第8章  愛しの姫君はどこへ?

「え?!葉歌が……来た?!」
 真城と戒が龍世と合流して、少し遅めの夕食を取り始めていた。
 町から少し離れた草原で食糧を広げて、龍世が頷きながらすごい勢いで物を口に運んでゆく。
 先程、カレーパンを3つも食べたのに、彼の胃袋はどうなっているのだろうか。
 戒は要らないと言って、少し早いが眠りについてしまった。
 この二日間は木にもたれかかる程度で眠っていたのに、今日は横たわっている。
 まだ、だいぶ気だるいことはそれでよく分かった。

「そ、それで、葉歌は……どこに?」
 真城は戒を気遣って、声のボリュームを落とした。
「一通り回ったら合流って言ってたから、もうすぐ来るんじゃないかな?ほら、葉歌、歩くの遅いし、この町も初めてだから、少し手間取ってるんだよ、きっと」
「…………」
 あっけらかんと答えて、缶詰に手を出そうとする龍世の手を無言で真城は遮る。

「もうこんな遅い時間だぞ?!何、悠長なこと言ってるんだ!葉歌は女の子じゃないか?!」
 先程見せた気遣いなどすぐに吹き飛んで、真城はすごい剣幕で龍世を怒鳴りつける。

 龍世は耳を両手で押さえて、身を縮こまらせた。
 唇を尖がらせて、真城を睨む。
「なんだよ……オレが悪いみたいな言い方じゃん」
 それに、真城だって女の子だい……と小さな声で付け加える。
 真城は手に持っていたカレーの乗った皿を置いて立ち上がる。
 龍世が上目遣いでそれを見守っている。
「葉歌を探してくる!!」
「……葉歌は真城みたいなドジやらないよぉ……」
 真城に聞えないように呟いて、はぁ……とため息を吐く。

 真城は首に提げていたお守りをギュッと握り締め、呟いた。
「葉歌に何かあったら……」
「だからぁ、不案内な町で、手こずってるだけだって。葉歌は大丈夫なの!」
「どうしてそう言い切れる?!夜は危ないんだぞ?村じゃないんだから、どうしてタツも一緒に回ってあげなかったんだ?!」
「…………。つぐたんみたい……ああ、そう。オレが悪いんだよね、はいはい」
 心配の余り、声を荒げた真城に龍世は珍しく不機嫌そうに顔を歪めて黙りこくってしまった。
 元はといえば、真城が迷子になったのが悪いんだと本当は言いたかったろうに、その言葉は飲み込む。

 こういう時に何を言っても聞かないのはよく分かっていた。
 月歌が真城のことで取り乱すように、真城は葉歌のことになると周囲のことを考えてくれない。

 黙りこんでしまった龍世を見て、さすがに言い過ぎたことに気がついた真城がすぐに頭を下げる。
「す、すまない。別に、タツが悪いって言いたかった訳じゃなかったんだ」
「…………」
 それでも龍世は不機嫌そうに手近なところにあったリンゴを手に取って、ポンポンと片手で弄ぶだけだった。

「……マシロ」
 聞きかねた様子で、戒がムクリと体を起こした。
 顔に大量の汗が浮かんでいる。
「戒は寝てていいよ」
 真城は気遣うように屈みこんでそう言ったが、戒は首を振り、目を閉じて耳を澄ますような仕種をした。
「……風に聞いてみるといい」
 静かに呟き、目を開ける戒。
 真城も龍世も意味が分からずに首を傾げた。
 戒は当然のように真城に尋ねる。
「あの女は風呪文の使い手だろう?それもかなりの腕だ」
「あ、うん。葉歌は風のエネルギーと相性がよくて、アカデミー入ってすぐに契約したんだ。入学してすぐに契約を許される生徒って稀だから、すごい先生方に褒められてて」
「炎・水・風・地の呪文を操り、特にその力に愛された者はいつでもその力に見守られている。もしも、その女が危険な目に遭っているのだとすれば、尋ねればすぐに教えてくれるだろう」
「尋ねる?」
「心の中で問いかけるんだ。術者に思い入れの強い者ならば、答えてくれる可能性があると……聞いたことがある」
 抑揚のない声で呟き、また静かに横になる戒。
 気だるさを振り払うことはまだまだ難しいらしい。

