第7章 憂い溢れる、2人の心 真城の無事を祈りながら、2発目にかまいたちを発生させようと胸の前で指を組んだ時、葉歌の後ろでガサリと物音がした。 葉歌は驚いて、そちらに振り返った。 前方で戒が戦っているのと同じような服装の男が、そこに立っていた。 葉歌は鳥肌が立つのを感じた。 風で捕捉仕切れなかった……!! 葉歌には真城や龍世のような力がない。 風を自在に操ることが出来る以外はただの人間と同じだ。 距離が近すぎる。詠唱している猶予がないのはよくわかった。 男が葉歌の顔を見て嬉しそうに気味の悪い笑みを浮かべた。 葉歌の頭の中で、子供の頃の嫌な思い出がフラッシュバックする。 荒らされた家。 目の前で斬り殺され、目に何も映さずに横たわっている両親。 全身血まみれで、狂ったように葉歌を見下ろし、近づいてくる兵士たち。 子供の頃の葉歌が、怯えた表情で後ずさる。 けれど、すぐに壁に背中が当たってしまった。 壁を見て、葉歌はすぐに兵士に視線を戻す。 『お嬢ちゃん、可愛いねぇ』 その言葉に鳥肌が立った。 声が耳にまとわりつくように粘り気を帯びている気がして、耳を塞いでしまいたかった。 葉歌は兵士達の脇を通り過ぎようとパタパタと駆け出す。 けれど、まだ子供で歩幅の狭い葉歌にはそれが叶わなかった。 ガシリと掴まれる葉歌の細い腕。 後ろに引き戻され、すごい勢いで押し倒された。 後から知ったことだが、軍の兵隊というのは、戦時下に出動すると禁欲状態に置かれる。 そのはけ口として、子供や女を襲うということをすることが多いのだそうだ。 襲った後に殺して焼き討ちにしてしまえば証拠は残らない。 いくらでも、しらばっくれられる……。 まだ年端も行かない子供を数人で嬲る。 それが楽しいことなのだろうか? 葉歌は口を押さえられて、ただ、涙を零すしかなかった。 着ている服を破かれて、葉歌は意識的に視線を逸らした。 逸らした先に、両親の顔があった。 兵士の手が葉歌の胸に触れようとしている……。それが両親の瞳越しに見えた。 その時、パンと鋭い音がした。 葉歌を押し倒していた兵士が力を失って、葉歌の上に倒れこんでくる。 葉歌が嬲られるのを楽しそうに見ていた兵士達も我に返って、発砲した少年に向かっていった。 少年は軽く兵士の攻撃をかわし、至近距離で脳天に発砲した。 それを見て敵わないと判断した兵士が家に火を放ち、少年の脇をすり抜けて逃げていった。 『葉歌!葉歌!無事か?!』 葉歌にのしかかっている兵士を乱暴にどかして、葉歌を抱き起こす月歌。 葉歌は涙を零し、感情のこもらない目で部屋に広がってゆく炎を見つめていた。 月歌は羽織っていた上着を葉歌に着せ、すぐに優しく抱き上げて、家の外へと飛び出した。 力がない。ならば、逃げるしかない。 すぐに立ち上がって、走り出した。 けれど、男も追ってくる。 葉歌の顔を見て、男の目に宿った不気味な光を葉歌は知っていた。 ガシリと掴まれる腕。 あの時と同じだと……心の中で叫んだ。 後ろに引き戻され、そのまま森の中へと引きずられてゆく。 「こんないい女、連れてく前に味わっとかなきゃ、俺のほうには回ってこないからな」 「や、離して!」 葉歌は必死に抵抗した。 足を踏ん張って、男の手を振り払おうと試みる。 けれど、男の手は離れなかった。 「……ま、しろ……」 悲痛な声を漏らして、錯乱したようにブンブンと手を振る。 男がちっと舌打ちをする。 「面倒くせぇなぁ……」 そう不快そうに声を漏らし、葉歌の体を地面に叩きつける。 葉歌の軽い体がズザザ……と草の茂った地面に倒れこんだ。 素早く男が葉歌の上に馬乗りになった。 必死に抵抗して、男の体を自分の体にのしかからせないようにする。 すると、男ははじめに葉歌が着ている薄手のセーターをビリビリ……と破いた。 白い肌が露わになる。 葉歌は自分の心臓の音が耳元でしているような錯覚に陥っていた。 男が不気味な笑みを浮かべて、舌なめずりをする。 昔のことが何度も駆け巡り、最後に真城の無邪気な笑顔が浮かんだ。 涙が、ポロリと零れる。 「やめて……ィヤァァァァァァッッ!!」 そう叫んだ時、男の体がふわりと浮いた。 