第2章 そ知らぬ夢現 「こーちゃん!待ってったら!!」 龍世は月歌に帽子を手渡した時にチラリと見えた影を追って町を出た。 周囲が薄暗くなり始めている。 こんな時間に子供が町の外に出たりしたら危険だ。 ようやく追いついて、細い腕をギュッと握り締める。 香里が泣きそうな……いや、涙を溢した状態で振り返った。 グシグシ……とアームウォーマーで涙を拭い、唇を噛んで龍世を見る。 「また……泣いてる……どうしたの?」 龍世は苦笑混じりでそう言って、ポンポン……と優しく香里の頭を撫でた。 香里はじーっと龍世の顔を見つめていたが、突然、思い当たったように目を見開いた。 「たっくん……」 「う、うん、たっくんだけど……ど、どうしたの?」 「ん〜……ん〜〜……な、なんでもないない。こーちゃん……わ、私は……」 困ったように笑う香里を見て龍世は首を傾げる。 「? ? ?」 話し方と言うか、雰囲気と言うか……違う気がした。 痛そうに頭を抱える香里。 「大丈夫?」 「だいじょぶ……です。気にしない気〜にしな〜い……あ……むぅ……」 何かに戸惑うように、何度も何度も考え込む香里。 龍世は意味が分からなくて表情を歪めた。 「香里!!」 腕を掴んだ状態で龍世が困っていると智歳がようやく駆け寄ってきた。 相当探し回ったのか、息を切らして、心配そうに香里の顔を覗き込む。 「か、帰るぞ?な?トーオの言うことなんて気にすんなよ」 龍世のことなんてお構い無しに、優しい声で香里の頬を両手で包み込んだ。 香里がそっと智歳の手に触れる。 「ちーちゃん〜、こーちゃんねぇ……変〜」 「あ?変なのはいつものこと……あ、いや、なんでもない」 失言とでも言いたげに、首を振り、龍世に目を向けてくる。 龍世は智歳の目をしっかりと見据えた。 大丈夫だから、俺に任せろ。 彼の目はそう言うように強い眼差しだった。 だから、すぐにコクリと頷く。 「何があったのかわかんないけど、元気出してね?こーちゃん」 「うん〜、だいじょぶ〜。ありがと〜♪」 香里が朗らかに笑って手を振ってくる。 龍世はその様子を不思議に思ったけれど、ニッコリ笑ってフラフラ……と手を振り返した。 「サンキューな、龍世」 「ううん、オレ、見かけたから追っかけてきただけだし」 「いや、それでも、サンキュ」 「ちとせが変だよ〜」 「う……うっせぇ!」 真面目な声で礼を述べる智歳に対して、龍世はふざけ口調で笑いかける。 それで智歳が顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。 するとすぐに、香里がポカリと智歳の頭を叩き、 「めっ!なの!」 と言った。 その様子がおかしくて、龍世はははは……と笑いながらタタタッと駆け出した。 ついつい、香里が気がかりで飛び出してきてしまったけれど、真城たちの件もあるから急いで戻る。 町に戻って、先程真城のお守りを見つけた場所に駆け込んだ。 息を切らして周囲を見回したけれど、月歌の姿がない。 宿に戻ったのか……と心の中で呟き、すぐに宿へと足を向ける。 暗くなり始めた町にはところどころランプが灯り始め、昼とは違う装いを見せ始めていた。 角を曲がって宿に入り、部屋へと戻ると、月歌がすごい勢いで荷物を纏めていた。 「ちょっと……つぐたん、何してるの?」 慌てて龍世は尋ねる。 月歌はニコリともせずにすぐに答えを返してきた。 「見れば分かるでしょう?出る準備をしているんです。たっくんも早くしなさい」 「え?だって、もう……外暗いよ?」 「そんなこと関係ありません」 全く取り付くしまのない月歌を龍世は頭をガシガシ掻いて止める。 「つ、つぐたんが真城に言ったんじゃないか。この辺りは暗くなったら危ないんだって」 「だから、急がなければいけないんです!お嬢様に何かあったら……」 心配そうに目を細めて呟く月歌。 