第4章  こみ上げるのはなぜか悲しみで

「剣がないと落ち着かないよ……」
 町に入ってしばらくしてから、真城はポツリと葉歌にぼやいた。
 葉歌は大切そうに抱いていた長い包みを真城から離すようにして笑う。
「駄目よ、その格好で剣持ってたらおかしいでしょう」
 剣と木刀は目立つので包みに包んで、葉歌が持っていることになった。
 別に他の誰かでもよかったのだが、必ず真城の傍にくっついている葉歌が適任という葉歌の言い分で、葉歌が持っている。
 真城はまだ歩きづらそうにゆっくりと歩いていた。
 男3人はそれにも気がつかずにズンズンと進んで行ってしまう。
 それに追いつこうと慌ててペースを上げるのだが、すぐにペースが落ちる。
 どうも困ったものだ。

「大丈夫よ、あの3人じゃ、目立つもの」
「そう……かなぁ」
 葉歌は特に気にも留めない様子で笑っている。
 真城は不安げに前の3人を見つめる。

 この町は関所の通行許可証を発行しているという以外は、それほどすごい特色がある町ではない。
 しかも、国内を旅する人間もそんなに多くないため、真城がはじめに訪れた町に比べたら人の入りはだいぶ少なかった。
 確かにこれなら葉歌が言うようにはぐれることはないだろう。
 それに、今向かっている目的地はみな同じなわけだし。
 なんとか、自分を落ち着かせて、また歩くことに集中する。

 すると、突然戒が振り返った。
 こちらが遅れていることに気がついたのか、他の2人よりも歩くペースを落としたのが見えた。
 徐々に戒の背中が近づいてくる。
「どうしたの?」
 真城はすぐに声を掛けた。
 戒は真城の脇に並ぶと、仏頂面のままでポツリと言った。
「歩きづらいなら、そう言ったほうがいいぞ。その格好で山まで行くのは足手まといもいいところだ」
「はは……そうなんだよね、ボクもそう思う」
「関所まではいつもの格好で、関所の手前でまた着替えるのよ。さすがにこのペースがずっと続くと大変だろうしね」
「……そうか……」
「あー、そっか……」
 葉歌の返答に納得したように頷く二人。
 葉歌が残念そうにため息を吐いて付け加える。
「本当は、その格好に慣れるくらいの勢いで着ていてほしいのだけどね」
 そう言われても真城は苦笑いを返すしかない。
 すると、葉歌は更に言った。
「いいじゃない、あれだけ褒められたんだし。たまにはそういう服着るっていうのも」
「えー……」
 その言葉にはさすがに不服そうな真城。

 彼女にとっては似合うかどうかよりも機能的かどうか、剣が扱えるかどうかが重要らしい。
 初恋の相手に褒められておいて、未だにこの声を出せるのは凄いことだ。

「あ、そういえば!」
 葉歌が急に真城と戒の間に割り込んでくる。
 突然のことで驚いたけれど、真城は葉歌に位置を譲って右へと少しずれた。
 すると、真城の袖をきゅっと握って、離れてゆくのを止めて、戒に尋ねる。
「遠瀬く……あ……来栖(くるす)くん、まだ、この子の格好の感想言ってないわ」
「ん……?」
 葉歌の突然の言葉に戒の足がピタリと止まった。

 因みに『来栖』というのは通行証の手続きで使った偽名だ。
 一応、この町ではそれで呼ぶというのを、ここに入る前に決めていた。
 更に付け加えると、真城は『彩音(あやね)』。
 女の子くさくて、それを聞いた時、真城の顔が引きつった。

「葉歌、別にいいだろ、そんなこと」
 コメントに困っていそうな戒のために、真城がすぐに葉歌の肩をトンと小突いた。

 戒が再び歩き出し、2人に並ぶ。
 葉歌が期待したような目で戒を見つめていた。……が、
「動きづらそうな服だなぁと思っていた。因みに僕のこの服も戦闘向きじゃない」
 と、明らかに真顔で言った。

 葉歌の表情が目を見開いた状態で固まる。

 真城はそんな2人の様子を見て、ぷっと吹き出した。

 すっと葉歌が真城のほうに向き直り、不機嫌そうに目を細める。

「なによぉ……」
「だって……感想ってそういうのもあるもの。か……あ、来栖の言ってるのも感想。来栖らしくって……あはははは」
「もう……来栖くんにはぁ、色気みたいな観点はない訳?」
「色気……?」
「……似合うとか、可愛いとか、カッコイイとか。あ、そういえば、ご飯食べてる時も、美味しいとか不味いとか言うの聞いたことないかも」
 葉歌にそう言われて、戒は珍しく首を傾げて空を仰ぐ。

