第4章  少年コンビ結成?

「ええ?このままじゃ買ってもらえないのぉ?」
 龍世は目を見開いて、あごひげがあり、恰幅のいい店主に尋ねた。
 店主は木靴についた木屑を払いながら、やれやれ……といった調子で答えてくる。
「そんな大木、店のどこに入れるんだい。よく考えたらわかるだろう」
 店の中を見せるようにドアを開ける店主。
 見てみると工房らしきものがあるけれど、中に木を入れるスペースはなかった。
 龍世は首だけ大木に向ける。

 3メートル以上の長さがあって、幹もそれなりに太い。
 けれど、真城の屋敷に届けていた木はそれよりも大きいものだったのだ。
 店主は当然のように言うけれど、龍世にとっては木を切って、枝だけ除けて持ってくるのが当然になっている。
 そんなに呆れた顔をされたって、困るのはこちらのほうだ。

「……真城の屋敷、でかかったもんなぁ……はぁあ、この町、でかい家なんてないよ……」
 龍世は唇を尖らせて小声で呟く。
 店主が不機嫌そうに龍世を見下ろしてきたので、慌てて龍世はニヘリと笑いかけて、クルリと方向転換した。

「お時間取らせてすいませんでした」
「いや、木自体はいいから、細かく切ってきてくれたら、半分くらいは買ってあげてもいいよ」
「え、本当?!」
「ああ。小さいが五つ印は伊達じゃないようだね」
「え?これは、父さんが勝手に……」
 龍世は意味が分からなくて、首を傾げる。

 この世界の木こりには胸に赤い印をつけることで、職業を分かりやすくする風習が昔からあった。
 それが少しずつ細かくなって、胸元の赤い印が多いほど腕の立つ木こりという証明になるようになった。
 けれど、龍世はよく分からずに、父に言われるままに、年を追うごとに印を増やしていった木こりの天才だった。
 本人には全く自覚がないというのも末恐ろしいのだが。

「見る目は確かだから、あとは色んなところで商売してみるといい。町・村・都市……求める素材はそれぞれ特色があるからね」
「そうなんだ……。わかったよ。おじさん、ありがとう♪また、あとで来るから他の人から買っちゃダメだかんね!!」
「はいはい」
 龍世はスキップ混じりで、大木を引きずりながら町の外目指して駆け出した。
 この大木を売って、お金を作って帰れば、ただの足手まといじゃなくなる。
 真城がどう思ってるかは別として、自分も役に立ててるという実感が得られると思うと、はしゃがずにはいられなかった。
 走っていると、町のいたるところに指名手配犯の張り紙がしてあった。
 この前の町ではそんなに見かけなかったのに、厳戒態勢でも敷かれたのだろうか?
 戒だけでなく、真城の似顔絵まで張ってあった。
 龍世は横目でそれを見て、ちぇっと舌打ちをする。
「実物のほうが綺麗だぃ」
 そんな呟きを残して、角を曲がった。

 龍世は張り紙に気を取られて気がつかなかったが、張り紙が貼ってある壁の反対側に建ち並ぶ服飾店に、月歌の姿があった。
 大きな荷物を脇に置き、軽快に動けそうな可愛らしいワンピースを手に取って、うぅん……と唸り声を上げる。
「真城様に……似合いそうなんですけどねぇ……。嫌がりますかねぇ……」
 一応、ジェントルマンに見えなくもない月歌が、女物の服をマジマジと見つめて、ブツブツ言っているものだから、店の者も若干引き気味でその様子を見守っていた。

 月歌はそんなことは気にも留めないで、どんどん店の奥へと入ってゆく。

「スカートにするだけでも印象が変わるだろうし……ここは思い切って、プリーツスカートでも……」
 あごに手を置いて、棚に置いてある服をジーッと見つめる。
 プリーツスカートも様々あって、原色使いの派手なもの、淡い色で統一されたものやデニム生地、ふわふわと柔らかい素材のものもある。

「動きやすかったら文句も少なそうですよね」
 ふわふわと柔らかい素材のスカートを手に取り、笑顔になる月歌。
「えぇと……真城様の背は……私の……そうそう、鼻くらいだ」
 そう呟いて、月歌は自分の腰より少し低い位置にスカートを当ててみる。
「ああ、ちょうどいいですね。なんだ、真城様ってば、サイズはあるんじゃないですか。さては着たくないから嘘をついていましたね」
 ふふん……と鼻を鳴らして、月歌は購入確定と呟き、腕に提げていた籠にポンと放り込んだ。

 彼は気付いていない。
 店の者に女装趣味のあるコスプレマニアか何かだと思われていることに。
 大体、この町で執事の服装でうろついてること自体、怪しすぎた……。



 智歳は図書館に読み終わった本を返し、代わりの本を10冊ほど借りて、宿に帰る途中だった。
 智歳が読む本は全て厚いものばかりなので、年の割に背の高さが発育していない智歳には前が見えていなかった。
 本の重さにフラフラしながら歩いていると、誰かが凄いスピードで角を曲がってきて、智歳に思い切りぶつかってきた。
 智歳はもんどりうって、後ろに倒れこむ。
 抱えていた本がバラバラ……と地面に落ちてゆく。
 借りたものだから傷つけたらまずいと、必死に手を伸ばした瞬間、全ての本が目の前から消えた。
「え?」
 智歳は何が起こったのかわからず、キョトンと目を丸くする。

 すると、そこには大斧を背負った赤毛の少年が立っていた。
 年の頃は智歳と同じくらい。
 けれど、背は智歳より頭一個分くらい大きい。
 片手で軽々10冊の厚い本を持って、空いてるほうの手で智歳に手を差し伸べてくる。

