年も前の。 雨都はそのことを文献を読んで知っていた。 また、雫もそのことを知っている……。 気まずさが漂う。 「美味いな……うちの母さんの料理とは雲泥の差だ」 雫はポツリと呟く。 躊躇もなく、そう言った。 雨都はその言葉に動揺してしまった。 他意などあろうはずもないのに、つい不安げに雫を見つめてしまった。 心が見えない。聞こえない。 こんなことは……初めてだった。 「なんだよ、睨むなよ。嘘ついてねぇよ、口はよく回るけど、今回は本音だよ」 睨んだつもりはなかったけれど、今日会ったばかりの雫ではそう捉えても仕方がないかもしれない。 雨都はツリ目の美人だから、少し相手を見ただけでも誤解されることがままある。 「別に睨んでは……いない」 「あ、そ」 雨都の答えに興味なさげに、どんどん物を口に運んでいく雫。 雨都は参ったなぁ……と心の中で呟いた。 家まで彼を連れてきたまではよかったけれど、自分はここで何をしようと思ったのだろう。 ただ、追い返してはいけないのだと……日向の世話焼きで感じたのはいいけれど。 大人っぽい顔立ちが、モグモグと口を動かし続けている。 食べることに集中していると言える。 雨都はやってはいけないのだけど、ツンツンと青菜の漬物をつついた。 どうしても、食べる気にはなれない。 「あんさ……」 「え?」 「事情って何?さっき、ちびっこいのがなんか言ってたじゃん?」 味噌汁で口の中のものを流し込んでから雫は箸を置いた。 もう皿の上には何も残ってはいない……いや、ピーマンだけ残していた。 雨都はそれを気にしつつも、雫の問いに答えようと言葉を探した。 考えている間に雫が口の周りをぐいっと拭う。 雨都は意を決して箸を置き、口を開いた。 「私……は、分家とか宗家とか、そういう関係で諸家とは関わりたくない」 「ん?」 「元々……諸家は十二神家から派生した分家。時に十二神家の身代わりに。時に十二神家の守護者として……。けれど、それは昔の話で……今はもう関係なんてないに等しい。だから、今更、私はそれを掘り起こしたいとは思わない。兄さんが私のことを心配して、あなたをよこしたとあなたは言ったけど、私は……それを必要としない。だから、あなたには帰ってもらいたい。会えたことは嬉しい。でも、私に仕えるつもりなら、この出会いは全く嬉しくない」 雨都は言葉に迷いながらも、そう言い切った。 雫の視線が雨都の目を捉える。 何かを探るように目を細め、ポリポリと頬を掻いた。 「オレ、仕えるとかガラじゃないから」 「…………」 「オレは単に、アンタがオレと同じく異能の力を持っているって聞いたから来ただけ。アンタに仕えるつもりもないし、お守りをしようとも思ってない。オレはただ……アンタをこの目で見てみたかった。おかしな力を持って、それでも、どうやって生きてるんか……それを見てみたかったんさ」 雨都はその言葉に目を見開いた。 雫は今なんと言ったか? 同じ異能の力……? そう言ったのではないか? 雫はマグカップに手を伸ばして、紅茶をゴクリと飲んだ。 そして、紅茶の揺らめきを見つめながら続ける。 「力なんて関係ナシに、お友達いるのな」 「力のことは……言ってないから」 「そっか。でも、心が視えるんだろ?人と一緒にいるの、しんどくないの?」 「あの人たちは……いい人だから」 雫の問いに、雨都は初めて雫に対して和やかな笑顔を見せて答える。 雫はその表情に驚いたように口をすぼませた。 そして、すぐにつまらなそうに顔をしかめる。 「あの中の誰か……好きなんだ?」 「え?」 「いや……なんでも。あんさ、雨樹にぃからアンタの力のことは聞いてるんだけど、オレの心も……視えるの?」 「いいえ。全然わからないわ」 雨都は首を傾げる。 雫はふぅん……と感心したように頷いて、マグカップを置くと、その手をグッパグッパさせた。 「オレの力は……」 雫がそう呟いた瞬間、ボゥッと青い焔が手の平に閃いた。 現れた焔はユラユラと揺れ、雨都と雫の間に陽炎を発生させる。 雨都はその焔を見つめて、しばし呆然とした。 透き通るような青さに魅せられたように目が離せない。 「熱くない?」 「ええ、平気」 「オレたちはこういう力に干渉されないみたいだな」 雨都の答えに納得したようにそう言うと、拳を握って焔をあっという間にかき消してしまった。 雨都はいまいちわからなくて、眉をひそめた。 「……焔、青かったろ?すげー、高熱なんだよ。熱くないわけ、ないんだ。この力を制御できなかった頃、危なく人を焼き殺すところだった……」 雫の悲しそうな呟きに、雨都はなんと言っていいのかわからずに目を細める。 