第6章 風緑の丘(後編) 「えっと……お嬢様、この男は一体?」 エントランスホールに入ってすぐに月歌が口元をヒクヒクさせて、遠瀬を見下ろす。 眼鏡を何回も掛け直して、何度も確認。 遠瀬はつまらなそうにぼーっと突っ立っている。 どうにも、集中力というものを遠瀬からは感じられない。 「ちょっと、そこで会ったから連れてきた。お茶も何も要らないからさ」 「いえ……たっくんはいいんですよ?たっくんは。ですが、ちょっと、コイツは……」 「つぐたん、たっくんって言うな!!」 「だったら、君もつぐたんって呼ぶの止めなさい」 「いーやーだ」 「でしたら、私もやめません!」 イーと口を横に伸ばす龍世に、月歌もふんと鼻を鳴らす。 遠瀬がそこではぁ……とため息を漏らした。 真城が慌てて、もう一度交渉する。 「大丈夫だよ、タツも葉歌もいるんだから」 「なにが、大丈夫なんですか?コイツ、相当できるでしょう?真城様より強い男を、真城様の部屋に上げるわけにはいきません。間違いがあったら困ります」 「自分だって入ってるくせに」 そこで、葉歌がディナーを食べ終えたのか、口元を拭いながら、右側のドアから出てきた。 真城のことを珍しく睨む葉歌。 真城はただ乾いた笑いを返すことしか出来なかった。 「葉歌!私は……」 「兄ぃだって、真城より強いくせに入ってる」 「私は真城様の足元にも及びません」 平然と首を振る月歌にイライラした声で葉歌は続ける。 「卑怯。そんな中途半端なことばっかりするから、真城が……」 けれど、すぐに真城が遮った。今話すことではないからだ。 「葉歌、話がややこしくなるから」 「…………。そうね。真城、たっくん、行きましょう。納得が行かないのは遠瀬くんにだけでしょう?取調べでも地下牢にぶっこむんでも、好きにすればいいわ」 「だから、たっくんって呼ぶなってば!!」 「タツ、何か食べるか?仕事が終わってから何も食べてないだろ?部屋に運ばせるよ」 「え?本当に?だったら、オレ、ヒッケ鳥の丸焼きがいいな♪」 「ヒッケ鳥……ご、ごめん、さすがにそれは無理だな」 「え?そうなの?じゃ、ハンバーグでいいよ」 「すまないな」 ヒッケ鳥とは体長3メートルもある鳥のことで、空は飛ばずに地を歩く。 走りもしないノロマ鳥なのだが、力だけは強くて、なかなか捕まえられる猛者がいないのだ。 それにしても、死体を見た後でも物を食べられるというのは、龍世もこう見えて、だいぶタフな少年だ。 「遠瀬はどうする?」 遠瀬は静かに答える。 「僕は別に牢でもいい」 「いや、それだと、事情が聞けない……か……ら」 「事情〜?」 「あ……」 うっかり口が滑ってしまい、しまったという顔をしたが、時すでに遅し。 月歌が腰のホルスターからリボルバーの銃を抜き、真城に向けた。 「真城様、ご無礼を承知で。私も、面子に加えていただけますと嬉しいですね」 口調は穏やかで、表情も笑顔だったが、有無を言わさない鋭さがあるのをそこにいた誰もが感じ取った。 普段はアホだが、オールバックに眼鏡は伊達じゃないといったところか。 「はいはい。あんまり、ここで騒いでると村長様が降りてきちゃうから部屋に行くなら行こう」 もう本決まりと察した葉歌が、自分の家でもないのに仕切る。 龍世が先頭を切って真城の部屋へと一直線で歩いてゆく。 「ハンバーグ〜。ハンバーグ♪」 という、自前ソングを披露しながら。 真城がそれに続いて歩いていたが、急に後ろから背中をつねられたので、振り返る。 すると不機嫌そうな葉歌の顔があった。 「葉歌〜……」 「お守り取りにいったんでしょ?どうして、あんなの拾ってくるの?」 「拾って……って、つっくんも葉歌も……」 「わたしの言ったこと、1つも分かってくれてない」 「う……いや、だって」 「真城は葉歌に弱い〜♪」 龍世が聞こえてもいないはずなのに、そんな歌詞を歌った。 