 3人の間に沈黙が流れた。

 しばらくしてから、自分で納得したように頷き呟く戒。

「ないな」
 その返答にガクリと肩を落とす葉歌と、またもや、ははは……と笑いをこぼす真城。

 戒は静かに2人を横目で見て、しれっと言う。
「飯は主食か肉を多めに食っていれば、とりあえずは体が衰えない。不味い不味くないは関係無しに、蓄えを体の中に作ることが重要だ。服は動きやすくなければ意味がない。センスが試される服など、こんな機会でもなければ着なかっただろう。……ただ、1つあるとすれば……僕の戦闘スタイルは……憧れに近いものから来ている」

 空を仰いでいる間、そんな自己分析をしていたのかと思うと、更におかしくて真城は体を震わせて笑う。
 真面目な顔でそう言ってしまう戒の性格が面白いと感じたのだった。

 けれど、葉歌は怪訝そうに戒を見つめていた。
 その考え方は実戦の中に身を置いていた人間だけが持つ、独特の感覚だからだ。
 戒の置かれていた状況から考えて分からなくもないことだが、今の言葉で葉歌の心の中に寂しさがこみ上げたようだった。
「葉歌?」
 今朝と同じような眼差しで、戒を見つめている葉歌に真城は首を傾げる。
 けれど、真城の声に葉歌は我に返ったのか、すぐにニコリと笑いかけてくれた。




「いやぁ……ランカが来るとはなぁ。璃央ちゃんもなんとなくわかってきたんじゃねぇ?」
「璃央様はお忙しいのです。何度言わせれば気が済むのですか」
 宿の部屋で今後の打ち合わせをするために、ベッドに腰掛けていた蘭佳を押し倒して、嬉しそうに東桜が笑っている。
 蘭佳は特に動じた様子も見せずに、東桜の体をどかそうと腕を突き出しながら答えた。

「いやいや、その鉄化面みてぇな無表情がそそるんだよねぇ。俺ぁ、ランカ、モロ好みなんだよ」
「…………。私は璃央様の婚約者候補です。それ以上でも以下でもありません。要らぬ冗談は、もうよしたほうがいいですよ」

 蘭佳は璃央にとって、『二人目』の婚約者だった。
 そう、御影も璃央の婚約者。
 御影の家は今は無くなってしまったが、5年前までは国内屈指の権力者である父を持つ、立派な家のお嬢様だった。

 権力を伸ばすための政略結婚。
 幼少の頃に決められた、悲しい縁談。
 けれど、璃央はその関係をとても大切にしている。
 自分を見ているようで見ていない、元婚約者を目の前にしても……。

 御影の体の弱さを知っている璃央の父親が御影の次に目をつけたのが、蘭佳だったのだ。
 御影の家と縁を結ぶことで権力を手に入れたけれど、子が産めなければ意味がないということなのだろう。

 ただし、そこに1つ付け加えておくと、璃央は蘭佳が自分の婚約者だということを知らない。
 璃央の父親が息子に断られることを見越して、しばらくは様子見として、蘭佳のことを璃央の秘書として屋敷に置きたいと頼み込んできたのだ。
 少しずつ知っていって、璃央の気持ちが変わることもあるかもしれないからと。
 随分と……自分勝手な頼みだったが、蘭佳は1度会ってみてから決めたいと答えた。

 初めて会った時、璃央は今と同じ優しいけれど、冷ややかな翳を潜ませた目で、蘭佳を見つめた。
 自分より2つ下の、まだ13になったばかりの少年とは思えない翳を、あの時蘭佳は彼から感じ取った。
 そして、今、傍近くで見守っている。

 東桜はどこから仕入れてきたのか知らないが、そんな蘭佳の境遇を知っていた。

「……お前の気持ちには気付いてないの、わかってるだろうにねぇ。そういうところもまたいい。惚れさせたら、尽くしてくれそうだ・か・ら」
「死にたいのですか?」
 蘭佳はぐっとのしかかってくる東桜に向けて、棘のある声を発し、ブン……と光る鞭を手の中に発現させた。

「おっと……怖い怖い……。冗〜談、冗談。さて、お話の続きと行こうか」
 東桜はおかしそうに下卑た笑いを漏らして、すぐに蘭佳から体を離した。
「力の無駄遣いしなさんな。そんなことしなくても、俺はお前には手出さねぇよ」