「大丈夫?ごめんな、オレ、急いでて、前よく見てなかった」
 体の小さい智歳を年下だと判断したのか、少年の声は犬に語りかけるように優しかった。
 それに智歳はムッとする。
 これで、本当に彼が年上だったら失礼なことになるが、言わずにおられなかった。

「俺はこう見えても12だ」
 すごい不機嫌な調子で言ってやった。
 けれど、少年は気分を害した様子も見せずに笑った。
「そうなの?オレもオレも♪12だよ。名前は、龍世!龍に世界の世!龍も世界もでかいだろ?でっかい男になるようにって意味があるんだ!」
「…………」
 智歳は立ち上がりながら、気付かれないようにため息を吐いた。

 誰も自己紹介しろなんて言っていない。

 すぐに龍世から本を奪い取る。
 その動きにビックリしたように、龍世はキョトンと目を丸くする。
「本、全部取ってくれたのには感謝するけど、町中、ダカダカ走らないほうがいいんじゃない?」
「……ああ、そうだね。オレ、人の多いところ、来るの慣れてないからよく分からなくって」
「ふぅん……田舎者か」
「むっ……田舎じゃないぞ。都市の隣の村だ!この国じゃ、都市の次に有名なアカデミーもあるんだぞ」
「ああ、あそこか。どっちにしろ、田舎には変わりねぇよ。駄菓子屋もなかったし」
 智歳はバカにしたように舌を出して、そう言うと、スタスタと龍世の脇を通り過ぎる。
 龍世はムッとした顔で、通り過ぎてゆく智歳を見つめていたが、ふと思い出したように声を上げた。

「あ、ちょっと待った」
「なに?」
 不機嫌そうに眉をひそめて智歳が振り返ると、龍世は一番上に積まれている本をサッと取って笑った。
「これさ、武術指南って書いてあるんだよね?この字は読める。真城がアカデミーでよく取ってる講義の名前」
「ましろ……?……だから何だよ?」
 どこかで聞いたような名前だなと思いながら、智歳は龍世を睨みつける。
 返せと腕を伸ばしたいけれど、本が重すぎて離すことができなかったのだ。

 龍世はそっと智歳に近づいてきて、ヒソヒソ声で尋ねてくる。
「お前、字読めるの?」
「……読めなかったらこんなに本借りない」
「あ、おつかいかと思って……」
「なんなんだよ、用がないなら返せよ」
「あ……あのさぁ、お前、戦い方とか詳しい?」
「は?ああ、それなりには」
「ねぇねぇ、オレに教えてくれる気ない?代わりに何かおごるからさ。カレーパンなんてどう?」
 不機嫌な声で言葉を並べ続ける智歳を知ってか知らずか、龍世はすごい真剣な顔で龍世を見据えてきた。

 智歳は思う。
 どうして、道でぶつかっただけの相手にそんなことまでしてやらなければならないのかと。
 しかも、カレーパンを引き合いに出される意味が分からなかった。
 引き合いに出すとしたら、はちみつのたくさんかかったホットケーキだ。
 どちらも大差ないことに気がつかないのは好みの違いだろうか……。

 智歳は面倒くさそうに尋ねた。
「なんで、わざわざ、教えなきゃいけないんだよ。お前、力もあるし、すばしっこいじゃんか」
 龍世が引きずってきた大木を見下ろし、呟く。
 本を拾ってくれた時の素早さも尋常じゃなかった。
 戦い方なんて知る必要がないくらい身体能力が優れていることは、智歳にはすぐにわかった。
「オレ、強くなりたいんだ!どうしても!!」
「なんで?」
「オレは、名前の通りでっかい男になるんだ。そんで、好きな女を守るんだぃ」
「…………」
「そんで、子ども扱いさせないんだ」
 ぐっと拳を握り締めて、夢中になって叫ぶ龍世を見上げて、智歳はどこか自分と重なるものを感じた。
 背も年相応だし、身体能力なんて飛び抜けているのに、それでも彼はまだ足りないと言いたいらしい。
 力が欲しいのはこっちのほうだとぼやきたくなる。
 いつもなら、こういうヤツは無視して通り過ぎるのだが……香里がいなくて暇なせいもあったかもしれない。
 どうしてか、智歳は唇をすぼませた状態で答えた。
「ホットケーキだったらいいよ。はちみつめいっぱいかかったやつ」
 すると、龍世が嬉しそうに頬をほころばせた。
 智歳はふんと鼻を鳴らして付け加える。
「俺は智歳。叡智の智に歳月の歳。あ、字読めないんだっけ?」
 バカにしたように龍世を見上げた。
 龍世は真剣な顔で、智歳の名を何度も繰り返している。
「賢く健やかに育つようにっていうのが、名前の由来。千歳に掛けてあるんだって」
 智歳は両親を思い出しながら呟く。
 少しだけ悲しげに目を細める。
 すると、龍世がそれに気がついたように、顔を覗き込んできた。
「な、なんだよ!」
「え?あ……ううん。いい名前だね♪ちとせ。賢そうな感じ。ちぃたん」
「……その呼び方、次にしたら燃やす」
「え?ダメ?」
「普通に呼べ。じゃないと、交渉不成立。俺だって、暇じゃないんだ」
「わかった」
「……で、何を指南すればいいのかね?龍世くん」
 智歳は幾分か龍世を見下した感じの語調で言ってやった。
 龍世は智歳に本を返しながら、うぅん……と唸る。

 ズルズル……と大木を引きずり、歩き続けて、町の出口まで来たところで、ようやく答えた。
「基本だね、基本。オレ、戦況に応じた動きってヤツが知りたい」
 それは基本じゃないよと智歳は突っ込む前に、ため息を吐かざるをえなかった。


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