第3章 あなたの魅力 以前の町から更に東にある町の近くの森。 小鳥の囀りが聞える森の湖畔で、真城はブンブンと木刀を振るっていた。 ようやく、傷も塞がり、動いていいと葉歌に許可をもらったのだ。 これが張り切らずにいられるだろうか。 縦斬り・横斬り・袈裟斬り・突き出し。 様々な技法を織り交ぜて、自分の中のイメージにある相手を次々と薙ぎ倒してゆく。 ザッザッと音を立て、革靴の底で砂利を蹴散らす。 最後の相手として、真城がイメージしていたのは……東桜だった。 今のところ、真城の目標として、近い位置にいるのは彼だ。 紫音とどちらが強いかまでは分からないが、半年ほど会っていない紫音よりも東桜のほうが力量などがイメージしやすかった。 脇に木刀を据え、相手に間合いを悟らせずに一撃目で勝負をつけるのが、真城の戦い方の基本だった。 東桜と立ち会った時のピリピリした空気を思い出し、ふぅ……と息を吐く。 いつも、一瞬躊躇った隙を突かれる。 だから、はじめの一撃が重要だと感じていた。 すぐに踏み出し、思い切り突く。 けれど、目の前にいた東桜がふっと消えて、真城の後ろに回りこんだ。 すぐに振り返って、東桜の剣戟をかわし、牽制のために剣を横に払った。 体勢を立て直してすぐに踏み込む。 「てぁっ!」 バシンと叩けるかと思った瞬間、東桜が刀で木刀を払い、真城の腹をズバリと斬りつけてきた。 そこで、真城は手を止める。 「駄目だ……簡単にやられる……」 溢れ出てくる汗を袖で拭い、肩で激しく息をする。 イメージの中だから自分が勝てるということが、真城にはない。 自分より強いと思っていると、イメージの相手は本当に強い。 「お疲れ様。そろそろ、朝ごはんできるわよ」 真城を呼びに来た葉歌が、枝に掛けておいたタオルを持って、真城の傍に来た。 真城はタオルを受け取って、ふぅ……と息を吐く。 湖の水で顔を洗う。 ひんやりとしていて気持ちがよかった。 「真城」 「ん?」 タオルに顔を埋めていると、葉歌が戸惑ったような声でおずおずと聞いてくる。 「少し、顔が怖かったけど……。また、イメージトレーニング?」 「うん、どうしても、負けたくない人がまた増えてさ」 「……そう……」 朗らかな真城の返答に葉歌は悲しげに目を細める。 真城はただ首を傾げてそれを見つめるだけ。 しばらく、2人の間に沈黙が流れた。 水面を風が渡ってゆく。 ようやく、葉歌が取り繕うように笑い、真城の手を取った。 「今日ね、みんなで町に行くわよ」 葉歌はそう言って、真城の顔を覗き込んでくる。 「え?でも、警備が……」 思った通りの反応をしてくれたのが嬉しかったのか、葉歌はニッコリと笑った。 「ここから先の山に関所があるらしいのよ。だから、町で通行許可証をもらってこないといけないの。手続きは私たちが済ませてきたから、あとは取りに行くだけ」 「……なんで、そのこと、もっと前に教えてくれなかったの?」 「ん?それはね、2人とも嫌がるかと思って……」 含むところがあるように、あごに人差し指を置いて、葉歌は少々怪しい笑みを浮かべた。 「嫌がるって……なんで?」 真城のマヌケな声だけを、湖を吹き抜けてゆく風がさらっていった。 「嫌だよ!絶対ヤダ!!!」 真城は葉歌に半分脱がされそうになりながらも、必死に抵抗して騒ぐ。 葉歌はその声に耳が痛そうに顔をしかめた。 必死にシャツを胸元に当てて、ヤダヤダとブンブン首を横に振る真城。 「予想はしてたけど……ここまでなんて……」 葉歌が呆れたように真城の顔を見上げてため息を吐いた。 町から持って帰ってきた袋の中には、女物のシャツと柔らか素材のプリーツスカート。 スカートは以前、月歌が購入していたもので、シャツは葉歌が真城に似合いそうなものを今の町で見繕ってきた。 関所の通行証の申請までは出来たのだが、受け取りは本人も来ないと駄目だという話なのだそうだ。 