葉歌が行方不明になった時の真城を思い出して、龍世はふぅ……とため息を吐いた。 苦笑混じりで目を細める龍世。 「ま、真城も戒も殺したって死なないよぉ〜」 龍世にまだまだ余裕があるのは、そういう考えがあるから。 葉歌の時も、葉歌に何かあるなんて心配は大してしなかった。 それと同じで、強い真城や戒ならば、何かあったとしてもどこかでピンピンしていると思えてしまう何かがある。 「生きているかどうかじゃない!無事でなければ……!!…………クソっ」 少々裏返りそうになる声でそう叫ぶと、月歌はすぐに荷物を纏める手を動かし始めた。 たぶん、龍世に向けて言ったのではないのだと思う。 最後の呟くように吐き捨てた言葉は、月歌自身を責めているようだと感じた。 「お嬢様には葉歌がついているから……とあっけらかんと考えていた自分が本当に愚かしい……。何をやっているんだ……。何のために、ここに来た……。ピクニックをしに来たんじゃない……クッソ……オレは何をしてるんだ」 「つ……つぐたん……?」 いつもの口調とは全く違う荒々しい口振りに、龍世は少々ビクビクしながら月歌に近づいた。 月歌は溢れてくる涙を止められないようにして、何度も何度もフルフルと頭を振って、それを誤魔化そうとしている。 「葉歌……ま…………・し、ろ……。もう……もうたくさんなんだ……。もう……護れないのは、たくさんだ……っ!」 悲痛な声が裏返り、月歌は軽くベッドをボスンと叩く。 龍世はそんな月歌の言葉に、ギュッと下唇を噛み締めた。 決して龍世に八つ当たりはしない。 それは……真城とは違うところだと思う。 でも、やり場のない思いをどう処理していいのか、戸惑うように泣いている――いつも穏やかで、大人な人なのだと思っていた――人を目の前にして、どうすればいいのかが、まだ12年しか生きていない龍世にはわからなかった。 月歌はしばらく叩いたベッドを見つめていたけれど、ようやく、気持ちが落ち着いてきたのか、ふぅ……と息を吐き出した。 「つぐたん……?」 怖々尋ねる龍世。 月歌は眼鏡を外して目頭を拭うと、少々冷静になったように、口だけ笑って見せた。 「すいませんね、もう……大丈夫です……。明日、早くに出ましょう。今日は……無理ですもんね……どう考えても……」 「う、うん……捜すにしても、見通しが立たない状態で行くのは、よくないと思う……」 月歌の不自然な表情に、龍世は戸惑いを隠せずにたどたどしい口調で返す。 すると、月歌はキッチンへと入っていき、薪をくべて火をつけた。 「今日は……ハンバーグです……。たくさん、食べてくださいね」 そう言って、部屋を出て行こうとするので、龍世はすぐに呼び止める。 「うん……つぐたんは?」 「情報を……集めてきます……。大した情報があるとは思えませんけど」 カチャリ……と音を立ててドアを開き、月歌はさっさと部屋を出て行ってしまった。 龍世は月歌が叩いてへこんだ布団を見つめて、自分の考えが甘すぎるのかなぁと……心の中で呟いた。 金の髪を2つ結びにした、8歳くらいの小さな女の子がピョンピョンと弾むように歩いている。 青い瞳が印象的な、少々生意気そうな顔。 服装は肌にピッタリな黒いシャツとジーンズ。 歩きやすそうな、デザインの変わった靴を履いている。 広い広い草原の中に、プロペラのような軽そうなデザインで作られた風車がいくつも建っており、その中心には女の子が暮らしている塔がある。 周囲は山に囲まれており、人など滅多に来ない……そんな場所だった。 この草原は風のよく集まる場所で、女の子の父親が進める研究をこなすのにもってこいだったのだ。 塔から出てきた青色の金属で出来た体の人に呼びかけるように振り返った。 「ほれ、鬼月!早く来んか!親父が待ちくたびれておる」 舌ったらずな話し方に不似合いな、少々年季の入った口調。 鬼月がズンズンと足音を立てる。 「早イ。