第2章  平和な町……?

 崔に別れを告げ、三人は一日掛けて近くの町まで旅に必要なものを買いに行くことにした。
 とにかく、森じゃ眠れないと言う真城のためにも、せめて寝袋はあったほうがよかろうという、一応の配慮からだった。
 二晩明けて、いつもは清清しい真城の顔が、少し憔悴していたのだから賢明な判断だった。

「指名手配犯連れて、町に出るのも冒険だよなぁ」
 龍世がポツリと呟く。
 真城は聞えない振りをして、戒に笑いかけた。
 戒は無表情で町の入り口を見据えるのみ。
「警備もいないのか、平和だな」
「……え?」
「普通、入り口には警備兵を置いておくだろう。都市にはいたじゃないか」
「ああ。都市は、国王もいるから」
「ほう……そんなものか」
「よっぽどじゃないと、この国で悪さするヤツはいないよ。だって、真っ当に暮らしてれば、一応は食うに困らないんだもん。オレの家だって、真城の家のおかげで仕事無くならないしな。助け合いが基本なんだ、この国はさ♪」
「…………」
 龍世がほのぼのと答えを返すと、戒は目を細めて不機嫌そうにため息をついた。

「悪いが、別行動していいか?」
「え……?」
「お前、自分が指名手配犯なの、わかってる?」
「こんな国でヘマはもう二度としない」
「こんな国?!」
 しれっと失礼なことを言う戒に対し、龍世が怒りを覚えたようにドンと地面を踏み鳴らす。
 真城がすぐに仲裁に入る。
「別行動でも構わないけど、勝手にどこか行かないって約束してくれる?日が真南に昇る頃に、ここで落ち合おう」
 真城の言葉に戒がコクリと頷く。
 背中で不機嫌そうな龍世の声。
「真城!!」
「…………。それと、戒」
 真城は少しだけ考えてから口を開いた。

 戒の目を見据えて、真面目な声で続ける。
「キミには悪気がないのかもしれないけれど、時々、キミの口振りはすっごく不快なんだ。ボクは自分についてのことだったら笑って流せるけど、この国のことや他の事で、そういう口の聞き方をされると流せないから……これからは気をつけて」
「……わかった」
 戒も真城の目を睨むように見据えて頷く。
 それを見て真城はすぐにニコリと笑う。
 龍世がまだ鼻息荒くしてつっかかろうとする。
「へん。わかってないって、コイツ」
 ……が、それをポカリと真城が叩いて止めさせた。
 痛そうに叩かれた場所をさする龍世。
 真城はすぐに戒のほうに向き直った。
「言葉ってさ、選ぶ言葉で印象が全然違うんだ。勿体無いでしょう?それで印象悪くするの」
「よく、分からない」

 さすが、転校初日に『よろしく(よろしくするつもりもないけど)』と言い放った男なだけある。
 けれど、今の言葉は本当に素直な戒の声な気がして、真城は悪い気はしなかった。
 分かるつもりもないって言いたいようには見えなかったのだ。

「そういうものなんだよ。特にこの国ではね。戒の言うように平和な国だから、そんなところばかり気にするんだ」
 できる限り、戒の目線に立った言葉で伝えてみる。
 すると、戒は納得したように頷いた。
「そうか」
「ああ」
「郷に入っては郷に従えって言葉あるだろ〜?わかったかよ」
「……コイツの口振りがカチンと来るのは、僕の思い過ごしか?」
「思い過ごし思い過ごし」
 龍世が笑いながらそう繰り返す。

 真城は冷や汗が背中を伝うのを感じた。
 片や戦闘力未知数の木こりの跡継ぎ。
 片や指名手配続行中の千人殺し男。
 こんなところで喧嘩でもされたらたまったものではない。

「き、気にするな、戒」
「……ああ、気にはしない。こんなチビでガキは相手にしない」
「な、にゃにを〜……!!」
「じゃあな、日が真南に来たらな」
 龍世が憤慨しているのに脇目も振らず、戒は颯爽と町に入って行ってしまった。
 ヒラヒラと右の袖が風になびいていたが、すぐに角を曲がって見えなくなってしまった。

