第3章  御影サイド……?

 薄暗い寝室。
 天蓋のある大きなベッドに、黒髪ストレートロングの少女が横たわっている。
 肌は不健康なほどに白く、体の線も細い。
 黒いフリルのついたドレスを着て、足には白のハイソックス。
 お人形のように着飾られたその少女は、気だるそうに目を開く。
 瞳が金色に輝いていた。
 髪・目の色こそ違うが、少女の顔立ちは葉歌のそれと同じだった。

「御影様」
 香里は出来るだけ声を抑えて、少女に声を掛けた。
 この少女が、香里が慕う御影様だった。
 御影はそっと香里に視線を寄越す。
「ああ……香里。帰っていたの?キミカゲは?キミカゲはどこ?」
 か細い声を発して、御影は辛そうに頭をもたげる。
 香里はあごに人差し指をつけて、困ったように首を傾げる。
「んー……えぇとぉ……」
「…………。いらっしゃい、香里」
 御影は悲しそうに目を細めて、静かに香里を呼び寄せる。
 香里はすぐに歩み寄っていく。
「御影様、また死相が濃くなってる……」
 香里は御影に聞えないようにポソリと呟いた。

 『死という運命に逆らうことのできない宿命にある人』。
 香里がその存在を知ったのは、彼女に出会ってからだった。
 御影はただ横たわっているだけで、生のエネルギーが逃げてゆく、そういう人だった。
 だから、強制的に補給しないと、生きられないのだ。
 勿論、彼女にその自覚があるのかどうかは香里にはわからない。

 ただ、御影に抱きつき、以前吸収したパワーを全て分け与えるだけだ。

 御影の顔色が少しずつ良くなってゆく。

「う……」
 苦しそうに御影が声を漏らす。
 強制的に体調を良くしているのだから、あまりいいこととは言えない。

 香里は全てのパワーを送り終ると、そのまま、コテンと眠りについてしまった。

 御影はゆっくりと起き上がると、静かに香里の頭を撫でる。
「御影様、お加減はいかがですか?」
 璃央が少ししてから、カチャリとドアを開けて入ってきた。

 ジャケットを脱いで、スカーフを外した、彼にしてはラフな服装だ。
 優しい笑みを浮かべ、胸にはピンクの薔薇の花束を抱えている。
 花瓶に入れ替えてから、ベッドに腰掛ける璃央。
「綺麗でしょう。蒼緑(そうろく)の国にはこのような花がたくさんありましたよ」
「キミカゲ……」
 物静かに御影は璃央を見つめて、ポソリと呟く。
 璃央は悲しげに唇を噛むが、すぐにニコリと微笑みかけた。
 御影がキュッと璃央のシャツを握り締めてくる。
 意図を察して、璃央はそっと御影に顔を近づけた。
 静かに触れる唇と唇。
「璃央様」
 部屋のドアがカチャリと開いた。

 落ち着いた雰囲気の少女がそこに立っていた。
 桜色の髪は1つに結われ、アップにしてある。
 胸元が強調された服を着ているが、それ以外はタイトでまとまった感じにしてある。
 ダークグリーンの瞳が璃央と御影を捉え、そっと切なげに目を細める。

「失礼しました」
 特に慌てた様子も見せずにペコリと頭を下げ、出て行こうとする少女。
 璃央が御影からゆっくりと離れて少女に視線を向けた。
「どうした?蘭佳(らんか)」
「あ、いえ、急ぎの用ではありませんので、また後で構いません」
「そうか」
「はい」
「ああ、そうだ」
「はい?」
「香里を寝室に連れて行ってやってくれ。おそらく1週間は目を覚まさないから」
「承知しました」
 静かに頷くと、蘭佳はスタスタと歩いてきて、御影の膝にもたれて眠っている香里を優しく抱き上げた。
 ぐったりと腕が落ちるので、蘭佳は丁寧に抱き直す。
 香里が膝から退くと、御影は今度はしっかりと璃央の首に抱きついた。
 御影の視線だけが蘭佳に向く。
 蘭佳はなんでもないように香里を見つめて、スタスタと歩いていき、部屋を出て行った。



