第2章  執事の日記

  ○月○日  晴れ  葉歌の体調・あまりよくない

 今日も真城様は朗らかで元気すぎるくらい。
 手に余る部分もチラホラあるが、今は忙しいくらいがいい。
 ただ、戦争孤児ということで私をからかってくる村人に、すぐに殴りかかって行ってしまう真城様のことを考えると、いつまでも、このままではいけないのではないかと思う。
 私は少しくらいなら痛くも痒くもないのだが……。
 真城様まで怪我をされては本当に困る。
 真城様のお世話係は辞めさせてくださいと、旦那様に申し上げてみたが、首を縦には振ってくださらない。
 雇っていただいた恩もあるから、今しばらくはこの状態が続くだろう。
 …………。
 葉歌の体の調子が良くない。
 何か気分転換になるようなことでもあれば、もう少しマシになるだろうか?


  ○月×日  曇り  葉歌の体調・すこぶる悪い

 今日、真城様に葉歌の話をしてみた。
 真城様は小さな体を弾ませながら、今度会いに行ってみる!と言って下さった。
 真城様も村長の娘ということで、村の子供達と上手く馴染めずにいる。
 少しでも、同年代の子と話をする機会を設けてあげられたらとも思っていたし、それで葉歌が少しでも外の世界に興味を持ってくれたら、そんなに嬉しいことはない。
 本当に……私は兄として不甲斐無い。
 あの時だって、私が傍にいてあげられたら、葉歌のトラウマもそんなに深くなかったかもしれない。
 ……堂々巡りだ。やめにしよう。
 明日は晴れる。葉歌の布団を干してから出掛けよう。


  △月○日  晴れ  葉歌の体調・部屋を歩き回るほど回復

 真城様というのは、何か不思議な力でも持っているのだろうか?
 葉歌と真城様が会ってから1週間。
 たったそれだけで、葉歌の体調が思いの外良くなった。
 安心して仕事に来られるのは嬉しいことだが、本当に不思議でならない。
 とにかく、この調子ならば、しばらくの間は大丈夫だろう。
 真城様も葉歌のことをお気に召してくださったようだし、あの調子なら葉歌も真城様のことを気に入ってくれたようだ。
 やはり、女の子同士のほうが何かと気兼ねがなくていいのだろう。


  ×月△日  雨  葉歌の体調・雨のせいか、少々咳が多い

 今日は真城様の12歳の誕生日。
 前から欲しがっていた木刀をプレゼントした。
 本当は……アクセサリとか洋服をプレゼントしてあげたかったのだが。
 来月からアカデミー入学も決まっている。
 葉歌も真城様と揃って入学したいとごねていたから、その我儘は聞いてやろうと思う。
 ここ最近の葉歌の体調ならば、よっぽど無理でもしない限り大丈夫だろう。
 ここ数年で、私たち2人に対する村の人たちの偏見もなくなった。
 全て真城様のおかげだ。
 これからも、できる限りの力で真城様を見守っていこうと思う。


  □月△日  曇り  葉歌の体調・極めて良好

 …………。
 書くことに困る。
 とにかく、明日、真城様のお世話係辞退の申し出を旦那様に聞き入れていただくことにしよう。
 真城様ももう年頃だ。
 異性の私ではお世話しきれない面も出てくる。
 辞退の理由ならいくらでもあるのだ。
 しかし、旦那様に嘘を申し上げるのは気が引ける。


  ○月△日  晴れ  葉歌の体調・少々顔色が優れない

 最近、葉歌の顔色が優れない。
 どうやら良くない夢を見ているようだが……平気と言ってくるので、取り付くしまもない。
 あの子は放っておくとすぐ無茶をする。
 それは私が言えた義理ではないのだが……血筋なのだろう……。
 けれど、どんなに苦しくても昔のように塞いでしまわないのは、真城様が下さった強さのおかげだ。
 葉歌はこれからも、私のことを罵っていればいいと思う。
 しかし……老け顔……か……。
 そろそろ、髪型を変えてもなめられないだろうか?
 それとも、眼鏡でも……?
 ……老けて見えるというのは、10代の頃は嬉しかったが、今では少々虚しさが残る。


  ○月□日  曇り  葉歌の体調・時々咳き込む

 旦那様が給仕の不手際にお怒りになって、暇を与えてしまった。
 最近、旦那様の機嫌がよろしくない。
 とりあえず、代わりの者が見つかるまでは私が真城様のお世話係をすることにしよう。
 嬉しくないと言ったら嘘になるか……。
 明日は久しぶりに真城様のために、カレーパンでも作ろうか。


  ○月×日  晴れ  葉歌の体調・少し咳き込む

 大変なことになった。
 加勢したまではよかったが、真城様が戻ってこない。
 騎士たちも村に野営を張っているし、下手に動くわけにはいかない。
 さて、どこまでとぼけ続けたものか。


  ○月○日  晴れ  葉歌の体調・久々に良好に見えた

 真城様が指名手配扱いになった。
 すぐにでも飛んでゆきたい。
 けれど、どんどん処理すべき書類が回ってくる。
 大忙しだ。
 やはり、私の他にも執事を雇っていただくべきだろうか。
 葉歌に一足先に真城様の元に向かってもらった。
 苦労されてなければよいのだが。