 真城は龍世に視線を移す。
 すると、龍世も先程戒がやっていたように目を閉じてブツブツ……と何かを呟いていた。
 けれど、何も反応がなかったらしく首を傾げる。
「何も起こらないや。ガセなんじゃないの?」
 龍世は戒に視線をやってそう呟くが、戒は何も答えなかった。
 真城を探しに行く前に言った「お前とは会話しない」はまだ続行中なのかもしれない。
 龍世はその様子を見て、ちぇっと唇を尖らせる。

 真城も試しに目を閉じて、心の中で語りかけてみた。
『風さん、葉歌は危ない目にあっていませんか?』
 すると、突然大風が吹いて、真城の髪を思い切り後ろにかっさらっていった。
 真城は風で持ち上がった前髪をすぐに戻しながら、今の抽象的な(おそらくは)答えの意味を考える。
 龍世が慌てた様子で、地面に広げていた食糧の吹っ飛んでいった分を追いかけて行った。

「葉歌は危ない目にあっていませんか?…………。あってるよ、バカ、急げ。かな……?」
 ボソッと呟いた後に、ようやく意味を理解して、真城は置いてあった剣を引っ掴み、背中に掛けながら駆け出した。
「え?ちょ……ちょっと真城!ま、待って、オレも行くよ!!」
 飛んで行ってしまった紙や布、それに乗っていた食べ物を拾い集めながら、慌てたように龍世は真城を呼び止める。
 けれど、真城はそれどころではなかった。
 もしも、返答が真城の訳した通りなら、大変なことだ。



 町に入って迷わずに大通りへと足を向ける。
 なんとなく、そっちなんじゃないかと感じたのだ。
 タッタッタッタッと軽い足音が周囲に響く。
 なぜだろう。
 バーも開いていて、盛り上がっていてもいいはずの通りが閑散としていた。
 真城は息を弾ませて立ち止まる。
 様子がおかしかった。
 酔っ払っているにしても倒れている人の数が多すぎた。
 人はたくさん倒れているのに人の気配がしなかった。
「まさか……」
 近くで倒れている人に駆け寄って、体を揺さぶってやる。

 けれど、返事がなかった。
 それに、体も冷たくなり始めている。
 真城は戒が殺した都市の騎士の屍を思い出して、ペタンとその場にへたり込んだ。
 体から噴出した血液が地面に染み込んでいき、ピクリとも動かない体。
 血こそ出ていなかったが、これも同じだった。

 カタカタ……と真城の体が震える。
「あーあ……見られちまったよ。まぁ、どのみち、朝になりゃ大騒ぎだったわけだが」
 低い声がして、慌てて真城はそちらに顔を向けた。
 怪しく光る刀が視界に入り、なんとか立ち上がってバックステップを踏む。
 振り下ろされた刀で微かに起きた風が真城の髪を揺らした。
 紙一重。なんとかかわした。
 月の光に男の顔が映し出される。

「……東桜……さん……」
 月の光に輝く金髪を見るのはこれで二度目だった。
「まずったな。居残るなんて言わなきゃよかったぜ、足がついちまう」
「…………なんで?」
「マシロちゃん、説明してる場合じゃねぇやな、残念ながら……」
 今倒れている者たちは、刀でやられたわけでも、呪文でやられたわけでもないと思う。
 先程揺さぶった人はどこにも怪我らしいものがなかった。
 だから、東桜がやったなどと、真城は思っていない。
 戦う理由はたくさんあるのかもしれない。
 戒を追っている人で、戒に怪我させた人で、先程も今も真城のことを斬ろうとした人で……けれど、けれど……村から逃げ出した晩のように、剣を迷いなく抜けなかった。
 今、ここで抜いたら……きっと、どちらかがただじゃすまない。
 先程話をしてしまったせいか、躊躇いが真城を支配していた。

「……お、女の子を知りませんか?」
「ん?」
「小柄で……髪が深い緑色をしていて、とてもか弱い感じの子です。お姫様みたいに、ふわふわして……」
 東桜から距離を取りながら、真城は尋ねた。
 声が若干震える。
 この場をどう対処すべきか。
「…………。知ってるよ」
「どこで見ましたか?」
「マシロちゃん」
「はい」
「知りたきゃ、抜きな」
「…………」
「それが、交換条件だ!」
 ジリジリと作り出した距離を、東桜があっという間に詰めてくる。
 刀を脇に構え、腕に力を込めるのが見えた。