その声が聞こえて、真城はポリポリと頭を掻く。 弱いよ。それが何か悪いか?心の中でつい呟く。 「あんなのに関わったら、本当に……わたしたち……っケホ!」 「葉歌?」 「大丈夫。ちょっと、喉が……コフッ……」 繰り返される咳に不安を覚えて、眉を八の字にする真城。 子供の頃に見た、葉歌の咳と同じだったからだ。 「大丈夫よ、そんな顔しないで。すぐ収まるから」 龍世がドアを開けて勝手に部屋に入ったので、それに続いて真城と葉歌も入る。 遠瀬を通した後に、月歌が続いた。 龍世が椅子。真城と葉歌がベッドに腰掛けて、遠瀬と月歌は床に座った。 「遠瀬、聞かせてもらってもいい?」 「とりあえず……匿ってもらうってことで、僕の本当の名を教えといたほうがいいよな」 「かくま……!真城様、どういう……」 「兄ぃは黙って聞いてなさいよ。話が進みやしない」 雲行きの怪しい話題なのがわかって、一層戸惑いを隠せない月歌の声を葉歌が軽く一蹴する。 先ほどの咳は、今度は出なかったので、真城もほっとした。 「僕の本当の名前は……戒(カイ)。この国に入る際に、どうしても、カヌイの者だって気づかれるわけにはいかなかったから。僕は、ある師団を壊滅させて、それ以来指名手配されている人間だ」 「指名手は……失礼。続けてください」 月歌がいい加減、腹を決めたとでも言うように、眼鏡を外してジッと戒のことを見つめた。 「この国に逃げ込んだのは……気がかりがあったからで、それが済んだら死んでもいいって思っている」 「その気がかりは……さっき言っていた救世主のこと?」 「ああ。詳細は話したくないから省くが……どうしても、捕まる訳にいかなくなった」 「それで、都市の騎士を2人も殺しちゃった……と」 龍世がなんでもないことのように呟く。 殺したという言葉を聞いて、葉歌と月歌の顔色が一変した。 他国の師団を壊滅させた事に関しては、どうでもいい。 この国はそういった犯罪者の逃げ込み場としても利用されている影があるから。 だが、自国の騎士を殺したとなると、話は別になる。 裁きの対象として、追われる身だ。 そんな人間を匿った人間だって、ただでは済まない。 「ちょっと、なんで、あなた、ノコノコついてきたりしたのよ!図々しいにも程がある」 「ああ。だから、すぐに出て行くさ。お前達は知らなかったと言えば、それで済む」 「遠……あ、戒。ボクを信じてるからついてきたんじゃないのか?」 「信じてなどいない。信じるとか信じないとかのレベルじゃないんだ」 「え?」 「僕は誰も信じない。単に、お前があかり様……救世主のことを知っているのかと思ってついてきただけだ」 「ごめん、あれは……たまたまで」 「…………。そうか。まぁ、当然だな。知っている者がいるはずない」 ふぅとため息をつき、やれやれと戒は窓の外に視線を動かした。 龍世がギッコギッコと椅子をきしませながら、あっけらかんとした声で尋ねる。 「お前、師団を壊滅させたとか言ってたけど、なんで?」 「家族が殺されたからだ、そいつらに」 「…………。それって、つまり仇討ちってこと?」 「…………。いや、人殺しだよ、ただの。綺麗な言葉で飾っても、虚しいだけだ」 戒は自嘲気味に笑うと、すっくと立ち上がった。 「邪魔した。どうやら、もう追っ手が来たらしいから、僕は窓からでも逃げるよ」 「本当だ、門の辺りに、都市騎士団の旗が見えるよ」 龍世が立ち上がって窓の外を見据える。 夜目の利く龍世には造作もないことだった。 「え?待って、戒」 「関与したと悟られなければ、お咎めはない。村長の娘ということ、もっと先に知っておけばよかったな」 「待ちなさい」 「待って」 本当に窓から逃げようとしている戒を、葉歌と月歌の2人の声が止めた。 