 月歌はなんとか整理し直した書類を見つめて、ため息を吐いた。
 あとは村長に全て判をついてもらい、送り返せば終わりだ。
 目がシパシパするので、眼鏡を外して、目頭をグリグリと押す。
 今までにないくらいの処理速度だった。
 人間やれば出来る。
 一息吐いて休んでいると、屋敷の呼び鈴が鳴った。
 屋敷には専属のコックしかいないので、月歌が出て行くしかない。
 眼鏡を掛け直し、部屋を出て軽やかな足取りで階段を下りた。

 カチャリと扉を開くと、そこには真城と同じ年くらいの少女が3人並んでいた。
「どのような御用でしょう?」
 月歌は穏やかに微笑んで、3人の少女の顔を順繰りに見回す。
 最後に目が合った右端の少女が顔を赤らめて俯いた。
 真ん中に立っていた少女が大事そうに棒の切れ端みたいなものを握っている。
 しばらく、3人は言葉を探すように互いを牽制し合っていたが、ようやく真ん中の髪の短い少女が口を開いた。

「あの……3日ほど前に……真城様、講義中に木刀を壊されてしまって……。それで……ちょうど、葉歌さんも体調を崩してしまったから、そのままお帰りになってしまって。えと……その時の木刀の切れ端、真城様、忘れて行かれたから……届けに参りました。……本当は要らないものなのかなとも思ったのですけど、入学当初からとても大事にしてらしたのを私たち、見ていたから。机の上に置いておくと、そのうち、処分されてしまうだろうし……だから、その……」

「そうですか。ありがとうございます」
 月歌は優しく笑みを浮かべて、少女に手を差し伸べた。

 少女も応えるように月歌の手に木刀の切れ端をよこす。
 3日前ということは講義で怪我をして帰ってきたあの日だ。
 木刀が折れるなんてどういう講義をしていたのか……。
 物思いに耽る月歌に3人の少女は声を合わせて言ってくる。
「私たち、真城様は何も悪くないって信じてますから!そ、それじゃ、失礼します」
 3人はペコリと礼をして、走り去っていった。

「やっぱり、真城様のお家の執事様、素敵でしょう?……見惚れちゃった」
「あんた、相変わらず、渋好みだよねぇ」
「でも、少しは分かる気がする。物腰が柔らかいのが素敵。葉歌さんのお兄さんなんでしょう?兄弟揃ってふんわりなのね」
 そんな会話が、少女達の背中が門の辺りで消えるまで続いていた。

 月歌は木刀の切れ端を見つめて、目を細める。
 真城にプレゼントした木刀だった。
 ところどころ傷があるけれど、ニスを何度も塗り直して修復してある。
 真城が龍世に頼んで直してもらっているのを何度か見たことがあった。

「……私も……早く行けたらいいのですけど……」
「もう、ここはいいから行け、馬鹿者」
「へ?」
「へ?じゃない。そんなお前が躾けたから、真城もあんなポヤヤンに育ってしまったんだろうな」
 振り返ると、そこには村長が立っていた。

 真城と同じ髪と目の色。
 けれど、体つきはがっしりしていて、口には葉巻をくわえている。

「し、しかし……それでは、旦那様のお世話が……」
「要らん、そんなもの。朝真(あさま)もいるし、飯を食えれば死なん」
「……い、いえ、そうではなく、放っておくと、旦那様はお仕事をなさら……」
「大丈夫ですよ、私がきちんとさせますから」
 無骨な話し方で吐き捨てる村長に月歌は苦笑いを返すと、ひょっこりと身綺麗にした女性が現れた。
 髪は長く、顔立ちは真城のような美人だった。

「朝真」
「こ、これは奥様……。お体は大丈夫ですか?」
「ええ、もう平気ですよ。全く、真城さんのやんちゃにも困ったものね」
 おかしそうに目を細めて笑うと、村長の横に寄り添うように立った。
「あなたのお手伝いがいるのは、私たちではなく、真城さんです。……と言っても、下手をしたら、あなたまで指名手配扱いになる可能性もあるのですけど」
「そ、そんなことは気にしませんが」
「ふふ……そんなこと……。相変わらず、可愛いですね、つっくんは」
「つ……」
「あら?真城がそう呼んでいたから……。私が呼んではいけませんか?」
「い、いえ、そんなことは……」
「そうですか?ふふ……では、つっくん、私からの命令です」
 年甲斐もないと言ったら失礼かもしれないけれど、とても可愛らしい話し方で、月歌のタイを直し、ニッコリと微笑む朝真。
 月歌がカァッと顔を赤らめた。
「真城さんを、きちんと護ってあげてくださいね?」
「……は、はい!承知しました」
 二歩下がって頭を下げようとした月歌はゴツンと扉に頭をぶつける。
 それを見て、村長も朝真もおかしそうに吹き出した。


≪ 第3部 第1章 第3部 第3章 ≫
トップページへ戻る


inserted by FC2 system