第7章  力の発現と、新たな旅立ち

 念じて――……。

 あかりの頭に声が響いた。

 それは初めて風の力を操った時と同じ声。

 炎に包まれた村の中、花壇を護るように倒れていた燈火をセージが抱き締めていた。
 莉悠が燈火に何度も何度も呼びかけているが、燈火は目を開けない。

 兵士の刀傷……。
 こんな小さな子供まで斬る必要などなかったろうに……。

 あかりは奥歯を噛み締める。
 風の言うままに意識を高める。

 念じて――……。

 その声と共に、あかりの体から激しい風が発生した。
 それは傍にいるセージや莉悠、燈火を護るように円を描き、緑色の光が辺りを包んだ。

 上空にあった黒い風があっという間に消し飛び、燃えていた家々の火が消え、壊れた部分も修復されていく。

 一体、それがどんな効果を発揮するのか分からない。

 いつも、風の声に従って念じるだけ。

 ただでさえ、冬が近く彩りの少ない大地から、緑が消えてゆく。

 あかりは立ち眩むような感覚を覚えたが、必死に堪えた。

 念じて――……。

 風はまだそう言う。

 あかりは息を切らしながらも必死に集中した。
 村人を襲っている兵士達がバタバタと倒れ、兵士にやられて倒れている村人たちがゆっくりと起き上がる。

 それは不思議な光景だった。

 セージの胸の中で眠るように目を閉じていた燈火も、ゆっくりと目を開ける。

「なに?この力……」
 あかりはポツリと呟いた。

 禁術――……。

 風があかりの問いに答えた。

「禁術?」

 本当は、教えてはいけない技――……。
 でも、あかり、役立たずって言ったから――……。
 これなら、君の役に立てる? ――……。

「…………」
 あかりは何も返事できなかった。

 ただでさえ異様だった自分に、なぜこんなものを与えたの?

 そう言いたげな表情だった。

 村を覆う緑色の輝きが、不安定にユラユラする。

 ごめん――……。
 これでも、駄目なんだね――……。

 風の声は悲しそうだった。
 初めて出会った時の『寂しい』という声よりも、悲しそうだった。

 助けられる。確かにこれならば必要な人を助け、不必要な人を排除できる。
 けれど……それは誰が判断している?
 あかりではない。
 あかりだったら、兵士達の命を奪うことも出来ないのだ。

 涙がハラハラと零れ落ちる。

 また……自分は人間からかけ離れる。
 キミカゲが崇拝する、選ばれた人間になってゆく。

 けれど、これは風が自分のために持ってきた最後の手段だったのだ。

 どうして、怒ることができるだろうか。

 あかり、ごめんね? ――……。

「ううん、ありがとう」
 あかりは優しい声でそう言った。

 すると、村を包んでいた光が止み、あかりはゆっくりと膝から崩れ落ちる。
 消耗が激しすぎて、あかりは意識を繋ぐことが出来なかった。






 あかりが目を覚ますと、窓の外は雪で真っ白だった。
 一体どれほどの時間眠っていたのか。

 キミカゲが安堵したように息を漏らして笑みを浮かべる。

「よかったぁ……大丈夫ですか?」
「キミカゲく……」
「ずっと眠ってたんですよ?」
「……どれくらい?」
「一ヶ月……くらいです」

 キミカゲの目から涙があふれる。
 笑顔と涙のギャップがありすぎて、あかりは驚いて目を見開いた。

 キミカゲは涙を拭いながら、情けないなぁ……と呟く。
「あかり様まで、死んじゃったらどうしようって……思ったら怖くて……。我慢してたんですけど、安心したら一気に……」
「そう。ごめんなさい、心配掛けて……。セージ様は?」
「ほのかちゃんと雪だるまを作りに」
 涙を拭いながら窓の外を指差すキミカゲ。

 あかりもそこでようやく安堵の息を漏らす。

「そう……よかった、無事で」
「僕の怪我も治ってたんですよ。あかり様はやっぱりすごいなぁ……」
 頭をさすりながら、キミカゲが感心したようにそんな言葉を漏らす。

 あかりがその言葉で目を細めた。

「あ、眠ってる間、ずっと僕、ボウガンを作ってたんですよ。ほら」
 足元に置いてあったボウガンを持ち上げて見せてくるキミカゲ。
 子供の背丈くらいある。

 あかりはその大きさに思わず声を上げた。
「え、これで撃てるんですか?」
「たぶん、大丈夫。矢番えがしやすいように工夫したんです。連射が利かないのがボウガンの弱点だから」
「そう……」
「あかり様、今セージ様を呼んでくるので、待っててくださいね」
「あ、うん」
 キミカゲが部屋の外へ出てゆくのを見送って、窓の外に目をやる。

 風が吹いて窓がカタカタと揺れた。
 あかりはそれにニコリと笑いかける。
「心配かけたみたいだね。もう平気だよ」

「……誰と、話しているの?」
「え?あ、莉悠さん」

 莉悠が訝しげにあかりを見つめて立っていた。

 湯気の立つマグカップを乗せたお盆を持っている。

「キミカゲくんに差し入れのつもりだったけれど、目を覚ましたのですね、あかりさん」

「あ、はい。すいません、こんなに長居をするつもりなんてなかったんですけど」

「いいえ、いいのよ。あなたが居てくれれば、主人はこの村に留まってくれるから。それに冬に無理して旅に出る必要はないわ、ゆっくりしていきなさい」

「ありがとうございます」

「どうぞ、コーンスープよ。キミカゲくんにはまた後で持ってくるから、お飲みなさい」

「すいません……」

「ふふ……いいのよ」

 マグカップを手渡してくるので、あかりはそっと手を伸ばし、取っ手を握った。
 莉悠が、あかりの手に触れるのを怖がるような、そんな素振りをしたのをあかりは見逃さなかった。

 それはあまりにも微かな動きで、本当にそうかは分からないけれど、あかりにはそのように感じられた。

「それじゃ、夕飯になったら、こっちに運んでくるから」
「はい……」
 あかりは莉悠になんとか笑顔を向ける。


 あかりが出会った人間は3種類いた。
 キミカゲのように、どこまでも崇拝の眼差しを向けてくる人。
 セージや御影のように、力など関係ないと言ってくれる人。
 そして、今の莉悠のように異様なものを見るような目で見てくる人……。


 風が窓ガラスを揺らす。
 気にしないで……そう言っているようだった。

 あかりは何も答えずに、ズズ……とスープをすする。
「……あつ……」
 あかりの呟きは狭い部屋にポツリと残った。





 それから3ヶ月経った、雪が溶けて暖かくなったある日、セージには内緒であかりはキミカゲと一緒に村を出た。

 燈火と莉悠のためにもセージはこの村に残るべきだと、あかりが考えたからだ。

 キミカゲがあかりの荷物を全部持って、あかりは腰に剣だけ差し、キミカゲの前を歩く。

「あかり様、本当にいいの?セージ様、絶対に怒る……」
「いいんです。わたしが躊躇わなければ、セージ様のお力だって借りなくてもだいじょうぶなのだから。穢れを全部払って、早く風緑の村に帰りましょう」

 あかりはニッコリ笑って、キミカゲに手招きする。

 キミカゲがその笑顔を見て、顔を赤らめた。

 風がひゅ〜……と吹いて、あかりの周りをグルリと1周した。

「キミカゲもわたしが護るから、だから、絶対に無理しないでね」


 立ち止まらなければ傍に居てくれるから。


 キミカゲも……そして、あなたも。


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