ソンナニ急ガナクテモ、主、逃ゲナイ」 「何度言ったら分かるのじゃ!親父はワシにお前をくれたのだぞ!だから、主はこのワシじゃ!」 「…………。鬼月、一応、人ヲ選ブ」 人間で言うと目の辺りに備え付けられていたランプのようなものが青色に変わる。 鬼月は女の子の父親が作ったカラクリ人形だった。 今では呪文を発生させる時に利用されている魔力を、人間が利用できる形に変換し、それを糧として鬼月は動いている。 700年前のこの頃、魔力自体、可能性は探られていても発見はされておらず、女の子の父親の研究はだいぶ進んだものであった。 プロペラ型の風車は、その魔力を大気中から集めるために設置された重要なものだ。 「なっ……!ワシじゃ不服と申すか?!」 「不満デハナイガ、キリィはマダマダ子供」 「こ、子供ではない!」 「子供」 「…………。鬼月なぞ嫌いじゃ……」 鬼月が全く容赦なく言い放つので、キリィはふくれっ面になってポソリとぼやいた。 ふん……と鼻を鳴らして、鬼月の足をガツンと蹴る。 しかし、鬼月はビクともせず、ズンズンと歩き続ける。 「鬼月め、ワシが改造の術を覚えたら、絶対に従順なヤツに設定し直してやる……」 拳をぎゅうっと握り締めて悔しそうにキリィは呟いた。 「うっ……ぐ……ぁ……はぁはぁ……」 紫音は激しくうなされて、自分の声で目を覚ました。 最近いつもこうだった。 見張りを交替して仮眠につくと、必ずと言っていい程、何かの夢でうなされる。 起きても、その夢がなんだったのかが思い出せないのに、毎回うなされるのはあまり気分のいいものではなかった。 ゆっくりと起き上がって、カーテンの隙間から漏れている光に目をやる。 すぐに……交替の時間になる。 うなされることで助かることは1つ。寝坊が減った。 ベッドから立ち上がり、カーテンを開ける。 すっかり朝だった。 眩しさに目を細めて、寝グセ混じりの銀色の髪をクシャクシャと掻く。 「うん……今日も蒼録晴れ!いい一日になりそうだ」 そう声に出して言うと、ニコリと爽やかな笑みを浮かべた。 長身で縦にスラリと長い体。 顔立ちはどちらかと言うと女顔な美形。銀の髪に紫色の目。 枕元に置いてある、兵士に支給される緑色の服と銀の胸当てを装備しようとした時、部屋のドアがコンコンと叩かれた。 「はい」 服だけ着て返事をすると、すぐにドアがカチャリと開いた。 入ってきたのはこの部隊の隊長を任されている壮年の青年。 広い顎を撫でながら、ニコッと笑いかけてくる。 「おはよう、紫音くん」 「は、おはようございます、隊長。あの、何か用でしょうか?」 敬礼をして、仰々しい口調で尋ねる紫音。 「任せたい任務がある」 「はい」 「最近近隣の村々を襲っている山賊がいることは知っているね?」 「はい」 「それを君に任せたい」 「それは……」 「つまり、山賊どもを懲らしめて欲しい」 「はっ」 「いい返事だなぁ」 「はは、それだけが取り柄ですから」 快活な声でそう答え、深々と礼をする紫音。 隊長はその様子を見つめていたが、しばらくするとスラリと踵を返して部屋を出て行った。 体勢を戻し、すぐに緑色のシャツを脱ぎ、タンスへ歩み寄る。 タンスの中に大事そうに包みに入れていた服を取り出して広げた。 村で着ていた服だ。 薄緑色のYシャツに黒のズボン。 そして、騎士を連想させる上等な丈が長めのジャケット。 それをベルトで腰のところですぼめ、腰に大剣を差す。 久しぶりにそれを身に着けて、ふぅ……と息を吐く。 この服を着ると、身が引き締まる。 適当に身支度を整え、小さな手荷物1つを持って、彼は部屋をゆっくりと出て行った。 机の上には送ろうと思ったが、真城が指名手配扱いになったことを知って出すのを止めた手紙があった。 | |
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