 蘭佳の能力は体の中のオーラをバランスよく操って、武器として操ることができるというもの。
 そして、相手のオーラもある程度なら見ることが出来る。
 蘭佳の家の一族は血筋なのか、そういった力を持って生まれてくる者が多い。
 それが蘭佳の家が国の中で大事にされている理由だった。
 璃央にオーラの見方を教えたのは、この蘭佳である。

「説得力のない言葉ですね」
「へへ……ま、お前さんが来たのは嬉しいが、これでしばらく女遊びも出来なそうで残念だな」
「別に構いませんよ、職務さえ全うしてくだされば」
「うぅーむ……男心の分からん女だねぇ」
 蘭佳の素っ気無い言葉に、東桜はまんざらでもない様子であごを撫でながら呟く。

「わかりたくもありません。それと、香里におかしな本を見せないように……とのことです。ずっと言うのを忘れていました」
「……春画本のことか?香里喜んで見てたぞ?それにあれは春画にしても低レベルの……」
「低レベルとかそういう問題じゃないのです」
「はいはい……つーか、アイツ、勝手に引っ張り出して……」
「だったら、燃やしなさい。金輪際、香里におかしな知識がつくことを禁じます」
 東桜の言葉をピシャリと切って、鞭を東桜の鼻先に突きつけ、そう言った。

 東桜はうぅーむ……とあごを撫でつつ、了解と答える。
 すると、ようやく蘭佳は東桜に関所の通行許可証を手渡し、マップを広げて、次に目指す場所をそっと指差してみせた。




 智歳は燃えてゆく紙くずを見つめながら、ポツリと呟く。
「……ったく、なんで、俺がこんなもん、燃やさなきゃなんねぇんだよ」
 あからさまに不服そうな顔で、火の勢いが弱まった箇所に指をかざす。
 ブツブツと詠唱し、小さな火の玉を発生させた。

『漢にはやらねばならない時がある。だがしかしだ!俺様にはこのお宝の山に火をつけることなど、到底できん。そこで、お前の出番だ。焼くなり、味わうなり、好きにしてくれ!!』

「焼くよ、こんなもん……」

 先程、部屋でドッサリと春画本の山を出した時に東桜が言った言葉に今更答えを返した。

 大体、いつも軽装のあの男に、これだけの荷物があったことのほうが驚きというものだ。

 智歳ははぁぁ……とため息を吐きながら、どんどん燃やしてゆく。
「やってらんねぇ……見つかったら、俺のだと思われるし……」
「何やってるのぉ〜?」
「おわっ!」
「んー?どうしたの、ちーちゃん」
 突然後ろから覗き込まれて、智歳は慌てて香里の視界を塞いだ。

 香里は困ったように体をフラフラさせる。
「んー、ん〜〜……見えないよぉ。何の遊び?だぁれだごっこ?んっとねぇ、ちーちゃんだよぉ。さすがにこれはわかるよぉ」
「お、お前、近所のガキと遊んでたんじゃねぇのかよ!ビックリさせんな」
「ん〜……だってだって〜。お昼の時間だからご飯食べたら、また集合〜って言われたの〜。だから、戻ってきたのぉ。ずっと、鬼さんだったのぉ、疲れたぁ」
 ヘトヘト……と言った調子の声でぼやく香里。

 そこで、智歳が香里の目から手をどけた。
「鬼……ずっとやってたのか?」
 少し怖い顔で言う智歳。
 香里はなんでもないことのように、あごに人差し指を当てて答えてくる。
「んー……はじめのジャンケンで負けちゃってぇ」
「……午後から俺も行く」
「え?」
「俺が代わりに鬼やるから、お前はちゃんと逃げろよ」

 大体、町に不案内の香里を鬼にすること自体、気が利かないというものだ。
 きっと、香里のとろさを面白がって、遊んでいたに違いない。
 完全に自分の中でその意見を全面肯定してしまった
 まぁ、確かに香里はよく転ぶが、姉を馬鹿にされた感が強くて、智歳はついつい表情に怒りの感情が出た。

「ん〜……ちーちゃん、顔怖いよぉ?遊ぶんだから、そんな顔しないでぇ」
「飯食いに来たんだろ?行こうぜ」
 香里が心配そうに智歳の顔を覗き込んできたので、智歳は表情を切り換えて、香里の手を取った。
 蘭佳が来てくれたおかげで、ご飯の味が数段上がった。
 ……東桜の料理は、大味すぎて、智歳の口には合わなかったのだ。


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