ハッとして浮かんでいく男を見上げる。 そこには顔に青い光を帯びさせ、戒が殺気に満ち満ちた顔で立っていた。 男の髪を掴み、鋭い表情で睨みつける。 「ひっ!!」 男が情けない声を発すると、戒は低くドスの利いた声で言った。 「下衆野郎」 男から手を離し、次の瞬間思い切り蹴り上げると、ピピッと血が飛び散った。 数メートル上空に男の体が跳ね上がり、数メートル先に落ちた。 落ちてきてからは全くといって動きを見せなかった。 だから、死んだのだということが容易に分かった。 葉歌は恐る恐る起き上がって、戒に背を向ける。 「……大丈夫か?」 相変わらず抑揚がないが、少しだけ優しさがこもっている様な声だった。 状況に同情してのことかもしれない。 「……え、ええ。大丈夫……ありが……」 「葉歌?!」 戒にありがとうと言おうとしたその時、真城が草を掻き分けて葉歌の元に駆け寄ってきた。 心配そうな声を上げて、葉歌の脇にしゃがみこむ。 破かれた服を見て、動揺したように真城が目を見開いたが、葉歌が涙を流しているのがわかったのか、何も言わずに、腰に巻いていたジャケットを肩から掛けてくれた。 「行こう……あいつらは……リーダー連れて、逃げてったから……」 「え、ええ……」 「僕は周囲を見てくる。お前たちは移動する準備をしていろ。あのガキを待っている場合じゃない」 「わかった……」 真城が葉歌の肩を抱き寄せて、戒に対して頷いてみせる。 戒はすぐに男の死体を引きずりながら、森の奥へと消えていった。 葉歌は自分の体がカタカタと震えているのが分かった。 必死に震えを止めようとしたけれど、体の震えが止まっても、今度は唇が震える。 ダメだ。真城の前ではしっかりしなくては。 自分に言い聞かせる。 けれど、上手く行かなかった。 すると、真城がきゅっと後ろから抱き締めてくれた。 「大丈夫だよ、葉歌。ボク、見ないから泣いて?」 優しい声が耳元でした。 ほろりと……涙が溢れる。 「何も……」 「うん」 「何もされてないわ……」 「うん」 「わたし、何も、されてない」 「わかってるよ。だいじょうぶ。わかってる」 いつもは子供っぽいことばかり口にしているくせに、真城の声は包み込むように優しかった。 そっと葉歌の髪を撫でて、真城は何度もだいじょうぶだいじょうぶと言い聞かせる。 だから、葉歌は溢れてくる涙を止められなかった。 そっと振り返って、真城の胸に寄り掛かる。 少しの間、嗚咽だけが周囲に響いた。 真城は何も言わずに葉歌の髪を撫で続ける。 ようやく落ち着いて、葉歌はそっと自分の目を拭う。 「ごめん……ちゃんと護れなかった……」 「ううん、大丈夫、落ち着いたから」 葉歌はふんわりとした声で、悔しそうな真城に言葉を返す。 ゆっくりと……昨晩野営を張っていた場所へと戻っていく。 葉歌の心には、戒にありがとうと言えなかった後悔だけが残っていた。 「ふんふんふふ〜ん。ぜんた〜い、止まれ。1、2!」 「……俺、帰ろうかな……」 無駄にはしゃぐ龍世を見て、智歳が呆れたようにぼやいた。 2人は木の陰に隠れながら、智歳が見込みを立てた、野盗の本拠地っぽい山小屋を覗き込んだ。 小屋には灯りが灯っており、中で何人かの人間が動き回っているのが見えた。 「ここで、間違いないかな?」 「ちょっと待て。ランプを点けてるのが好都合だ……」 智歳はすっと目を閉じて、指で変わった形を作り上げる。 「ああ、それっぽいやつらがいる。間違いないな。どうする?燻りだすか?そのほうが戦いやすいだろ?」 「お前の力……便利だなぁ……」 「力不足を補うための力だ。便利じゃなければ意味がない」 感心したように呟きを漏らす龍世に、智歳は目を開けて答えてくる。 龍世はその言葉にふ〜ん……と納得したような声を漏らした。 「やっていいか?お前、準備できたか?」 「え、あ、うん、今準備する」 「俺は本当に指示出すだけだからな、そこのところ間違えるなよ?」 「分かってるって。オレ、一応は強いし、平気だぃ♪」 むんと力こぶを見せて、ニヘッと笑う龍世に智歳はため息を漏らし、頭を抱える。 