 迷っている場合じゃない。抜かなければ、死ぬ。

 咄嗟に判断して、剣の柄へと手を伸ばした。
 けれど、判断が遅かったのか、剣を抜ききる前に、東桜の攻撃が目の前に迫った。

 奥歯を噛み締めて決死の思いで剣を抜く真城。

 そんな2人の間に割って入ってきたのが大斧と龍世だった。

 ギィィィン……と激しい音を立てて、斧と刀がぶつかり合った。
 龍世の体がにわかに後ずさる。

 力に自信はあっても、やはり子供だ。体格差には敵わない。

「待ってって言ったじゃんか」
 それでも、減らず口を吐いて、斧を構えなおす龍世。
 東桜がちっと舌を鳴らした。
「マシロちゃんには何人従者がいるのかね?」
「従者じゃないぞ、オレは!!」
「従者だろ、明らかに。良いとこの坊ちゃんと従者……に見える。見た目だけなら」
「このヤロ……!」
 東桜の言葉にムキになって、龍世が思い切り斧を振り上げた。
 けれど、振り下ろす前に東桜のケリがみぞおちに入って、倒れこむ。
 斧がドスンと音を立てて、地面に突き刺さった。
 たった一撃で、龍世の意識を奪ってしまった。

 真城はそれを見て、ギロリと東桜を睨みつける。
「雑魚と遊ぶのは面白くないんだよ。さぁ、マシロちゃん……来な」
 言われるが早いか、動き出すが早いか、すぐに真城は龍世を飛び越えて、東桜に斬りかかった。
 東桜は軽くかわして、着ている服の右肩の方を脱ぐ。
 よく鍛えられた太い腕が姿を現した。
 それと同時に、袖にでも入れてあったのか、軽い音を立てて何か小さなものが地面に転がる。

 真城はそれを見て、はっとする。
 木彫りの鳥の髪飾り。
 真城が、葉歌にプレゼントしたものだった。

「おっと……」
 すぐに拾い上げる東桜。
「……葉歌に……」
「ん?」
「葉歌に何をした?!」
 剣先の回るスピードが格段に上がる。

 東桜は油断していたのか、刀で弾くのがせいぜいで、驚いたように目を見開いていた。
 弾かれた体を立て直して、もう1度斬りかかる真城。
 東桜も嬉しそうに剣を振り上げた。
 またもぶつかる剣と刀。

 鎬を削って、東桜が真城に囁く。
「俺は何もしてない。これは本当だぜ?ただ、落としてったみたいだから拾っただけだ。返して欲しけりゃくれてやる」
「返せ」
「おぅ」
 髪飾りを握ったまま、柄を握っていたのか、鎬の削りあいをしながら、足元に髪飾りを落とした。
「ちょっと事情があってな。あのお嬢さんは俺たちが預かってる。もし、返して欲しいなら、明日の昼に町の外で待ってな。その時に返してやるよ」
「今、返せ」
「無茶言うなよ。俺がさらったんじゃねえんだから」
「……どういう……」
「とにかく!明日返してやる。これ以上、ここで騒ぐのもまずいしな」
 思い切り剣を弾き、真城の肩を斬りつけ、東桜は刀を鞘に納めてしまった。
 真城は肩を押さえて呆気に取られる。
 剣が数メートル後ろでグサリと刺さる音がした。

 すると、東桜はおかしそうに笑った。
「これで見逃してやるよ、今夜は。すぐ済むかと思ったが、俺につられてか、仲間のことで怒り爆発してか知らねぇが、どんどんスピードが上がってくんだもんよ。こんな夜闇で終わらせるのは勿体ねぇ。お前さんは、思った以上に楽しめそうだ」
 そう言うと、相変わらずどうやったのかわからないが、あっという間に目の前から姿を消してしまった。

 真城は奥歯を噛み締める。
「クッソ……」
 肩口の傷から血が服へと染み出してきていた。


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