第5章 塔に住む少女 山村からの食糧調達の帰り、岩に囲まれた山道を歩きながら、キリィはこんなことなら鬼月の改造なぞせねばよかった……とため息を漏らした。 いつもの服の上に羽織っている、厚手で長い帽子つきローブを、風にバタバタさせながら籠を背負い直す。 以前、鬼月の改造をしてやるとぶぅたれた時から2年経って、背が伸び、髪ももっと長くなっていた。 なので、邪魔にならないようにローブの中に髪は入れてある。 先をズンズンと歩いてゆく父親がクルリと振り返って笑いかけてくる。 茶髪で短い髪と、細身の体。 優しげな目を更に優しく細めて、キリィが追いついてくるのを待っていた。 「キリィ、疲れたなら、それも持ってやってもいいんじゃぞ?」 キリィと同じような年季の入った口振りでそう言うと、そっと手を差し伸べてくる。 キリィの口調も仕種も、全て父親譲りのものだった。 物心ついた頃には父親と2人で、あの塔に暮らしていた。 母親はキリィが3つの時に亡くなった。 だから、キリィは父親のことをとても大事に思っていた。 「親父、ワシは大丈夫じゃ、子ども扱いするでない」 「キリィ……女の子がそんな話し方……」 「ならば、親父も直せ。そんなじゃから、嫁が来んのじゃ」 「だはは、こりゃ一本とられたのぅ」 おかしそうに笑い、ペタペタと額を撫でる父親。 キリィはすぐにため息を吐く。 父親が嫁を取る気がないのはわかっていた。 なぜなら、父親のやっている研究は……母親を取り戻すためのものだったから。 表向きは魔力の研究……その精製、実用化だが、本当は魔力の結晶を作り出して、生体エネルギーの元にしようと考えているのだ。 そして、その結晶が実際、塔の中の最上階に僅かだが出来上がるようになってきた。 父親は……本当にやろうとしているのだ。 この世界の理に反する、大変な儀式を。 勿論、器がなくては意味がない。 そのため、金属製のカラクリ人形の製作に力を入れ、試作機として鬼月が出来上がった。 鬼月は力持ちで、優秀で、少し口が悪いが、とても人形とは思えない愛想があった。 「日も暮れてしまうからのぅ、先を急がんと。ほれ、鬼月の改造も途中にしてきたんじゃろうに?ほっぽらかしは可哀想じゃぞ」 「親父がいきなり、村に行くなどと言うからじゃ……」 荷物の重さにくたびれながらそんなぼやきを漏らした瞬間、地鳴りがして、地面が大きく跳ね上がった。 衝撃に耐え切れずにキリィはその場に倒れこむ。 大陸続きのこの国は地震はほとんど起こらないのに、あまりの激しさに動揺を隠せないキリィ。 父親が何か叫んだが、地鳴りが大きすぎて聞き取れなかった。 上からズドンゴドン……と岩が転がり落ちてくる。 ただただ無事であれと祈りながら、頭を抱え込んだ。 徐々に徐々に、地鳴りも揺れも小さくなってゆく。 幸いなことに、降って来た岩がキリィに当たることはなかった。 揺れが治まり、恐る恐る目を開ける。 目の前を、何やら黒い色を纏ったような風がひゅぅぅ〜……と通り過ぎていったのが見えた。 「親父、危なかったのぅ……」 安堵した声で顔を上げる。 すると、キリィより少し離れた位置で、岩の下敷きになっている父親の姿があった。 地面に血が染み込み、岩で顔が確認できない。 「おやじ?」 フラリと立ち上がり、すぐに駆け寄る。 けれど、父は返事をしてくれなかった。 岩が大きすぎてどかそうにもどかせないため、必死になって岩から出ている手を握り締める。 まだ、手は温かいし、脈も微かに感じ取れた。 けれど、脈はどんどん小さくなってゆく。 どうしよう……どうすればいい? 助けを?無理だ……こんな状態じゃ間に合わない……。 「親父!死ぬでない!!ワシを1人にするな!!1人にするなぁぁぁっ!!」 その声に反応したのか、少しの間だけ脈の勢いが戻ってきた。 ……が、すぐに微弱なものに変わり、あっという間に途絶えてしまった。 手も少しずつ冷たくなり始める……。 「親父……」 キリィがそう呟いた瞬間、大きな目からポタリポタリ……と涙が零れ落ちた。 何度も何度も父を呼ぶが、もう彼の体はそれには反応を見せない。 ただ、イヤイヤと首を振りながら、父親の手を握り締めるキリィ。 そんな光景を滑稽だとでも言いたげに、冷たい風がひゅるるるる……と吹いては凪ぎ、吹いては凪ぎ……を繰り返していた。 