それで、真城と戒は偽名を使い、申請書を出してきたから、指名手配犯だとばれない為に服を替えて、ある程度誤魔化さないといけないということらしい。 所詮、似顔絵程度の絵では、印象さえ変えれば、判別など難しい。 月歌はこのことを見越していたということか。 事情はわかった。事情は分かったが、どうして、スカートを履かないといけないのか……。 真城はうぅ……と唸りながら、葉歌から一歩二歩と後ずさる。 子供がダダをこねている時のようだ。 「他の服がいい!」 「……あのね、真城、せっかく兄ぃが探してきてくれたんだし」 葉歌がスカートをすっと胸元まで上げて、にこりと笑う。 そこで、月歌の名を出してくるのは卑怯だ……。 「それに、真城は自覚ないかもしれないけど、容姿が目立つのよ。パンツ系のファッションにすると、すぐばれちゃうの。わかる?スカートだったら、相手もそこまで考えが及ばなくて、通りやすいかもしれないでしょう?」 葉歌は尤もらしくそう言って、だから、ね?と首を傾げてみせる。 真城はふっと俯き、小さな声で呟く。 「ヤダよ……絶対、似合わないもん……」 唇を尖らせて搾り出すように言った言葉に、葉歌がふふ……と笑いをこぼした。 ジャリジャリと砂を踏みしめて、真城の腕に触れてくる。 真城は拗ねた表情で顔を上げた。 「わかってないわね、真城。わたし、真城はすっごく可愛いっていつも言ってるでしょう?」 「……嘘だよ……」 「どうしてそう思うの?」 葉歌の問いに真城は目を伏せて答える。 「こんな、背高くて……剣ばっか振ってるのに、可愛い訳ない」 「それは真城の思い込みよ。ほら、こっちおいで」 葉歌は真城の後ろに回りこんで、優しく背中を押して湖の淵まで導く。 そして、しゃがんで?と声を掛けて、真城の脇で屈みこむ。 真城が言われるままにしゃがむと、そっと真城の前髪を葉歌が両手でかきあげた。 湖面に2人の顔が映る。 葉歌の優しげな顔と、真城の不安げな顔。 それが対照的で、更に真城の気持ちは曇ってゆく。 葉歌の顔は本当に女の子らしいのだ。 「ほら、見える?」 「見える……」 「綺麗な顔よ。小母さまにそっくり」 「…………」 「ショートが似合う子はね、ここのラインが綺麗なの」 そっと髪から手を離して、壊れるものでも触るように、真城のあごのラインに手を滑らせる。 真城はくすぐったくて、少しだけ、身をよじらせた。 「あ、ごめんごめん。真城は間違いなく可愛いわ」 励ますようにポンポンと真城の肩を叩き、葉歌はそっと体を起こす。 真城はしゃがみこんだまま、湖に映る自分の顔をジーッと見つめた。 「わたしが保証する。大丈夫よ。綺麗に着飾って、みんなをビックリさせちゃいましょう」 真城はまだ不安な気持ちが取り払えずに、葉歌を見上げる。 葉歌はもう1度屈みこんで、真城の手を取った。 ゆっくりと立たされる真城。 「ふふ……。ほら、おいで。お化粧もしてあげる。1度してみたかったのよね。嫌がると思って言わなかったけれど」 楽しそうに顔をほころばせながら、真城の手を引いて歩いてゆく。 真城はまだ納得できなくて、言葉が出てこなかった。 葉歌が最後に言う。 それは、『月歌』以上に威力のある言葉。 「わたしのこと、信じられないの?」 悲しげな表情でそう言われたものだから、真城は慌てて首を振った。 別に葉歌が信じられないわけじゃない。 女の子として、自分に自信がなさすぎるだけなのに。 その様子を見て、葉歌が嬉しそうに再び笑う。 「何度でも言うわ。大丈夫よ。真城は可愛いから」 そして、最後に付け加える。 肌は綺麗だから、薄い口紅だけで平気よねと。 一通り着替えた後、本当に生き生きとした表情で、葉歌は真城の唇に薄い紅を乗せた。 いつもは跳ねている髪も、櫛で梳かして、少し若い朝真の出来上がりだった。 ゆっくりと葉歌に手を引かれて、キャンプを張っている場所まで戻る。 