 智歳が心配そうな面持ちで分厚い本を見つめていた。
 東桜が後ろでブンブンと軽く刀を振っている。
 2人はこの前の町よりも更に東に移動して宿を取っていた。
 璃央と香里は御影に用があるからと、1度国へと戻っていったのだ。
 合流するまでは派手に動くわけにも行かず、暇な日々を過ごしていた。
 暇なほうがいいといえばいいのだが。
 ここ最近歩き通しで、体力に自信のある智歳も疲れが溜まっていたのだ。
「チトセ、本ばっか読んでて楽しいか?」
 東桜が刀を鞘に納めて、覗き込んできた。

 ページにびっしりと並んでいる文字・文字・文字。

「うっわ……なんだそりゃ。何の本だよ?」
「帝王学」
「帝王学ぅ?」
「俺、いつかでかい商売成功させて金持ちになるから、その時のために」
「ふぅん……変なガキだな」
「これだって、1つの力だから。知っておいて損はないと思うし」
 真面目な声で囁く智歳の頭を軽く東桜が小突く。
「けど、ページが進んでないぜ、さっきからよ。姉ちゃんが心配なら心配って素直に言え」
「うるせえ。心配したって何にもなんねぇんだよ。俺は今から集中して、この本読み切るから、トーオは黙って刀振ってろよ」
「へいへい。全く、帝王学なんて学んで、璃央ちゃんみたいにならねえようにな」
「なるかよ……」
 東桜の言葉に即座に智歳は言葉を返す。
「まぁ、璃央ちゃんもお前も、大事な女のために健気なところは好感持てるから、応援だけはしてやるぜ?応援だけはな」
 そう言うと、東桜は何にも言わずに外へと出て行ってしまった。
 きっと、女でも漁りにいったんだろう。
 智歳はふぅぅ……とため息を吐いて、窓の外に目をやった。
 腹が立つくらいの青空がそこには広がっていた。



「んー!よく寝たぁ……」
 真城は昼頃になってようやく目を覚ました。
 ガバリと起き上がって、グーッと伸びをする。
 葉歌がおかしそうに笑いながらも、
「おそようございます、お嬢様♪」
 とふざけた調子で声を掛けてきた。
 お姉さん座りした体勢は昨夜真城が眠る前と同じで、真城は慌てて頭を下げる。
「ご、ごごご、ごめん。ずっと、膝枕……」
「ううん。辛かったら言うから大丈夫よ。それよりも」
「?」
「おはよ、真城」
「あ、おはよう、葉歌」
 ニッコリと笑う葉歌に、真城もすぐに笑顔を返す。
 どうも、葉歌が来てからペースがのんびりで落ち着く。

 葉歌が来る前までは、すぐに戒と龍世が口論を始めるから仲裁が大変だったのだ。
 けれど、町を出たあたりから、戒はほとんど口を聞かなくなったし、龍世は龍世でイライラした様子であまり真城に話しかけてこなかった。
 若干ピリピリ感を肌で感じていたけれど、葉歌が脇でふんわりと話を振ってくれるからなんとか精神的に疲れずに済んでいた。

「戒と……タツは?」
 真城は周囲を見回して、見当たらない2人のことを尋ねる。
 すると、葉歌はため息を吐いた。
「どっちもわたしが起きたらいなかったわよ。火の番を交替したはずの遠瀬くんも、そこで寝てたたっくんも」
 全く何考えてるのかしら……とひとりごちる葉歌。
「まぁ……戻ってくるよね、待ってれば……」
「たぶんね」
 首を傾げる真城に葉歌は目を細めて答えてくる。
 真城は葉歌を見つめて、思い当たったように口を開いた。
「そういえば、葉歌……どうやって寝たの?」
「え?このままよ。わたし、座ったままでも寝られるの」
「えぇ?でも、それって疲れ取れないんじゃ……」
「大丈夫よ。最近、体調はすこぶるいいの」
「……本当に?」
「ええ。大丈夫よ。少し夢見が悪いだけ」
「夢見……」
「大丈夫よ」
 心配そうに唇を尖らせる真城を見て、葉歌は何度もにっこりと笑顔を作った。

