第1章  あなたにしかできないこと

『従者だろ、明らかに。良いとこの坊ちゃんと従者……に見える。見た目だけなら』
 その言葉にムキになって振り上げてしまった斧。
 隙の出来た腹を蹴られて、あっという間に気絶した龍世。
 あんな半端ない強さの相手と剣を交えて無事だったということは、つまり、真城が龍世を護ってくれたことになる。
 出遅れたとはいえ、必死に体を張って護ろうとしたのに、龍世は戒のようには真城を護ることが出来なかった。


「クッソォ……」
 枕にしていた腕を右から左に挿げ替えて、龍世は悔しそうに声を漏らした。
 もうだいぶ夜も更けているけれど、眠れなかった。
 いや、一度は眠ったのだけれど、あの時の夢を見て起きてしまったのだ。
 火の番のために起きていた葉歌が不思議そうに龍世のほうを見たけれど、龍世はそのことには気がつかない。
 戒は相変わらず、器用にも目を開けたまま寝ているし、真城は寝袋と葉歌の膝枕のおかげで森の中でも大爆睡していた。
 あんなに安心しきった顔で眠るようになったのは葉歌が来てからだった。
「ちぇっ」
 龍世は腕を左から右に挿げ替えて寝返りを打つ。

 火の向こう側に葉歌の不思議そうな顔があった。
「どうか、した?たっくん」
「……たっくんって言うな」
「あら……ふふ」
「なに?」
「その言葉聞いたの、久しぶりだなと思っただけよ?」
 葉歌は嬉しそうにニッコリと笑って、もし眠れないならこっちにおいでと言って、ちょいちょいと手招きをしてくる。

 龍世はこのまま、何度寝返りを打っていても眠れないだろうから、葉歌に言われるままに起き上がって、葉歌の隣に腰を下ろした。

 葉歌の膝にしっかりと頭を置いて眠っている真城。
 時折、気持ち良さそうにんー……と声を漏らす。
 全く、人の気も知らないで……と龍世はため息を吐いた。

「合流してから、わたしが『たっくん』って呼んでも、反応しなかったでしょう?いつもなら烈火のごとく怒るのに。だから、余裕ないのかなぁって思ってたのよ」
「…………。もう疲れた……村に帰りたい……」
 膝を抱えて、腕に顔を埋め、龍世はごねるように呟いた。
「そうねぇ……まぁ、たっくんが……」
「たっくんって言うな」
「え?ううん……じゃ、龍世くんが」
 葉歌はおかしそうに笑って言い直す。
 大体、龍世は出会い頭に『たっくん』って呼ばれることを嫌がるだけで、その後の会話などでは大体スルーしてくれるのに、今回は本当に嫌なようだ。
 まぁ、龍世も12歳。そろそろお年頃なのだから仕方ないか。

「龍世くんが村に帰ってもね、お咎めはないと思うよ?兄ぃがそういう形になるように仕向けてるだろうから。真城はね、運悪く騎士たちの前で斬り合いしちゃったからどうしようもないけれど」
「…………」
「たっ……龍世くん?」
 龍世は唇を尖らせて、真城の寝顔を見つめていた。
 葉歌は真城の髪を撫でながら、龍世を見つめる。
「……真城、葉歌が来てからすごく楽そうなんだもん」
「え?ああ、それは仕方ないよ。わたしは真城のお姉さんのつもりでいるから」
「……じゃ、オレは何?弟?従者?戒は?何?真城が動きやすいようにって気を遣ってたこっちがバカみたいだよ。疲れた……」
「…………。ああ、そういうことかぁ……」
 唇を尖らせて呟く龍世に葉歌は納得したように頷いた。
 年下だから頼りにされてないんじゃないかという思いを葉歌はすぐに把握したらしい。

 龍世は不機嫌そうに目を細める。
 燃え盛る火がパチパチッと弾けた。
 すると、葉歌が少しビクッと体を震わせる。
 龍世は不思議に思って葉歌を見やった。
 すると、葉歌は不安そうに微笑みながら、龍世に言う。
 真城の頭を撫でているほうの手とは逆のほうを上げて見せてくれた。
 真城がしっかりと葉歌の手を握っている。
 いつでも、真城は葉歌を頼りにする。
 同性同士だし、幼馴染だからやりやすいのは分かるけれど、それが逆に悔しい。

「また、真城、葉歌に甘えてるって思ってるでしょう?」
「え……あ、うん」
 見透かされて龍世は少し戸惑った。
 けれど、葉歌はフルフルと首を横に振る。
「違うのよ、これは」
「え?」
「わたしが、火怖いの知ってるからくっついててくれるの」
 葉歌はいとおしむように真城の頭を撫でると、静かにふふ……と笑い声を漏らす。
「確かにね、真城はわたしの膝枕がお気に入りだけど、今回の旅でのはそれとは別よ?」
「どういうこと?」
「気遣ってくれてるの、真城は真城なりにね」
 龍世は意味が分からなくて、うーんと唸って首を傾げる。
 葉歌がそれを見ておかしそうに笑った。