 それを見送りながら、悔しそうに唇を尖がらせている龍世。
 真城は龍世の背中を押して、
「さ、行こう」
 と爽やかに声を掛けたが、龍世はブツブツと何かぼやいている。
「せ……背はこれから伸びるんだい……オレの筋肉見ろよ、すっげぇ自信あるのにさ。オレだって好きでこんなに年下で生まれたわけじゃないんだぞ、くっそぉ」
「タツ?」
「大体……女のクセに背高いんだよな。葉歌くらいならいいのに」
「……タツ〜?」
「…………」
「たっくん!」
「へ?ふぁ、ふぁ、はい!!」
 真城が龍世の顔を覗き込んで、葉歌のマネをした呼び方をすると、ずっとひとりごちていた龍世は慌てたように、背筋をピーンと伸ばした。
「どうか、した?」
「え、あ、ううん。なんでも。次言われたら頭かち割ってやるって言ってただけ」
 すごい慌ててブンブンブンブン首を横に振り続ける龍世。
 いぶかしんで真城は目を細める。
「ふぅん……女がどうのとか、背がどうのとか……言ってたように聞えたけど」
「き、ききき、気のせいだよ。腹減ったから行こうよ、真城」

 急に歩き出す龍世に歩幅を合わせて真城も歩き出す。
 ため息混じりで言葉を返しつつ。
「それ、ボクが先に言ったんだが」
「買い物はさ、オレに任せてよ。真城はいつもつぐたん任せだろ?」
「うぃーす。隊長、頼りにしてます」
「……え?」
「頼りにしてるって言ったんだよ」
 懸命に胸を張る龍世を見て、真城はクスリと笑いをこぼしながらもそう言った。
 その言葉を聞いて、龍世が本当に嬉しそうな満面の笑みを浮かべる。
「お、おぅ。任せてよ!」
 町に入ってすぐに雑貨ショップに直行する龍世。
 真城も人ごみをかわしながら、それに従う。
 雑貨ショップの前で龍世が店員と交渉を始めたのを見守りながら、キョロキョロと周囲を気にする真城。

「ちーちゃんちーちゃん。人がたーっくさんだよ♪楽しいねぇ」
「そうかぁ?うざいだけだっつーの。どっかで休もうぜぇ。りょーともはぐれたし」
「んー。りょー、時々フラーッとどっか行くよねぇ」
「お前に言われたくないだろうけどね」
「こーちゃんはお姫様を探しに出掛けるんだよ、いつも」
「……はいはい」
「見て見て!これ、かぁっわいいよぉ。御影様に似合いそう〜」
「……あんなヤツに似合うもんなんて、探さなくっていいよ。それより、これ。香里に似合うんじゃねぇの?」
 地べたに露店を広げているアクセサリーショップのところで、ちょこんとしゃがみこんで、紫色の頭の子供2人が朗らかに会話を繰り広げている。

 あまりにもほのぼのな感じが心地よくて、つい真城はそんな2人に視線をやった。

「んん?これ?こーちゃんに?だったら、ちーちゃんにも似合うよぉ」
「なっ、俺は男だっつーの」
「だってだって、ちーちゃん、おんなじ顔だもん〜」
「……。あと3年もしたら、顔だって変わるんだよ。一卵性じゃねぇんだから」
「いちらんせい??」
「あー、なんでもねぇよ。とにかく、買ったら?ほら、なんか知らねぇけど、りょーから小遣いもらったんだろ?」
「…………。うん〜、もらったの〜。綺麗な王妃様、おやつ作りましょうって〜。ちーちゃんもこーちゃんもウハウハだね」
「…………。頭痛くなってきた……」
 男の子のほうが困ったように頭を抱えるが、女の子はそんなのそっちのけで、並んでいる商品に目を輝かせている。
 だいぶ長い間、商品を眺めていたが、結局買わずに二人は人ごみの中に消えていった。