 何を言っても大丈夫としか言わないのはいつものことだから、真城はしつこくならない程度で止める。

「……でも、きつい時は言ってね?葉歌は体が元々弱いんだから」
「ええ、ありがとう。そうそう、包帯替えないとね?男性陣がいない間に替えてしまいましょう?」
「あ……もう傷も塞がったし、外すだけでもいいんじゃないかな?」
「だめよ。傷跡が残ったらどうするの?」
「……だって、動きづらいんだも……」
「だめよ、直るまでは剣を抜かないこと」
 頑として譲らない葉歌に真城はやれやれとため息を漏らす。

 剣を抜かないことというのも、凄い制約だ。
 戦闘になるなんて事態が起こらなければいいだけかもしれないが、葉歌の言い分だと、おそらくトレーニングも駄目ということになる。
 5日ほど剣を抜いていないだけでも不安だというのに、困ったものだ。

「はい、まず脱いで」
「はぁい……」
 真城は仕方なしにシャツを脱いで、葉歌に背中を向ける。
 葉歌はそっと肩に手を触れて結び目を解き、テキパキと包帯を外してゆく。
 もう慣れたものだった。
 ガーゼを外し、塗り湿布を水のついたガーゼで拭き取ると、傷口に消毒液をかける。
「っ……」
「ほら、まだ沁みるんでしょう?まだ、塞がってないのよ」
「うぅ……怪我なんて嫌い……」
「何言ってるのよ。昔から怪我ばっかりだったくせに」
 葉歌はおかしそうに笑って、優しく傷口以外にこぼれた消毒液を拭き取り、ガーゼを当て、塗り湿布を塗った。
 慣れた様子で包帯を巻き終え、
「はい、終わり!」
 と言って、傷口をわざとらしくポンと叩く。

 真城はビクンと体を跳ねさせ、振り返る。

 痛みで表情が歪んでいる。

「葉歌〜……」
「あ、ごめんごめん。叩くほう間違えた」
 葉歌は全く悪びれる様子も見せずに笑顔で返してくる。

 ちょうどその時だった。
 ガサガサ……と音がして、汗だく状態の戒が姿を現したのは。
「あ、戒、おはよう。どこに行ってたの?」
 シャツを着ていないことをすっかり忘れて、真城は平然と戒に声を掛ける。

 戒はここずっと仏頂面を通していたのだが、さすがに驚いた様子で目を見開いた。
「ずっと出来なかったから、鍛錬を」
 一応答えてくれたが、目が思い切り泳ぐ。

 葉歌がすぐに真城の前に立ちはだかって、声を上げた。
 冷ややかな声がいい感じにその空間に響く。
「遠瀬くん、ちょっとあっち行っててくれる?」
「ん?あ、ああ……悪い。気がつかなかった」
 戒は棒読みのような調子でそう答えると、すぐに元来た道を戻っていった。

 葉歌がすぐに真城のほうを向く。
 そして、ギロリと睨んで、
「早く、シャツ着なさい」
 と低い声で言った。
 真城はその言葉ではっとする。
 慌てて脱いだままの状態で置いてあったシャツに袖を通し、ボタンを留める。
「さ……サラシ巻いてあるから平気だよね?」
 突然のアクシデントだったとはいえ、あまりに無防備な真城の反応に葉歌は怒ったように頬を膨らませる。
 元はといえば、こんなところで手当てをしたのが不味かったのだが、葉歌はそんなことは完全に棚に上げてしまっている。

「……わたしがいない時も、こんなことあったんじゃないでしょうね?」
「あるわけないし」
 あっけらかんと笑う真城を見て、葉歌はふぅん……と言って目を細める。
 真城は間に困って、すぐに話をすりかえた。
「そういえば、タツはどこ行ったんだろうね?食糧調達にしたって、遅すぎない?」
「そうね……たっくん、思い詰めてたからなぁ……風に聞いてみようか」
 葉歌はまだ不機嫌そうだったが、ポソリと呟いて、そっと右手をかざし、周囲を駆け抜けていた風を呼び寄せるのだった。


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