「たっく……あ、龍世くんはわたしが戦争孤児なの、知ってる?」
「え?そうなの?」
「そうなの。だから、わたしも兄ぃも国籍はこの国じゃないのよ」
「へぇぇ……」

 初耳だった。
 真城たちの年代の人達なら知っている者も多いのだが、龍世はそんなことは全く聞かずに育ってきた。
 それに、普段はバカ話ばかりしているから、そんなシリアスな方向に話が行かない。
 ただ感心したように頷く龍世を見て、葉歌は目を細めて微笑んだ。

「いいよね、龍世くんは」
「何が?」
「壁を作らないの。真城と同じ」
「……だって、別に戦争孤児だからって葉歌が葉歌じゃなくなるわけじゃないじゃん」
「そうね。でも、そういう論理展開が出来ない人もたくさんいるから」
 葉歌は悲しそうに俯く。
 けれど、すぐに気を取り直して話し始める。
「わたしね、両親を軍の夜襲で殺されたのよ。家を焼き討ちされて、呆然としているところを兄ぃに助け出されたの。10年くらい……前かなぁ……?それで、各地を転々として、この国に亡命することに成功したの。わたし、夜襲の時のショックで炎が駄目になっちゃって……そのうえ、オプションとして、体も悪くしちゃってね」
 苦笑混じりに話す葉歌を龍世は静かに見守る。
「それで、病床に臥せってる時に、真城と仲良くなったのよ。まぁ、これは余談になるけど。つまりね、わたしは炎を近くで見ると落ち着かないの。だから、本当は火の番……っていうか、野営張るのもちょっと駄目。でも、今回の場合、イヤイヤとも言ってられないし、火を絶やしたら大変でしょう?いくら、たっく……龍世くんが動物と仲良くなれる子でもさ。真城は、何も言わなくても、それ分かってくれてるのよ」
 だから、こうして手まで握って護ってくれてるんだよと付け足す葉歌。

 龍世は頬杖をついて、火を見つめた。
 いつでも2人は分かり合ったように話をする。
 龍世がどんなに頑張っても、そこには辿り着けない。
 真城は戒と話す時だって、対等な目線を保とうとしている。
 けれど、龍世の時だけは何か違う気がして、悔しさがこみ上げてくるのだ。

「あ、そうそう」
 浮かない顔の龍世に、葉歌は思い出したように髪飾りを見せてきた。
「これ、龍世くんが作ってくれたんでしょう?ありがとう」
 その言葉で少しだけ龍世の顔に笑顔が宿る。
「……うん。真城がデザインしたのを、その通りに彫ったんだ。あ、絵見る?真城、すごい上手いんだよ」
 龍世は胸元から紙を八つ折りにしたものを取り出して、手早く開いてゆく。
 開いた紙には何度も試行錯誤したのか、花や動物の絵も描かれていた。
 そして、右端のほうに描かれた鳥の絵にグリグリと丸印がついている。
 丁寧に消しては直しを繰り返したラフを、龍世は丹念に樫の木の欠片に掘り込んでいったのだった。
「龍世くん、それでも不満?」
「え?」
「真城は確かにあなたに対して、大人ぶった口調で話すかもしれない。でも、誰よりも対等な位置で龍世くんと接してるのも真城だと、わたしは思うなぁ」
「うぅん……」
「まぁ、分からなかったら少し気をつけて見てごらんなさい。真城は天然でやってるかもしれないから、分かりづらいのは確かだし」
 納得いかないように唸り声を上げる龍世のおでこをツンとつついて、葉歌が優しく微笑んだ。
 龍世はその仕種でまた子ども扱いされたと感じて、ムッと唇を尖らせる。
 その表情を見て、葉歌がおかしそうに笑い声をこぼす。
「あなたにはあなたにしか出来ないこともあるってこと、早く気付いておあげなさい」
 葉歌はそう静かに話して、また真城の頭を撫で始める。
「年上だからとか、そんなのは関係ない。真城は年下だけど、わたしを救ってくれたわ」

 龍世はそんな葉歌を見つめて、拳を握り締めた。
 龍世にしかできないこと?
 みんなを護ってあげること。できない。真城や戒のほうが強い。
 買い物。できない。葉歌のほうが一枚上手。
 たくさん物を食べられる。でも、それは旅では邪魔なスキルでしかない。

「強く……なりたいなぁ……」
 龍世は誰にも聞えないくらいの小声で呟いた。
 せめて、この前の男と戦っても意識を失わないくらいの強さ。
 真城の足手まといにならないくらいに。
 そうだ。強くなろう。
 ……そうだ。明日は町に樹を売りに行こう。


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