葉歌が立ち上がって、真城の剣を掴むと、真城にしっかりとその剣を握らせてきた。 月歌もリボルバー銃を抜き、カチャカチャと数回動作確認をする。 「状況に関して、同情を覚えた。加勢しよう」 月歌が物静かにそんなことを言った。 葉歌も何も言わないが、真城に武器を持たせたことが物語っている。 葉歌も月歌も……戦争孤児だった。 それ以上でもそれ以下でもない。 たったそれだけ。 自分と同じ状況の人間を目の前にして、早く出て行けとは言えなかったらしい。 「う〜ん。オレも加勢したほうがいい?あー、でもなぁ、父さんと母さんに迷惑が……」 「というよりも、村長の縁者が加勢するのはまずいだろう?」 戒が呆れたように、全員の顔を見回す。 カラカラと月歌が笑いながら返す。 「我が主は、そんな器量の狭い人間ではありません。己の信念に従い、正しいと思ったことをせよ。降りかかる火の粉は自分の手で払え。今がその時でしょう。事後処理はお任せください」 「おかしな奴らだ。僕はこの国の騎士を殺したんだぞ」 「ええ、そうですねぇ。でも、私の元には都市の騎士が、村に入るという情報が届いておりませんので。要するに不法……ですね。縄張りは荒らさないのが鉄則です。国が荒れる元になりますから。しかし、追っ手が我が国の騎士というのが気になりますね。他国の介入を許さない……とはいえ、逃げおおせた者は見逃すが、裏の掟なはず」 まったりと話し口調だが、言っていることはだいぶ過激で、真城も戒も舌を巻いた。 こういう時、頼りになるのだ。月歌は。 ただの、バカ執事ではない。 葉歌が部屋の窓を開け、祈りを捧げるように胸の前で指を組む。 ブツブツ……と念仏のような言葉を口ずさむと、激しい突風が庭を包み込んだ。 「まぁ……風のプレゼントくらいなら平気でしょう?」 と言ってふんわりと笑った。 真城も肩から剣をかけて、スラリと刀身を抜いた。 「加勢する。1人じゃ危険だ」 「言わなかったか?女は武器を持つなと」 「言ったね。でも、ボク、ただの女じゃないから」 「何?」 「騎士を、目指してる」 「騎士を目指すのに、騎士に逆らうのか?」 「…………。難しいことは考えないことにしてるんだ。今は、戒が困ってる。理由はそれで十分だよ」 始めは大切な人を護れる力が欲しかっただけ。 けれど、誰にも言えなかった夢を、ここで口にした。 父も月歌も反対するだろうから言わなかった。 「なんだよぉ、みんなして、かっこいいじゃんか……。オレも手伝うよ。伊達に毎日、斧をぶん回してるわけじゃないんだから」 龍世も威勢良く立ち上がって、エントランスホールまで駆けて行ってしまった。 大斧だから、ホールかどこかに預けてきたのだろう。 「それじゃ、行きますか」 真城がそう言うと、戒が一番先に窓から飛び出していった。 月歌も続く。 真城もすぐに出ようと思ったが、葉歌に呼び止められて振り返った。 「真城、いつでも……一緒だからね?」 「うん。すぐに戻るよ」 真城は無邪気に笑いかけると、今度こそ窓から勢いよく飛び出した。 パンパンと村中に銃声が響く。 「行ってください、真城様。ここは私が身を挺してでも護りますので。戒くんを無事村の外まで!」 「わかった」 「オレもさんせ〜ん!」 軽い身のこなしで、敵をかわしてゆく戒に連なって、真城の突きと、龍世の斧が相手を翻弄する。 実際問題、たこ殴り覚悟の戦線を、3人の連携技でなんとか抜けきったのであった。 村の外まで送って、すぐに戻ってくるつもりだったのだが……状況は、そんなに簡単では済まない方向へと転がってゆく。 |
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