それからすぐに、塔周辺に集まる風が思いのほか魔力を運んでこない、冷たい風に変わり、父親の死から2年経ったある時、その地に……後に救世主と呼ばれることになる少女・あかりが3人の仲間を従えて現れた。 キリィは塔に近づく者、全てを排除できるように簡単な罠を作っており、間抜けにも救世主一行はその中のひとつである、落とし穴に落ちたのだった。 「だっはっはっは!間抜けな奴らじゃ!のぅ、鬼月、そう思うじゃろう?」 鬼月の肩に座った状態でおかしそうに笑いながら、落とし穴の中を覗き込むキリィ。 黒のシャツに赤いサバイバルジャケット。ジーンズに動きやすそうなサンダルという格好。 長くなった髪は三つ編みにまとめ、腰のベルトには簡易的な工具が差し込まれている。 「……コイツラ、山賊ジャナイゾ。子供モイル……」 「何?!……本当じゃな。ワシより、ちんまいのがおる」 「痛たたた……すいませぇん……あの、出してもらえませんか?わたしたち、風を追ってここまで来たんです」 キリィが『ちんまい』と形容した青い髪の女の子がおっとりとした話し方で声を掛けてきた。 「チンマイガ、タブン、オマエヨリ年上」 「ぬっ……鬼月、また改造されたいのか?」 「鬼月、オマエノ改造キライ。イヤダ」 鬼月は目の辺りのランプを青色に光らせて、本当に嫌そうにする。 声は抑揚がないが、なんとなくそれを感じ取った。 「ならば、生意気なことばかり言うでない」 「鬼月、生意気、仕事ダ」 「なにを言うか」 鬼月の言葉に不満そうにむくれるキリィ。 その様子を穴から見上げていた、黒い髪の少女が不機嫌そうな声で叫んだ。 「そんなことはどうでもいいから早く出しなさいよ!全く、だから、あかりに任せるのは嫌なのよ、最悪……」 少女の叫びに呼応するかのように上空で風が吹いたのか、少々風車のプロペラの回転数が上がった。 それをキリィが見上げて、鬼月に問う。 「どうじゃ?」 「魔力、微弱。鬼月ノエネルギー、コノママダト、切レル……」 全く意に介さずに話し続ける、1人と1体を見上げて、嘆くように先程の少女が頭を抱える。 「ああぁっ……もう……ついてくるんじゃなかった……!!」 「ま、まぁまぁ……御影ちゃん……」 水色の髪の少年がすぐにとりなすが、黒髪の少女は髪をかき上げながら少年ににじり寄る。 「キミカゲ、やっぱり帰りましょうよ。あかりにはセージ様がついていれば平気なのだから」 その言葉に困ったように目を細める少年。 それを見て、黒髪の少女はツンと唇を尖らせ、ふいっと横を向いてしまった。 それまで黙りこくっていた剣士が、そんな御影の様子を見据えている。 「おま……」 何か言おうと口を開きかけた時、青い髪の少女が小首を傾げて笑って、剣士の言葉を遮る。 「御影、喧嘩はやめましょう?今はとにかく……、すいません〜。あの、出してくださらないなら、わたしたち、勝手に出るので、少しどいててくれませんか?」 「ぬ?」 今、少女はなんと言ったか? それなりに深く掘ってある落とし穴から出ると……そう言ったような気がする。 鬼月がキリィの指示を待たずに、一歩二歩……と後退した。 するとすぐに、草原全体に風がどんどん集まってくるのを感じ取って、キリィは髪をそっと押さえる。 「キリィ」 「なんじゃ?」 「魔力、凄イ。結晶、デキル。鬼月、エネルギー、ナントカナル」 「なに?」 キリィはまた風車を見上げる。 確かに、5つ設置してある風車全てのプロペラが勢いよく回っていた。 これならば、結晶も3つくらい出来上がりそうだ。 3つあれば1年はもつし、結晶にせずに鬼月の体に直接貯め込むこともできそうな量だ。 そんなことを考えていると、ふわり……と暖かな風がキリィの頬を掠め、鬼月が先程まで立っていた場所に、穴の中にいた4人が手を繋いだ状態でパッと姿を現した。 目を閉じて、ふぅぅ……と深く息を吐く青い髪の少女。 小柄で、腰には剣を差しており、一応、旅装束といった感じの服を着ている。 まだまだあどけなさの残る可愛らしい顔立ちだった。 ようやく、狭い空間から出られて解放されたように黒髪の少女がうぅんと伸びをした。 黒いドレスを身にまとって、その上に一応厚手のマントを羽織っている……といった感じだった。 女の子にしては長身で、気の強そうな美人顔。 何度も何度も髪の毛を気にするように前髪をつまんでいる。 水色の髪の少年がすぐにその少女のご機嫌を取るように笑いかける。 少年はラフな服装にボーガンを肩から掛けて持ち、リュックサックを背負っていた。 