第7章 その日見た星空は、いつもより遠くて 「死者は出なかったものの、貴様の発砲で我が団の何人かが怪我をしたのだぞ。どう責任を取るつもりだ!!」 「責任……と言われましても……。私は屋敷に忍び込んだ不審者の少年に対して発砲した訳でして、申し訳ないことにあなた方が敷地内に入っていることを知りませんでした」 いかつい顔で黒い鎧をまとった騎士に対して、ニコニコと笑いかけながら月歌はそう答えた。 騎士がわなわなと拳を握り締めて、ドンとテーブルを叩く。 騎士に対して出した、ワイングラスに入った水がその衝撃で零れる。 「あれだけの人数が庭にいたんだ。見えなかったとは言わせん!!」 「すいません。生憎、私は先の大戦で目を悪くしていまして、夜間は全く視力が利かないんですよ」 眼鏡をカチャカチャと掛け直しながら、そんなことを同情を買うような表情で言う。 まぁ、嘘だけれど。 夜目は確かに利かないが、利かなくても気配ですぐに分かる。 今回の場合は狙って撃っただけだ。 「カヌイの戒の他に、剣士の少年と斧使いの少年も駆け抜けて行ったようだが、奴らもグルか?」 「剣士のしょうね……。失礼ながら、剣士のほうは我が主の令嬢で真城様です。真城様も、斧使いの少年も私と同じで、その戒という少年を追って出て行っただけですよ」 「戒はこの屋敷で何をした?」 「え? あー、ちょっと、お嬢様が楽しみにしていたハンバーグをつまみ食いしましてね」 「はんばー……そんなことで発砲したのか?」 「そんなこととは失礼な!お嬢様は食に情熱を傾ける素晴らしい方です。そんなお嬢様のために、不審者を仕留めようとしてはいけないというんですか?!」 「い、いけないとは言っておらん。き、貴様と話していると調子が狂う。もう下がれ」 「あ、そうですか?」 「それと……しばらく、村の探索をしたいので、村長殿に許可を頂きたい」 「はぁ。言うには言ってみますが、そういったことは事前に連絡頂けると、今回のようなトラブルもないかと心得ます」 「ふん。執事風情が知った口を聞くな」 「ええ、失礼。ですが、礼儀を失すれば、秩序は無くなります。次からは気をつけていただきたいですね」 騎士に背中を向けた状態で、少しだけドスの利いた声でそう告げると、ようやく、月歌は部屋を出た。 騎士はワイングラスを手に取って、グビグビと水を飲み干すと、ため息をついた。 静かに横に控えていた、真城くらいの年と背の少年が騎士に笑いかける。 水色の髪とダークブルーの瞳。 表情は穏やかで、羽織った白いジャケットは腿を覆うくらいの長さがある。 明らかに上流家庭の育ちと感じさせる雰囲気だった。 「これはとんだタヌキの巣に来てしまったのではありませんか?」 「ワシは昔からこの村の者が苦手なのです。村長から何から大法螺ばかり吹く」 「つまり、あの執事の言葉も信用していないと?」 「ええ、まぁ、そういうことになりますね」 40も当に過ぎているであろう騎士が、少年に対して丁寧な語調で言葉を返す。 髪をそっとかきあげて、少年は目を閉じた。 「あの時の剣士、明らかに僕に対して剣を向けてましたもんねぇ。やはりグルですか」 「しかし、村長の娘となると、……どうでしょうね?」 「細かいことはどうでもいいですよ。僕は戒くんを連れて、国に帰らなければなりませんので。そちらが動きやすいように、指名手配にするなりなんなり。任せます」 「は」 騎士は複雑そうに眉をひそめながらも、少年の言葉に深く頭を下げた。 少年は首に巻いてあるスカーフを巻き直して、颯爽と部屋の外へと出て行ってしまった。 「っけほ、こふっ……」 とりあえず、面倒に巻き込まれる前に家に帰るように言われた葉歌は、スタスタと夜道を歩いていた。 時折、嫌な咳が出て立ち止まり、何度も胸を押さえる。 真城のことが気懸かりなのに、先程よりも咳が出る間隔が短くなってきていた。 「……治ったって……」 フラフラしながら、騎士団が野営を張っている村の広場を通る。 ところどころに閃く松明の炎が目に入って、葉歌はカタカタと指を震わす。 葉歌と月歌は、軍の夜襲によって、民間人だった両親を失っていた。 その時、焼き討ちにあった自分の家を思い出してしまうため、炎が苦手だったのだ。 立ち止まらないように堪えながら、震える足で広場を抜ける。 すると、広場の出口のところで、マントを羽織った女の子が走ってきて転ぶのが見えた。 耳の後ろで結わえている髪が、転んだ拍子に揺れる。 慌てて駆け寄る葉歌。 「大丈夫?」 「んー、だいじょぶ。この石につまずいたの〜」 ゆっくりとした口調で答えてくる女の子に、葉歌はニコリと笑いかけて、そっと立ち上がらせてあげる。 炎の光に映し出される女の子の服装は、マントの下にブルーのローブと桜色のプリーツスカート。 上腕と膝下にウォーマーを装着している。 紫色の髪は夜の闇に溶け込むように濃く、瞳の色は薄いブルーだ。 可愛らしい顔立ちがコロコロと動く。 「こんな時間に1人?お父さんやお母さんは?」 「んー……こーちゃんね、ちーちゃん探してたの。それと、りょー探してた。お笛をピーヒャラ吹いてもらわないと眠れないの。それで、ちーちゃんいないと、眠れないの」 「そっか。じゃ、こーちゃん?お姉さんも探すの手伝ってあげようか?」 優しく話しかけながら、こんな子、村にいたかしらと心の中で呟く。 