「あー……わかったから早くして」 智歳の呆れ口調を知ってか知らずか、龍世はぐっと斧の柄を握り直して頷く。 それを見て、智歳はすぐに詠唱を開始する。 ふっと言葉を止めた瞬間、小屋の中のランプの灯りがボッと燃え上がった。 小屋の中から慌てた声がし始め、1人2人と煙に燻りだされて、小屋の外へと出てきた。 龍世がすぐに小屋の前の広場に飛び出す。 ガスンガスンと2人の男を斧で殴り倒した。 智歳はすぐに木から飛び出して叫ぶ。 「右に移動!相手が攻撃してくる前に倒せ!」 「ラジャ☆」 龍世は言われるままに、右へと移動し、次に出てくる相手を待ち、すぐに斧で薙ぎ払った。 「次出てくるのは3人。1人倒して、その後は攻撃をかわして、まとめて仕留める」 「ラジャー」 男達が出てきて、3人なのを確認してから龍世は打って出る。 斧をグルリと回し、1人倒れたのを確認してから、斧を盾のように自分の体にくっつけた。 短剣で斬りかかってきた男の攻撃を防いで、すぐに弾き返す。 短剣が宙を舞ってキラリと光を放った。 ドカッビシッと音が響き、2人が膝から崩れ落ちる。 そして、2人が地面に顔をつけるのと同時に、短剣が地面に突き刺さった。 「よし……なかなかやるじゃないか……」 そう呟いた時だった。 智歳たちが歩いてきた道をすごい勢いで走ってくる音がした。 音の感じからして、6、7人。 智歳は舌打ちをして振り返る。 「いくらなんでも、分が悪いな……。おい、龍世!お前、後は自分で何とかしろよな?!俺はこっちから来るやつら倒すから!!」 「……?!わ、わかった」 龍世が動揺したように応えたので、智歳はすぐに右手をかざした。 「龍世に死相は見えない……。大丈夫だ……」 ひとりごち、手の平に全精神を集中する。 ボゥッと大きな炎が発生して、走ってきた男の1人に燃え移った。 「俺の呪文は一筋縄じゃいかねぇぞ」 そう言って、パチンと指を鳴らすと、炎を消そうとしていたもう1人にも炎が飛び掛る。 智歳は腰に提げていたナイフを抜くと、口にくわえて、バッと木の枝に飛び移る。 両手で枝を掴み、ブラブラと体を振り、反動をつけて、炎の中へと飛び込んだ。 智歳の体には一切炎が燃え移らなかった。 ザクッ、ザクッと熱さで悶えている男達の首を刺す。 智歳が炎から飛び出すと、何が起こったのかわからずに動揺している男達は、急に子供が炎から飛び出してきたのに更に驚いて、動きを止めた。 智歳はヒョイヒョイと身軽に飛び跳ね、持っていたナイフで残りの男達を次々に刺してゆく。 「火葬でいい?」 最後に刺した男に対して生意気な口調でそう言うと、智歳はペロリと唇をなめ、不気味に笑いかける。 詠唱しながら男の肩を踏んで空中に飛び上がり、両手で更に大きな炎を発生させ、 「行け!」 と叫ぶと、血を流して倒れこんでいる男達全てに燃えかかった。 辺りに人間の肉が燃える嫌な臭いが立ち込める。 智歳はその臭いに表情を歪めたが、片がついて、ほっとして振り返った。 すると、広場のほうも片付いてようで、龍世が斧の刃についた血を、胸ポケットから取り出した布で拭っていた。 小屋が炎に包まれて、どんどん崩れてゆく。 智歳はすぐに龍世に駆け寄った。 「すげぇじゃん、全部倒したのか?」 智歳は感心して笑顔で話しかけた。 腰に両手を当てて、うんうんと頷く。 けれど、倒れていた男がピクリと動いたので、表情を一変させる。 「……なんだよ、殺してないのかよ?」 「だって、生きたまま連れてかなきゃ名誉賞もらえないじゃん。それに、オレ、人は殺さないんだ」 龍世は当たり前のようにそう言うと、智歳が倒した男達の元に駆け寄って、しっかりと手を合わせる。 「せめて、安らかに眠ってください」 龍世は静かにそう呟くと、持参してきていたロープを智歳に手渡した。 「さ、こいつら縛って山下りよう!もう夕方だよ」 龍世は特に智歳のことを責めることはせずに笑顔でそう言ってきた。 それを見て智歳は唇を噛み締めて、目を細める。 野盗たちを捕縛して、山を下りる最中、智歳は一度も龍世と言葉を交わさなかった。 |
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