第6章  護るべき人

 龍世は智歳に約束通りホットケーキをおごってやって、ホクホクしていた。
 まさか、本当に完売するとは思っていなかったのだ。
「ちとせ、すげぇなぁ、お前。口八丁」
「売っちまったもん勝ちだからな。それに、お前の切ってきた木も品質がよかった。当然の結果だろ」
 智歳は丁寧にホットケーキにナイフを入れながら答える。
 龍世は龍世で大きなアップルパイにフォークを刺して、バクバクと豪快に平らげてゆく。
「お前、どのくらいいるんだ?この調子で、あと何日か儲けたいなぁ」
「さぁ?あと、3日の予定だけど……どうなるかわかんね」
「3日かぁ。十分十分。それだけ儲けられたら、オレ、英雄だよ」
「便利だな……金儲けてけば英雄なんて……」
「へ?」
「や、なんでも」
 智歳は適当に龍世をあしらって、ホットケーキを頬張る。

 はちみつが足りない……と心の中で呟きながらも、どんどん口に運んでゆく。
 自分で焼いたものよりも空気を含んでいて、ふわふわしていた。

 すると、黙っている間にアップルパイを全部平らげた龍世が席を移動して、智歳の脇にやってきた。
 智歳は少し距離を取りながら横目で龍世を見る。
「なんだよ?」
「あのさ……野盗の本拠地叩いたら、賞金って出るかな?」
 ヒソヒソ声で龍世がとんでもないことを言ってきた。
 智歳は香里の相手以外で面倒なことには極力関わらないようにしている。
 そんなことを手伝わされるのは冗談でも嫌だった。
「知るかよ、そんなの。名誉賞はもらえるかもしんねぇけど」
「名誉賞……」
 智歳の言葉に龍世はあごに手を当てて、何やら真剣に考え始めた。

 我関せずで、ホットケーキを口に運んでゆく智歳。
 すると、もう少しで食べ終えるところまできた時、龍世がバンとテーブルを叩いて立ち上がった。
「よし、行くぞ、ちとせ!!」
「はぁ?」
 勝手にやる気になっている龍世を智歳は呆れた表情で見上げる。

 どうして、自分の周りはこう傍若無人というか、智歳なら自分に合わせてくれるさ主義の人間が多いのだろう。

 香里もそうだ。笑顔で信頼していると言う。
『ちーちゃんだったら、聞いてくれるもん〜。だぁかぁらぁ、こーちゃんは無敵なのです☆』
 ある日、突然豹変した姉は、ハイテンションな声でそう言った。
 話し方も何もかも幼児化して、智歳が少し怒るとすぐに泣きそうになる。
 それが嫌でまた怒りそうになる自分。
 けれど、しっかりしていた頃の姉は自分のことを甘やかしてくれていたから、 それならば、香里が元に戻るまでは自分がしっかりしようと決めた。
 父とも約束した。
 香里を護れるのは、自分しかいない。

「なぁなぁ、行こうよぉ。実戦が一番だろ?お前が指示したとおりに動いてみるからさ。戦うのはオレだけ。お前はついてくればいいから」
 智歳に甘えるような猫撫で声で話す龍世。
 智歳はその声ではっと我に返った。
「や、やだよ、俺は。契約はこれで終わり。この一口食ったら終了」
「にゃにをぉぉぉ。そんなの認めるかぁ、でりゃ……ぱく」
「あ!」
 智歳がフォークに刺していた最後の一口を、龍世の大きな口が捉えた。
 智歳は目を見開いて、それを見つめる。

 龍世はフォークからホットケーキを抜いて、美味しそうに頬張っている。

 智歳の中で何かが切れる音がしたのが分かった。

 フォークを振りかざして、龍世の額に突き刺す。
「いってぇぇぇぇ!!お、お前、刺すやつがあるかよぉ」
「……最後の、一口……一番、美味いところ、残しておいたのに」
 智歳は物凄い怒りを目に宿らせて、龍世の胸倉を掴む。
「おごれ、今すぐおごれ!」
「た、たは☆」
「たは☆じゃねぇ。おごれ。今の一口がなけりゃ、俺のホットケーキは終わらねぇ」
 誤魔化すように笑う龍世の体をブンブンと振る。

 龍世もさすがに具合が悪くなったのか、必死に智歳の肩を両手で掴んだ。
「おごる!おごるから手伝ってぇぇ。契約は間違いじゃないだろ?戦い方を教えてくれってオレは言ったんだもん。まだ、本当に戦い方がしっかりしたのか、証明できてねぇじゃん。それの証明だよぉ」
「う……」
「ホットケーキだったら山ほどおごってやるって。だから頼むよぉ。真城に頼んだって、オレだけみそっかすにする可能性高いしさぁ。今、頼れるやつ、お前しかいねぇんだよぉ」
「…………」
 本当に一生懸命頼んでくる龍世に、智歳は言葉が出てこなかった。

 理詰めなら負けないつもりだったのに、最後の最後で負けた。
 その通りだった。
 戦い方は教えたけど、それが本当に実戦で発揮できるかが分からなければ教えたことにはならない。
 智歳は悔しいが仕方ないので、頷くしかなかった。

「そ、そんかわり、俺は本当に指示しか出さないからな……」
「付き合ってくれるの?!」
「……。付き合わないわけにいかねぇだろ!!そこまで言われたら!!」
 龍世があまりに無邪気な表情で喜ぶものだから、智歳は苛立ちながら答えを返した。
 すると、龍世はバンザーイと両手を掲げた。
 なんだか、はめられたような気がして、智歳はちっと舌打ちをするのだった。



