第2章 転校生 教室に入ってすぐ、真城はタタタッと葉歌の席へと駆け寄った。 葉歌は真城の家に仕える月歌の妹で、年は真城より2つ上。 ただ、幼い頃に病を患い、進級が遅れてしまった。 年が上な分、落ち着いており、物事を冷静に見定める目を持った少女だ。 緑色の髪は長く、ウェーブがかかっていて柔らかそうな印象を与えている。 瞳の色は月歌とお揃いのエメラルドグリーン。日に透かすと、爽やかな風の色のように見える。 顔立ちはそんなに濃くはないが、整っており、ふわりと笑うと本当のお姫様のようだ。 「おっはよ!葉歌」 「おはよう、真城。今日も相変わらず可愛い」 「まぁた、そんなこと言って……」 「いいえ、真城は可愛いの。周りがわかっていないのよ」 おっとりとした口調でそう言うと、それまで読んでいた本をパタンと閉じた。 真城は少々照れながらも、葉歌の前の席にストンと腰を下ろす。 特に席は決まっていないから、考える必要はない。 ただ、葉歌は今座っている席以外はお気に召さないようで、それに伴って真城の席も、もう特等席と化してしまっていた。 しっかりとした木材で組み上げられた机と椅子は、この村で名工と言われている、龍世の父親が作ったものだ。 創立以来ずっと使われているのに、未だにガタが来ていないという優れものである。 「葉歌とつっくんだけだよねぇ、そういうこと言うの」 「あんな兄と一緒にされるのは不本意だわ」 「え?つっくん、いいお兄さんじゃないか。ボク、欲しかったよ、ああいうお兄さん」 「そう?真城の場合は……」 「なに?」 「ううん、なぁんでもない」 目を細めて何か言いかけた葉歌だったが、あまりにも真城があっけらかんとした表情で次を仰ぐので、フルフルと首を横に振った。 真城も特に深読みせずに、そっかぁとだけ言葉を返して、背中に背負っていた剣をカタンと机に立てかけた。 「ところでさ、今日、いつも通りの時間に来たんだけど、転校生に先越されちゃった。だから、どうって訳ではないけど。早く来るタイプだと思ってなかったから驚いた」 「え?遠瀬くんのこと?」 「ええ。あの仏頂面の転校生」 窓際の席で、ボケーッと窓の外を眺めている黒髪の少年を見据えて、不服そうに葉歌は言う。 「葉歌、遠瀬くんのこと、嫌いだよねぇ」 「……嫌いじゃない……」 「え?だって……」 「嫌いっていうより、恐いのよ」 「恐い?」 「そう」 「ふぅん……」 真城は小柄な葉歌の視線の高さに合わせるように頬杖をつき、あからさまにならない程度に遠瀬を見つめた。 遠瀬は一週間ほど前に、このクラスに転入してきた少年だ。 転校初日から仏頂面で、挨拶も「よろしく」の一言だけ。 しかも、あからさまに「よろしくする気もないけど」という言葉が括弧つきで含まれているような言い方だった。 愛想がなくて、タレ目なのに目つきが悪いことを抜かせば、背も高いし、転校生として期待されるには合格ラインを通過していると言えた。 それに黒髪に黒い瞳という、国内ではまず見られないタイプだったので、興味を持つ生徒は多い。 だが、初日の挨拶の通りなので、友人らしき人物は一人も出来ていないようだった。 もう夏も近いというのに、長袖で首までしっかりと覆うタイプの服を着ていて、見ているこちらが暑くなる……なんてことなら、真城も考えたことはあった。 「話しかけてみようか?意外と話してみたらいい人かもしれないぞ?」 「え?ちょっと、まし……」 ガタリと立ち上がると、真城は真っ直ぐ遠瀬の席まで歩いていく。 困った声での葉歌の制止など聞いてもいなかった。 遠瀬の机を軽く叩き、ニッコリと笑みを浮かべる。 「おはよ、遠瀬くん。ボク、真城。少し話さないか?」 遠瀬は机の音にピクリと反応したけれど、チラリと真城を見てすぐに窓の外に視線を戻してしまった。 「遠瀬くん?」 「呼び捨てでいい。マシロ」 「遠瀬?」 「ああ」 「話す?」 「さない」 「そう。これからも、声かけていい?」 「好きにすれば?」 「うん、わかった」 無愛想に言葉を返してくる遠瀬に、真城は明るい調子で問いかけ続け、最後にニッコリと笑みを浮かべて、葉歌の席へと戻った。 「好きな時に声かけていいって」 「……たぶん、そういう意味じゃないと思うけど?」 「そう?でも、名前覚えてくれたよ。興味ないなら、覚えないだろう?」 「まぁ……そうだけどね。真城は単純だからなぁ……」 のほほんとしている真城を見て、心配そうに葉歌が苦笑をもらす。 「え?」 「いいえ、なんでも」 「そう?」 突然、葉歌が穏やかに笑みを浮かべた。 「真城は、やっぱり可愛いわ」 「……だから、そゆこと言うな」 いきなりの言葉に照れを隠せず、真城はむぅ……と口を尖らせて、髪の毛をくしゃりと撫で上げる。 それを見て楽しそうに葉歌が口を動かす。 「可愛いものに可愛いというのは当然の行為よ」 「葉歌」 「ん?」 「楽しんでるだろ?」 「あ、ばれた?」 葉歌はいたずらっぽく舌を出して、だって、真城の照れた顔が本当に可愛いんだものと付け加えた。 その言葉に真城は更に唇を尖らせて、照れを誤魔化そうとしたが、簡単に見抜かれて、うぅ……と唸り声を上げた。 それを見て、更に楽しそうに葉歌が笑った。 その時、その教室の誰も気がつかなかったことがある。 遠瀬が初めて、窓の外以外のものをしっかりとした眼差しで見据えていることに。 その視線の先にいるのが、真城だということに。 |
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