一応、少女たちよりは背が高いが、それでもあまり大きいとは言えない体格をしている。 青い髪の少女が目を開けて歩き出そうとしたが、草で滑ったのか、べチャリ……と次の瞬間地面に突っ伏してしまった。 それを見て少年が慌てて駆け寄ろうとしたが、その前に、白地に赤の模様の入った鎧を纏った赤毛の剣士が膝をついて、そっと手を差し伸べる。 「大丈夫か?あかり」 慣れた調子で尋ねながら、優しく少女の体を起こす長身の剣士。 「は、はい、だいじょうぶです。いつもごめんなさい、セージ様」 「いや、別に」 特に気にも留めないように剣士は目を細め、すぐに手を離し、黙り込む。 「手が掛かる子でごめんなさいね、セージ様」 「お前は少し黙れ」 黒髪の少女がからかうようにそんな言葉を口にしたけれど、剣士はそれを無愛想な声ですぐに遮った。 不機嫌そうに目を細める少女を心配そうに少年が見つめている。 「おぬし等、何者じゃ?」 ようやく、キリィはそう尋ねた。 鬼月の頭をポンポン……と叩いて屈ませ、反動をつけて跳び、地面に両足を揃えて着地する。 青い髪の少女がすぐに前に出て、キリィを見上げて笑う。 「はじめまして、わたし、あかりと申します。風を追いかけて、各地を旅している者です。えと……黒髪の女の子が御影で、剣士様がセージ、こっちの男の子がキミカゲです」 丁寧にみんなを紹介して、あなたは?と言いたげな目で首を傾げるあかり。 キリィはすぐに腰に両手を据えて、勝気なポーズで言い放つ。 「ワシはキリィじゃ。それでこっちが鬼月で、ワシの従者じゃ。この塔に暮らしておる天才魔導学者とは、ワシのことよ」 「変な話し方……」 ポソリと呟いた御影にすぐにキリィは睨みを利かす。 御影は目を細めて見下すようにふんと鼻を鳴らした。 キミカゲよりも早く、あかりがそれを注意する。 「御影、初めて会った方に失礼ですよ」 「あら、そう?ごめんなさいね、世間知らずで」 全く反省した様子を見せずにそんなことを言うと、さっさとキミカゲの手を取って歩いていこうとする。 「ど、どこに行くの?御影」 「あっちに湖があるようだから、少し涼んできます。ここは……空気が溜まりすぎて息苦しいわ」 「……わかった、気をつけてね」 「キミカゲがいるから平気よ」 キミカゲの腕を掴まえながら振り返って、ニッコリと笑ってみせる御影。 その笑顔を見て、あかりが少し寂しそうに目を細めたのを、キリィは見逃さなかった。 「そう……。キミカゲくん、御影のこと、お願いしますね」 それでもあかりは朗らかに笑って、2人に手を振るので、キリィはふぅん……とだけ息を漏らす。 風がそよそよとあかりの周囲を漂い、2人の後を追うように、吹き抜けていった。 セージが顔を背けたままで声を掛ける。 「お前も行きたいなら行って来ればいい」 その言葉にはっとしてセージを見上げるあかり。 あかりはすぐにブンブンと首を横に振ってみせる。 セージはそんな仕種など全く見てもいないのだが。 「行きたいなんて……。わたし、キリィさんにお話がありますから」 「ワシに?」 「はい。その……しばらく、ここに泊めていただけないかなぁと思いまして」 遠慮がちな声で言ってくるあかりにキリィはきょとんと目を丸くした。 あかりはそっと胸の前に何かを抱え込むようにして目を閉じる。 すると、ふわふわと風が寄り添うように漂い始めた。 風車のプロペラもクルクルと回る。 「この辺り……なんです」 「何がじゃ?」 「風が……泣いてる……」 「ぬ?」 あかりの言葉に困ったようにキリィが目を細めると、補足するかのようにセージが口を開いた。 「変わったことはないか?治安が悪化したり、兵士がこの辺りにも押し寄せたり……」 「今は戦時下じゃ。それが変わったことと言うかはわからぬな。じゃが……」 「魔力、集マリヅラクナッテカラ……コノ辺リ、山賊出ヤスクナッタ」 キリィの言葉を引き継ぐように鬼月が続けた。 キリィはそれはワシの台詞じゃと言わんばかりに鬼月を睨みつける。 しかし、鬼月はそんなことには気付かないかのように動かない。 「魔力?」 セージが不思議そうにそんな声を漏らす。 当然だった。 当時、まだ魔力は学者の間で可能性を探られているだけで、一般の者が知るはずのない存在である。 「あ……あの……、気になっていたんですけど、鬼月さんって何なんですか?よ、鎧の中に……人が入っているとか?」 