こーちゃんと名乗る女の子がじっと葉歌のことを見上げる。 「どうしたの?」 「んー。なんでもないない。お姉さん、お姫様みたい。御影様みたい」 「御影様?」 「お姫様みたい。お姫様。お姫様♪」 葉歌の問いかけには気がつくこともなく、体をポンポンと弾ませる。 弾ませるたびに紫色の髪も弾む。 葉歌は容姿を誉められても、余裕で笑顔を返せる少女だったが、 さすがに女の子の反応に恥ずかしくなって、ふふ……と照れ笑いを返す。 「ちーちゃんと、りょーっていうのはどんな感じの人なのかしら?」 「ちーちゃんね、こーちゃんとおててつないで寝てくれるの。手すごくあったかいの。りょーは、お空みたいな髪の毛してて、お笛ピーヒャラ吹くの。優しいの」 「そ、そっか。うぅん……こーちゃんはどのへんにいると思う?」 「このテントのどこかにいると思う。ちーちゃん、悪戯好きだから。りょーはお屋敷に用があるって言ってた。すぐに戻るって言ったのに、戻ってこない」 「…………。こーちゃんって」 「んー?」 「あ、ううん、なんでもないわ」 騎士団に同行してきたのかと察して、その後に疑問が浮かぶ。 こんな子供がどうして、騎士団と同行しているのか? 仕事で連れてくる……などということがあるはずなかった。 それからすぐ、広場の出口に一番近いテントから、何か物が崩れるような音がした。 金属がカンカンと跳ねるような音の後に、微かに地面が揺れる。 葉歌は慌てて振り返った。 「やっべー、しくじった」 そんな声と一緒に、バタバタとテントから駆け出してくる小さな影。 「あ、ちーちゃん。ちーちゃんちーちゃん!」 バタバタと手を振って、大きな声で影に呼びかける女の子。 影がこちらに気がついて駆けて来る。 「あ?……香里(こうり)何やってんだよ」 松明の炎に映し出されたのは、女の子と同じ顔の男の子だった。 髪型がツンツン頭で、マントの下にはブルーのローブと少しダボダボのズボンを膝の辺りに皮のベルトで留めている。 あとはマントの留め具の位置が違うくらいか。 女の子は右肩で、男の子は左肩だった。 「ちーちゃん、かえろ。眠れない」 「……んだよ、俺はな、今から菓子をくすねに……」 「ちーちゃん帰るの。こーちゃんと帰るの」 「…………」 困ったように表情を歪ませる男の子。 葉歌は優しく微笑みかけて、女の子を男の子の横に並べた。 「ちーちゃんのほうが、お兄さん?」 「ち、ちーちゃんって呼ぶな。俺は、智歳(ちとせ)って名前がちゃんとあるんだ!」 「ちーちゃんのほうが呼びやすいよぉ」 「うるさい。香里は馬鹿なんだよ。御影様の名前しか覚えられないんだから!」 「んー、覚えてるよ。覚えてるけど、ちーちゃんのほうが呼びやすいんだもん」 「だったら、りょーの名前はなんだよ?」 「ん。んー。ん〜!!んーーーー!ちーちゃん嫌い。意地悪!!」 「へん」 今にも泣きそうな香里に智歳は背を向けて、ベーと舌を出す。 葉歌は困ったように首を傾げる。 兄弟喧嘩……。 まぁ、放っておけば仲直りするのは、経験上わかっているけれど、口を挟まないわけにもいかない。 「ところで、この女誰だよ」 「お姫様」 「あ?」 「御影様に似てるの。お姫様」 「はぁ……あんたも面倒なのに絡まれたね。もういいよ、行って。俺がテントまでちゃんと連れて帰るから」 「そう?智歳くんはお兄ちゃんなら優しくしてあげてね?」 「俺は弟だよ、不本意だけど」 葉歌の言葉に飽き飽きしたようにそう答えると、なんだかんだ言いながらも香里の手を取って歩き出した。 葉歌は2人の背中を見送ろうと、今まで2人に目線を合わせるように屈んでいた体勢を元に戻した。 「あ、そうそう。香里が言ったかもしんないけどさ」 智歳が真剣な顔で突然振り返った。 葉歌は首を傾げて智歳の言葉を待つ。 「あんた、死相が出てるよ。気をつけてね」 「……え?」 「気の巡りが、暗い。香里が少し払ったみたいだけど、まだちょっと暗い」 「…………」 葉歌は言葉が出なかった。 なんでもない双子の姉弟かと思ったけれど、やはりただの双子ではないらしい。 香里がポカリと智歳の頭を叩く。 「いってぇ」 本当に痛そうに頭をさする智歳。 香里は人差し指を突き出して、 「めっ、なの」 と言って、今までのろのろと歩いていた歩調を少し速めて、智歳の体を引きずるようにして歩いていってしまった。 葉歌は2人の背中を見送りながら、智歳の言葉を思い返す。 「っ……ゴホッ……」 思い返した途端、咳き込んだ。 表情を歪めて、咳を堪えるように身を縮める。 「真城……」 苦しげに声を絞り出して、大切な人の名を呼んだ。 森の中に騎士たちの持っている松明の灯りがチラチラと見える。 真城たちは無事に戒を村の外に誘導できたのだろうか? もしも、真城たちまで巻き込まれるような事態になっていたらどうしよう。 どうして、あの時、加勢しようなどと思ってしまったんだろうか? 真城の安全を第一に考えるべきだった。 葉歌は最近ずっと胸の中にあった不安と共に訪れた、静かでない夜に途方に暮れる思いで、星空を見上げた。 野営の松明の灯りのせいか、星空はいつもよりもくすんで見えた。 |
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