第42章  最終局面へ?


 海へ続く道を駆けて、安曇は必死に八朔を追っていた。
 生徒たちがいぶかしんでその様子を見ていたが、そんなことには構わなかった。
 逃がすわけにはいかない。
 八朔が淡雪の居場所を知っているはずなのだ。

 昨日、日向の泣いているところを見て、どうしても吐かせなくてはと思うようになった。

 けれど、八朔の言っていた、人質付き……という言葉の意味がわからない。
 しくじったことで、日向に害が及ぶかと思い、心配になったが、日向は何事も無いように今日も元気だった。
 雨都だって、特に変わったところはなかったと思う。
 八朔が何を考えているのかが、安曇はどうしてもわからなかった。

 今日も不意打ちで殴りつけたまではよかったが、やはり八朔には常人離れした力がある。
 それを理解して、ようやくそれなりに闘えるようになった、3度目の勝負。
 ようやく闘えるようになった……という時点で、安曇もある意味常人ではないかもしれないが。

「殺るなら確実にお願いしますよ。ぼくは痛いのが嫌いなんですから」

 あざ笑うようにそう言うと、八朔は思いっきり走っている素振りも見られないのに、安曇と同じスピードで駆けてゆく。
 同じスピードだから、どんなに走っても差が縮まらない。
 それが歯がゆくて、舌打ちをした。

「てめぇ、何のつもりなんだよ?!毎回毎回……!おれのこと、挑発しといて、逃げてばっかじゃねぇか!!」
「教師のぼくが、殴るわけにはいきませんからね」
「……なめてんのか……?」
「いいえ、別に。死にたいのなら、それでも構わないんですけど……」

 八朔は困ったような声を出して、堤防と堤防の間の道を駆け抜けた。
 安曇もそれに続く。
 ザザザ……とブレーキをかけて立ち止まる八朔に合わせて、安曇も同じように砂埃を舞わせてスライディング気味に立ち止まった。

「あっくん?どうしたの?」
 先程通り過ぎた堤防から、間の抜けた声。

 安曇は振り返って舌打ちをした。
「チビクロ、そんなところで何やってる?……つーか、なんで、諸々までいるんだ?」

 まずいところを見られた……というのが本音だ。
 日向は八朔の正体を知らない。
 いや、わざと知らせないようにしていたのだから、ここで闘うのは都合が悪い。
 なにせ、八朔は何を口走るか、安曇にも予想がつかない。
 日向の前で、淡雪は自分が殺したとでも言われたら困るのだ。

「あ、あたしは……うっちーと黄昏ごっこしに来たんだよ。シズ様はヒーロー。カッコよかったんだよ、さっき」
「黄昏ごっこにヒーローごっこか?」
「違う違う。黄昏はごっこだけど、シズ様は本当にヒーローだったの!」
「はぁ?」
 日向の言っていることがわからない。
 いや、概ね、日向に状況説明を問うと、意味がわからないことが多い。
 聞いた自分がバカだった。

 雨都に膝枕しながらも、真剣な顔で安曇の後ろを睨んでいる雫に目をやった。
 雫は驚きを隠せないように、明らかに眉をひそめていた。

「ほっちゃん……アンタだったのかよ?」

「おや、これはシズクくん。まさか、こんなところで会うとは……」

 安曇は首だけ振り向いて、八朔を見た。

 頭をカシカシ掻きながら、これは困ったとでも言いたげな顔をしている。
 ……が、それすら胡散臭く見えてしまうのは、安曇の疑心暗鬼気味の考えのせいだろうか。

「ひなちゃん、ちょっと、雨都のことお願いしていい?」
「え?あ、うん……どうしたの?顔が、怖いよ?」
 顔を戻すと、雫が日向に雨都の体をもたせかけていた。

 日向が状況が掴めないようにおどおどしながら、立ち上がった雫のことを見上げている。

 安曇も状況が掴めない。

 雫は目を細めて笑うと、
「こんな顔の良い少年捕まえて、そりゃないっしょ」
 と日向に言い返し、その後、雨都の顔を覗き込んで言い添えた。

「ごめんね、雨都。オレ、約束守れない。もう……トンズラするのはやめたんだ」

 雨都はピクリとも動かない。
 雫は優しく頭を撫でて、堤防から高々とジャンプした。

 さくっと砂浜に着地を決めて、日向にヒラヒラと手を振り、付け足す。
「あんさ、これから、オレがやること、ビックリしないでね?無理だとは思うのですけど……」

 スタスタと安曇の横まで駆けて来たので、安曇は不機嫌な声で尋ねる。
「状況が訳わからんぞ。なんなんだ?」
「シヅキングじゃ役不足。オレに任せたほうがいいよ」
「あ?」
「因縁なんだよ。雨都が闘おうとしてた因縁。だから、それを引き継ぐのはオレ。オッケー?」
「オッケーじゃねぇよ。こっちにも喧嘩する理由がある」
「……そうなの?」
 明らかに邪魔なんだけどと言いたげな声で雫が言った。

 安曇はヒクヒクと口元をひきつらせる。
 こんなチビに何ができるというのか。
 安曇のほうが絶対に強いのに見下されているようで気分が悪かった。
 しかし、安曇の相手をしている余裕がそんなにないのか、プイと八朔のほうを見据えて話し出した。