あかりも鬼月を怖々見上げてそう言った。 鬼月はズンズンと近づいていき、あかりの顔をマジマジと見つめる。 「綺麗ナ、魂ノ輝キ」 「鬼月?」 「信用ニ足ルゾ、キリィ。ダイジョウブ」 「……そうか」 「あ、あの……」 鬼月に顔を近づけられて怯えるように目を細めているあかり。 セージがその横で用心するように剣に手を掛けていた。 キリィはその行動にふと目を細めて、すぐに踵を返した。 「ついて参れ。鬼月の言葉は信じる。……じゃから、剣から手を離せ。それと……おかしな殺気もこれから先はごめんじゃぞ。ワシの気分が持たぬ」 「え?」 「好きなように泊まっていって構わぬ。部屋は余っておるからな。難しいことの説明は、全員が揃ってからしてやろう。何度も説明するのはごめんじゃ」 キリィがそう言うと、あかりはぱっと顔をほころばせて駆け寄ってこようとした。 けれど、また何もないところに躓いて前のめりになったところを、セージが素早く抱き留めた。 「……あかり、気をつけろ」 「ごめんなさい……」 あせあせとセージに謝るあかりの声がおかしくてキリィはぷっと吹き出す。 鬼月がズンズンとあかりに近づいて、ガシッと掴むとそのまま肩に乗せてしまった。 「コレナラ転バナイ」 「ご、ごめんなさい」 「ダイジョウブ。鬼月、疲レ知ラズ」 「鬼月はおぬしが気に入ったようじゃな」 「キリィモ、ソウ」 「や、やかましい……」 キリィが恥ずかしそうに腕を組んでプイと横を向くと、あかりが穏やかに笑って、首を傾げた。 「ありがとうございます。あの、泊めてくださることも、ありがとうございます」 「別に。悪いヤツじゃったら追い返した。お前が興味深いものを持っておるから気にかかっただけじゃし……」 キリィはその屈託のない笑顔に恥ずかしくなって、あかりに聞えないほどの声でボソボソと呟く。 やはり聞えなかったようで、不思議そうにキリィのことを見下ろしているだけ。 キリィの脇を歩いていたセージがおかしそうに声を漏らす。 「これで、御影が文句を言わないな」 「う……セージ様、別にわたしはそういう意味で言ったつもりは……」 「御影……先程の娘か?生意気な口を利く……」 「ごめんなさいね?御影には悪気はないのです。お気を悪くしたのなら、わたしが謝ります」 「……別に、気にはしておらん。ワシも口の利き方で人にとやかく言えるとも思っておらんからな」 「よかったぁ。御影は、ああ見えても気の利くいい子なんですよ。さっきだって御影が力を使ってくれなかったら、穴の中でわたしたち、怪我をしていましたし」 「力?」 「わたし、とろいから、突然のことには全然対応できなくって」 「おぬしらは……風を操れるのか?」 ようやく、キリィは真っ直ぐな問いをぶつける。 まさかなぁと思っていたが、この口振りならば、勘繰るよりも直接尋ねたほうが話も進みやすい。 あかりが恥ずかしそうに笑みを浮かべて小首を傾げる。 そよそよと、肩にかかるかかからないかくらいの髪が風になびいた。 「……多少……ですけど」 「やはり、興味深いのぅ、おぬし」 感心したようにふむふむ……と頷くキリィ。 その言葉にあかりが寂しそうに目を伏せた。 セージがコホン……と咳き込む。 あかりの様子を見てキリィは慌てて言葉を重ねた。 「な、なにか不味いことを言ったか?」 「……いえ、なんでも。風とは、お友達なんですよ?」 フルフル……と首を振り、そよいでゆく風に笑いかけるあかり。 「友達?」 キリィは意味が分からずに首を傾げた。 すると、鬼月が言う。 「風デモ木デモ、草花デモ、魂アル。コノ世界ハ、魂ノ輝キニ溢レテイル」 「鬼月……」 「鬼月さんは、見えるのですか?輝きが……」 「アア、見エル。ダカラ、オマエモ気ニ入ッタ」 「そうですか。ふふ……」 鬼月の言葉に嬉しそうにあかりは顔をほころばせ、そんなあかりの周囲を柔らかな風がクルクル……と旋風を描いた。 少し長めの青い髪が、その風に答えるようにふわふわと浮き上がる。 「もう、悪戯好きなんだから」 困ったように乱れた髪を整えながら、あかりは風に笑いかけた。 キリィはようやく塔に辿り着いて、鍵を差し込み、ガチャリ……と扉を開ける。 「ようこそ、我が城へ」 そう言って、朗らかにキリィは笑みを浮かべたのだった。 |
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