スカートは慣れてない分、歩きづらくて悪戦苦闘だった。 「下がスースーする……」 「慣れれば大丈夫よ。真城って、お嬢様なのに……」 「1回ヤダって言ったら、父上が嫌なら履かんでいい、ガハハハって笑って……。それから、一回も履いてない」 「もう……村長様はいつもそうなんだから……」 「母上は少し悲しそうにしてたなぁ。絶対に女の子が欲しかったのよって、よく言ってたもん」 「……まぁ、奥様は奥様で、真城のこと、楽しそうに見守ってるからいいんじゃないの?」 「そうかなぁ……」 表情が翳ったのを悟ったのか、葉歌はきゅっと真城の手を握り締めてきた。 大丈夫と言いたいらしい。 テントが見え始めた時、龍世の苦しげな雄叫びが轟いた。 「いってぇなぁ、何すんだよぉ!!!」 「加減はした。これで済んでよかったと思え」 不機嫌そうな戒の声。 葉歌が真城を置いて、先にキャンプ場所まで駆けてゆく。 真城も慌ててそれを追う。 スカート自体は長さも膝より上で動きづらいわけではないのだ。 ただ、どうしても、歩き方が……おかしくなる。 葉歌が一足早く現場を見て、ポンと満足そうに両手を打ち鳴らした。 真城が追いついて、覗き込むと、そこにはどこかの坊ちゃんといった風体の戒が立っていた。 深緑色のジャケットにこげ茶色の半端丈パンツ。 余った部分を長い靴下でカバーし、ガッチリとしたブーツを履いている。 そして、龍世がポンポンと砂を払っている縁のない帽子が目に入る。 どうやら、あれを龍世が無理矢理被せたのが原因のようだ。 「思ったとおり似合うじゃない。あれもねぇ、真城に着せてみたかったんだけど、やっぱり、スカート履かせたいって満場一致になって、遠瀬くん行きになったの。服選ぶの、楽しかったのよねぇ」 葉歌がニコニコしながら言っている。 真城はふぅん……としか言葉が返せない。 満場一致って……。いい状況ではないはずなのに、なぜ、葉歌たちは楽しんでいるのだろう。 そこでようやく、真城たちの存在に気付いたのか、戒が更に不機嫌そうに顔を歪ませて、ぷいとそっぽを向いた。 なんとなく、恥ずかしいのかなと、真城は感じ取る。 「さて、姫、お披露目お披露目♪」 葉歌が楽しそうに声を弾ませ、真城の手を取って、広くなっているところに躍り出た。 葉歌がコホンと咳を払うと、真城たちに背を向けていて、気がついていなかった龍世と月歌がこちらへと顔を向ける。 「うぉわっ!!」 龍世が目を丸くして、やたら大げさな声を上げた。 だから、真城は不安な顔のまま、眉を更にしかめる。 「……なんだよ……どうせ、似合ってないんだろ……」 「お嬢様、よく、お似合いですよ」 「え……?」 月歌が穏やかに微笑んで、優しい目でそう言ってきた。 そこで、真城の表情がようやく少し明るくなった。 自分の顔が熱くなってくるのが分かる。 嬉しかったけれど、恥ずかしくて月歌の顔を正視できなかった。 「ホントホント!すっげぇ、真城、可愛い〜♪剣士様には全然見えないね」 真城の傍に駆け寄ってきて、グルグルと嘗め回すように見ながら、龍世が無邪気な声を上げる。 龍世の場合は、全く嘘がない。 こういう時、龍世は本当に素直だ。 「オレ、断然、こっちのほうがいいなぁ。真城、これにすればいいのに」 「いや、これだと動きづらいし、下がス……」 「コホン!!」 下がスースーすると言おうとした真城の言葉を葉歌の咳が阻んだ。 男のいる前で言うことではないということらしい。 なので、真城も口を噤んだ。 あんまり龍世が大騒ぎするから戒も視線だけ、こちらへ寄越した。 真城と視線が合って、真城はそっと笑いかける。 「戒、似合ってるよ」 「…………」 戒は困ったように仏頂面を通す。 それがおかしくて、真城は思わず笑い声を漏らした。 |
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