「ほっちゃん、アンタ、なんで、そんなオーラ放ってるの?自分で昔言ってたじゃないか。『1度解放されてしまった想いは、抑えが利かなくなる。それが強い想いであったり、悪意であったりすれば……特にね』って。自分でわかってたくせに、なんでこんなことになってるんだよ」

 八朔は眼鏡の奥の目を細めて、寂しそうに笑った。
 安曇は八朔がそんな表情をするとは予想もしていなくて、目を見開く。
 八朔はため息混じりで答える。

「同調してしまった思いを……打ち消すことなどできなくてね。ぼくは……元々、こういう運命にあった人間だ。どうしようもないさ」

 悪びれる様子も見せずに、自分は被害者だと言わんばかりの表情。

 雫が悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「アンタから、そんな情けない言葉を聞くことになるなんて。この何年かで……何があったんだよ?!」
「答える義務はない」
 駆け寄って問い詰める雫の体を、八朔はいとも簡単に吹き飛ばした。

 ありえないスピードで飛んできた雫を安曇はなんとか受け止める。
 人一人受け止めた衝撃で、安曇の足がヨロリとした。
「こんな……力、持ってなかったはずだ……」
 安曇の腕の中で雫が驚いて、そんなことを呟いた。

 安曇は雫を地面に下ろすと、八朔を睨みつけた。
 八朔は冷ややかな眼差しで2人を見、その後に堤防の上にある2人に目をやった。
「雨都ねぇに、あんなことをしたのも、ほっちゃん?」
「ある意味、……そうだよ」
 八朔は含みのある言い方をする。

 安曇はその点が少し気になったが、雫はそんなことには構わないように、安曇から1歩2歩……と離れて距離を取ってから、怒りを露わにして叫んだ。

「そっか……じゃあ、オレ、手加減しないから!!」

 その叫びと共に、雫の周囲にポゥポゥ……と蒼い焔が浮かび上がる。
 夜に見たら人魂に見えてしまいそうな、冷たい蒼。
 けれど、焔が増えていくたびに、周囲の温度が上がっていく。

「嘘だろ……」
 安曇は自分の目を疑った。

 雫が右手を掲げると、それに呼応するように焔が全て右手に集約されていく。
 1000年生きている親友やら、記憶を操る能力やら、とりあえず頭では納得していても、こういった異常な力を目の当たりにするのはこれが初めてだった。
 八朔の力は目に見えてわかるような能力ではなかったので、本当にこれが初めてのことだ。

 雫が砂浜を駆ける。
 砂埃が舞い、八朔に至近距離で焔を投げつけた瞬間、空間が裂けるような鋭い音がした。
 焔に包まれる八朔の体。
 雫は間髪入れずに、また焔を作り出す。
 両手で念じて、先程よりも大きな焔を呼び寄せ、それを火柱を上げている八朔の体に更に叩きつけた。
「…………っ」
 焔を放った本人が、フラリと体を傾ける。

 安曇はすぐに駆け寄って、火柱から雫を遠ざけた。
「世話の焼ける……」
「大丈夫だよ。オレは熱くないから」
「ちげぇよ。そんな連発も出来ない力で粋がるんじゃねぇって意味だ」
「しょうがないだろ。この力は戦闘用として鍛えてないんだから……」
「だったら、人を見下すな、クソガキ」
 どちらも口が減らない。
 最終的に雫がいじけて、口論は終了となった。

 安曇は赤く燃え上がる火柱を見つめた。
「倒せた自信は?」
 雫はその問いに考え込み、少し遅れてから答えてきた。
「人間攻撃用に使ったのは初めてだけど、最大火力だから、生きているわけは……」
 雫は悲しそうに表情を歪めて、火柱を見据える。

 その表情があまりにも辛そうだったので、安曇は珍しく尋ねた。
「どういう関係だ?」
「……昔、近所に住んでたんだ……」
 雫は辛そうにそう答えてくる。
 安曇はその返答を聞いて、目を細めた。
「コイツが……全ての元凶……」
「残念ですが、君の力じゃ、ぼくは倒せませんよ」
 安曇の言葉を遮って、後ろからそんな声が聞えてきた。

 2人は慌てて振り返る。
 微妙に焦げたスーツ姿で、堤防の上に腰掛けている日向たちの後ろに立ち、八朔は不敵に笑っていた。
 日向が驚いたように振り返って確認すると、雨都を庇うようにぎゅっと抱き締めるのが見えた。

「一族同士の力では、相殺し合うしかないんですよ」
 八朔はコキコキと首を鳴らし、日向へと手を伸ばした。

 日向が触れられると思った瞬間、目を閉じた。
 状況をどこまでわかっているか知らないが、恐ろしさだけは感じているのだと思う。
「ひなた!」
 安曇は砂を蹴って走る。

 後ろでボゥッという焔の発生する音が聞えた。
 おそらく、力を振り絞って雫が焔を捻出しようとしているのだ。
 けれど、それよりも前に、八朔の後ろに立った人物がいた。

 ネコッ毛の黒髪。
 あの日いなくなった日の、長身に似合うTシャツとジーンズ。
 優しげな面差しが、怒りからか鋭さを放っていた。

 淡雪は八朔の頭に手をかざして鋭い声で言った。
「僕のひなに、手を出さないでもらえませんか?」

 その声に、八朔の手が止まった。

 日向に触れる、ギリギリのところだった。

「これは……本当に戻ってくるものなんですね……」
 八朔が感心したようにそう言って笑った。



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