「だっ、そんなに?おい、足元見過ぎだろ?こんな高いはずねぇよぉ」
 2人を見送った後に、不服そうな龍世の声が聞えてきて、真城はすかさず店の前まで歩み出た。
「こっちだって商売ですから。納得いかないなら他のお店に……」
 女の店員が龍世をなだめるようにやんわりと断っているところだった。
 どうやら、値切りに失敗したらしい。
「タツ、大丈夫か?」
「え、へ、平気だよ。もう少しで……」
「はっ!」
「ん?」
「へ?」
 真城を見た途端、店員が顔を赤らめる。
 2人はよく分からずに声をハモらせて首を傾げた。
 店員はコロリと表情を変えて、立派そうな寝袋をボンと売り場のテーブルに置いた。
「こちらの商品、先程の値段で提供させていただきます!ど、どうぞ」
「え?マジで?こんな良さそうなのを?」
「ええ、ボク、お兄さん、素敵な方ね。あ、寝袋は1つでいいのかしら?」
「え……?ぼ、ボクは……はぐっ」
 真城が正直に女ですと言おうとした瞬間、龍世がすごい勢いで飛び上がって、真城の口を押さえた。
 勘違いしてくれているなら都合がいいと思ったらしい。
 確かにこれなら買い物もしやすいというものだ。
 安く手に入ることほど重要なことはない。

「立派なのいらないからさ。さっきの寝袋を2つくれない?」
「あら、ああ、そうね。もう、しっかりした弟さんだこと」
「もがも……」
「お兄さん演じて。このお姉ちゃんのど真ん中ストライクみたいだから!」
 口を塞がれてもがく真城に、龍世は小声でそんなことを囁いてきた。
 真城は内心人を騙すのは気が引けるなぁと思いながらも、いつまでも息が吸えないことのほうがきつかったので、コクコクと頷いた。
 ようやく手を離してもらえて、ふぅ……と一心地つく。
 葉歌と龍世が何気に仲が良い理由が分かった気がした。

「他にも何か入用なものあります?サービスしますわ♪」
「……あ、え、えと……じゃ、保存食と防具、見せてもらえる……かい?」
 お兄さん(ダンディズム)を演じるつもりで必死に言葉を紡ぐ真城。
「ええ、ええ。どうぞどうぞ。お兄さん、私、お昼から交代なのよ。後で、お話しません?」
「え?……あ、あの、ちょっと、予定が入ってしまっているの……だよ?」
 村では人気がある人気があると、葉歌には耳にタコができるほど言われていたけれど、こんなに積極的に声を掛けてくる子もいなかったので、全く自覚がなかった。
 どうやら、自分が女の子ウケがいいという話は嘘じゃなかったらしい。
「あら、残念。まぁ、仕方ないわね。じゃ、商品は余すことなく見て行ってちょうだいな。お兄さんだったら、全部安くしてあげるわ。どうせ、ここの商品、ボッてるんだから」
「ボッてる?」
「ん、なんでもないのよ。そうねぇ、どの辺がいいかしら?お兄さん、カレー好き?」
「甘口のカレーがすっごい好き!」
 カレーという単語が出た瞬間、真城は急に無邪気な顔で店員に詰め寄った。
 店員が驚いたように目をパチクリさせる。
 思わずはっとした。
 子供みたいな反応をしてしまった。こんなところで。
「そうなんだ。お兄さん、意外と可愛い〜。じゃ、これね。『月の王子様』小さい子供でも食べられる超甘口よぉ」
「オレ、干し肉とか欲しいなぁ」
 しばらくの間、店を貸し切ったような状態で、購入リスト製作に追われる2人だった。

 一方、戒のほうはというと……。
 町に入ってすぐに路地裏に消えた戒。
 通りの喧騒が嘘のような静まり返った場所まで早足で歩いてきていた。
 白のジャケットに身を包んだ少年が、空を見上げて立ち尽くしている。
「やはり、お前だったか、璃央」
「奇遇だね、戒。今日は、君を追いかけてきた訳ではなかったのだけど。探している時には会えなくて、どうでもいい時には会ってしまう。まるで、恋焦がれた相手のようだ」
 ゆっくりと振り返り、璃央がやんわりと微笑む。
 戒は一層表情をきつくして睨みつけた。
 静かな裏通りを一陣の風が吹き降ろし、璃央のジャケットと戒の腕を通していないほうの袖がバタバタと翻った。


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