 戒が音のしたほうを睨みつけて、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
 真城はオレンジジュースを飲み干してから、静かに立ち上がった。
 戒は真城と肩組みの形になって、ヒソヒソと話しかけてきた。
「お前、戦えるか?」
「え?」
 真城は不安そうに座っている葉歌に一瞬目をやる。
 けれど、戒がこれほど警戒するということは、あまりいい状況ではない。
 葉歌に言われてるから戦えないなんて言ってはいられない。
 真城自体は怪我について大したことないと思っているわけだし。
「あ、ああ……多少なら……」
「よし、十分だ。邪魔なのは僕がやるから、お前は頭をやってほしい」
「や、やるって……」
「必要なら殺せ。できなければ、捕縛するか気絶させろ」
「…………」
「できるか?」
「……やってみる」
 真城は覚悟を決めて頷いた。
 真城の表情を見て、戒が目を細める。
「やっぱり、無理に殺さなくていい。お前は手を穢すな」
「……え……?」
 真城が戒の呟きに戸惑っていると、戒はさっさと真城から離れて葉歌に話し掛けた。

「おい、ハウタとかいったな」
「ええ、そうよ。初めてね、名前を呼んでくれたのは」
 ふんわりと、それでも嫌味っぽく言う葉歌に対して、戒は仏頂面を崩さない。
「風に聞け。今、何人に囲まれている?」
「…………。ちょっと待って……」
 葉歌は不服そうだったが、そっと目を閉じて右手をかざす。
 すると、風がゆっくりと葉歌の周囲に集まってきた。
「……6、7、8……13人。一番偉そうにしてる男が、あっちの方向にいる」
 葉歌はかざしていた手でそのまま指差した。
 指差された方向を戒と真城が見つめる。
「上出来だ。マシロ、お前はそいつだけ狙え。ハウタ、……援護を……」
「ごめんなさい、これ以上はあなたの言うことは聞きたくないわ」
 戒が指示を出そうとした瞬間、葉歌は笑顔でピシャリと切った。

 真城が代わりに言う。
「葉歌、そんなことを言ってる事態じゃないんだ。わかるだろう?援護、お願いするよ」
「ええ、あなたが言うなら聞きます。遠瀬くん、このパーティーのリーダーは真城なの。わたしの中ではそうなっているから、気分を害したかもしれないけど、理解していただけるかしら?」

「……ああ、わかった。別に怒ってはいない。僕とお前には信頼関係がない。当然だ」

「…………」
 戒の返答に葉歌は驚いたように戒を見上げる。

 戒は右腕を袖に通し、上着のジッパーを上げた。
「僕が先に出る。真城は頭を叩き次第、こちらに戻って来い。指示がなくなれば、すぐに引くはずだ」
「わかった……」
 真城は木に立てかけておいた剣を背中に掛けずにスラリと抜く。

 葉歌がわざと硬めに固定したせいか、腕が肩以上の高さに上がらなかったのだ。

 ふぅ……と息を吐き出し、刀身を見つめる。

 戒がすごいスピードで飛び出していき、葉歌も詠唱を開始して、森の中に突風が吹き降ろす。

 真城はその瞬間にタタタッと駆け出した。
 横目で戒の戦っている方向を見ると、戒は目にも止まらないスピードで1人2人と潰していた。
 倒していたでは生ぬるかった。
 倒れてゆく盗賊風情の男達は、体をおかしな方向に曲げて倒れてゆく。
 ……彼の本領発揮を見た気がした。
 真城と戦った時は手を抜いていたのだ。
 そう考えると、鳥肌が立った。

 向かってくる盗賊を避けて駆け抜けると、しばらくしてからハンマーのような武器を持っている壮年の男が目に入ってきた。
 テキパキと近くの仲間に指示を出している。
 彼がこの盗賊たちのリーダー格なのがすぐにわかった。
 真城はしっかりと剣の柄を握り締める。

『無理に殺さなくていい。お前は手を穢すな』
 戒の先程の言葉が頭を過ぎった。

 真城はグッと踏み込んで、手近な木の枝に飛び移る。
 なんとか、枝の上に着地できて、ほっとした。
 まだ、男は真城のことを捕捉してはいない。
 ここは上から不意打ちが一番だ。
 指示を出しながらジリジリと前に踏み出してくる男。

 真城はそれを息を潜めて待った。

 一歩……二歩……三歩……。

 真城は唇を噛み締める。

 すぐそこで戒が派手に戦っている。

 その戒に完全に気を取られているのが分かった。

 真城は自分が立っている枝を男が通り過ぎた瞬間、バッと飛び降りた。

 剣の柄頭(つかがしら)で男の首の急所を思い切り叩いた。

 男がハンマーを落として、バタリと倒れこむ。

 ハンマーの落ちる音が派手に周囲に響く。

 これならば、リーダーがやられたというのが周りに伝わりやすい。

 成功だ……と思った瞬間、葉歌の悲鳴が真城の耳に届いた。

「やめて……ィヤァァァァァァッッ!!」
 真城はその声で顔を上げる。

 木が入り組んでいて、何が起こっているのか見えない。
 気がつくと、戒の姿が消えていた。
 盗賊たちは戒に潰された者以外は、リーダーの所在を確認しようと右往左往している。
 真城は慌てて、葉歌の声がしたほうへと駆け出していた。


≪ 第3部 第5章 第3部 第7章 ≫
トップページへ戻る


inserted by FC2 system