雫はそれを察してにやりと笑う。 「そんなこた、どうでもいいんだけどね」 「そんな……どうでもよくなんか……」 「どうでもいいことだよ、今は。それより、オレを追い返そうとした本当の理由をお聞かせ願いたいね」 それ以上は語りたくもないように、雫はすっぱりと話を切り、目を細めて雨都に話を振った。 雨都はその問いに動揺して、目を泳がせる。 「理由ならさっき……」 「あんなの理由になるかよ。単に主従関係を結ばなければ解決する話だ。悪いけど、オレ、頭はいいから」 真剣な目で雫は雨都を睨んでくる。 雨都は困ったように俯いた。 仕方ないようにため息をつき、雫が口を開く。 「この町、能力者のにおいがプンプンする。そこに関係あるんじゃないの?さっき会ったネコッ毛の兄ちゃんも……何か力持ってるでしょ?」 「も、持ってない……知らない……」 「あの人だけじゃない……他にもにおうんだ。オレと、雨都ねぇ……あの兄ちゃん、その他にもいる。ご名答?」 雨都が俯いて首を振っているところに、楽しそうに雫はそう言った。 「仲間なのか敵なのかは知らないけどさ、こんなに揃うなんて、面白いじゃん」 「面白いとか、そんなこと言わないで!あの人は……」 雫の声に雨都はムッとして立ち上がってテーブルをバンと叩いた。 意外な行動に雫が驚いて、雨都を見上げてくる。 雨都はしまった……と今更ながら自己嫌悪した。 言い掛けた言葉を飲み込む。 もう遅い。 そんなのはよくわかっていた。 面白いなんて……言われたくなかった。 自分が苦しんできた力。 あの人を苦しめている力。 雫だって、語りはしなくとも、たくさんたくさん苦しんできたはずなのに……そんな人が揃ったのを面白いなんて……理解できなかった。 「悪い……言葉が悪かった。苦しんでるのは自分だけだって思ってたから、他にもいることを知って安心したんさ。言い方、悪すぎた」 雨都の眼差しをしっかり見据えて、雫は真っ直ぐな声を返してきた。 雨都はその声で自分の心が落ち着くのを感じた。 興味本位とか、そういうものではなかったのだ。 怒りを露わにしてしまった自分のことが恥ずかしくなった。 「ねぇ、やっぱり、あの人とか関係あるの?」 「巻き込むわけにはいかない……」 「へ?」 「彼の居場所を護るの。そう約束した……。彼を助けるの。そう約束した……。彼を護らなくちゃ……でも、それにしずくを巻き込むわけにはいかない」 まるでうわごとのように……だけど、雨都の眼差しは真剣そのものだった。 雫が困ったように首筋を掻く。 「……話が見えねんだけど」 「明日……帰りなさい。何も知らなくていいこともある」 「そこまで言っといて、そりゃないさ。せめて、事情くらい聞かせてほしいもんだ。こんな田舎くんだりまで来たんだし」 大げさな動作でやれやれとでも言いたげに両手を振る。 けれど、雨都はそこで話を終わらせようと、雫の茶碗を手に取って、ご飯を盛った。 「……まだ、食べるでしょ?」 「おいおい、マジで言わないつもりかよ」 「命に関わるの」 雨都は凄んでそう言うと、自分の目の前にあるものを全て雫の皿に移して、キッチンを出た。 「お茶碗、流しに置いておいてね」 そう……言葉を残して。 話を聞いて、引くような人ならいい。 けれど、話をした感じで、どちらの選択を取る人間かが掴めなかった。 だから、雨都は話さなかった。 とりあえず、能力者同士には妙なバランスがあることがわかった。 雨都と雫は他の能力者の干渉を受けないようだ。 だから……雨都は淡雪の記憶変換の干渉を受けなかった。 淡雪についてははっきりわからないが、他にいるもう1人は、存在は感じてもジャミングを受けているように特定までは至らない。 他にもいる……。 今日、町に来たばかりの少年が簡単に言い当てた。 雨都はまだ発信源が掴めていないというのに。 けれど、それが淡雪とは違い、悪意に満ちているのを雨都は感じ取っていた。 その悪意は殺意だ。 危険すぎるほどの殺意。 そして、その矛先は、確かにあの人に向けられたもの。 自分が何をできるかはわからない。 それでも、護らなければと……決意していた。 命に代えても、あの人との約束を守る。 あの人の居場所を失くさないために、それが償いになるように。 だから、たとえ、闘う力を持つ雫でも、関わってはいけない。 これを招いたのは、きっと十二神家だから。 諸家には……関わりのないことなのだから。 |
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