第2章 執事の日記 | |
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月歌はなんとか整理し直した書類を見つめて、ため息を吐いた。 あとは村長に全て判をついてもらい、送り返せば終わりだ。 目がシパシパするので、眼鏡を外して、目頭をグリグリと押す。 今までにないくらいの処理速度だった。 人間やれば出来る。 一息吐いて休んでいると、屋敷の呼び鈴が鳴った。 屋敷には専属のコックしかいないので、月歌が出て行くしかない。 眼鏡を掛け直し、部屋を出て軽やかな足取りで階段を下りた。 カチャリと扉を開くと、そこには真城と同じ年くらいの少女が3人並んでいた。 「どのような御用でしょう?」 月歌は穏やかに微笑んで、3人の少女の顔を順繰りに見回す。 最後に目が合った右端の少女が顔を赤らめて俯いた。 真ん中に立っていた少女が大事そうに棒の切れ端みたいなものを握っている。 しばらく、3人は言葉を探すように互いを牽制し合っていたが、ようやく真ん中の髪の短い少女が口を開いた。 「あの……3日ほど前に……真城様、講義中に木刀を壊されてしまって……。それで……ちょうど、葉歌さんも体調を崩してしまったから、そのままお帰りになってしまって。えと……その時の木刀の切れ端、真城様、忘れて行かれたから……届けに参りました。……本当は要らないものなのかなとも思ったのですけど、入学当初からとても大事にしてらしたのを私たち、見ていたから。机の上に置いておくと、そのうち、処分されてしまうだろうし……だから、その……」 「そうですか。ありがとうございます」 月歌は優しく笑みを浮かべて、少女に手を差し伸べた。 少女も応えるように月歌の手に木刀の切れ端をよこす。 3日前ということは講義で怪我をして帰ってきたあの日だ。 木刀が折れるなんてどういう講義をしていたのか……。 物思いに耽る月歌に3人の少女は声を合わせて言ってくる。 「私たち、真城様は何も悪くないって信じてますから!そ、それじゃ、失礼します」 3人はペコリと礼をして、走り去っていった。 「やっぱり、真城様のお家の執事様、素敵でしょう?……見惚れちゃった」 「あんた、相変わらず、渋好みだよねぇ」 「でも、少しは分かる気がする。物腰が柔らかいのが素敵。葉歌さんのお兄さんなんでしょう?兄弟揃ってふんわりなのね」 そんな会話が、少女達の背中が門の辺りで消えるまで続いていた。 月歌は木刀の切れ端を見つめて、目を細める。 真城にプレゼントした木刀だった。 ところどころ傷があるけれど、ニスを何度も塗り直して修復してある。 真城が龍世に頼んで直してもらっているのを何度か見たことがあった。 「……私も……早く行けたらいいのですけど……」 「もう、ここはいいから行け、馬鹿者」 「へ?」 「へ?じゃない。そんなお前が躾けたから、真城もあんなポヤヤンに育ってしまったんだろうな」 振り返ると、そこには村長が立っていた。 真城と同じ髪と目の色。 けれど、体つきはがっしりしていて、口には葉巻をくわえている。 「し、しかし……それでは、旦那様のお世話が……」 「要らん、そんなもの。朝真(あさま)もいるし、飯を食えれば死なん」 「……い、いえ、そうではなく、放っておくと、旦那様はお仕事をなさら……」 「大丈夫ですよ、私がきちんとさせますから」 無骨な話し方で吐き捨てる村長に月歌は苦笑いを返すと、ひょっこりと身綺麗にした女性が現れた。 髪は長く、顔立ちは真城のような美人だった。 「朝真」 「こ、これは奥様……。お体は大丈夫ですか?」 「ええ、もう平気ですよ。全く、真城さんのやんちゃにも困ったものね」 おかしそうに目を細めて笑うと、村長の横に寄り添うように立った。 「あなたのお手伝いがいるのは、私たちではなく、真城さんです。……と言っても、下手をしたら、あなたまで指名手配扱いになる可能性もあるのですけど」 「そ、そんなことは気にしませんが」 「ふふ……そんなこと……。相変わらず、可愛いですね、つっくんは」 「つ……」 「あら?真城がそう呼んでいたから……。私が呼んではいけませんか?」 「い、いえ、そんなことは……」 「そうですか?ふふ……では、つっくん、私からの命令です」 年甲斐もないと言ったら失礼かもしれないけれど、とても可愛らしい話し方で、月歌のタイを直し、ニッコリと微笑む朝真。 月歌がカァッと顔を赤らめた。 「真城さんを、きちんと護ってあげてくださいね?」 「……は、はい!承知しました」 二歩下がって頭を下げようとした月歌はゴツンと扉に頭をぶつける。 それを見て、村長も朝真もおかしそうに吹き出した。 |
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