第4章  葉歌と御影

 御前試合開催の儀が行われる朝、真城は葉歌と龍世を連れて王都へと出てきていた。

 月歌は武城と朝真とともに来るということだった。
 武城に出された条件は1つ。
 本当に騎士になるだけの力があるのなら、今回の大会でランキング10位以内に入れとのことだった。
 それ以下の場合は認めない。
 そして、この大会で駄目だった場合は、剣術は趣味にして、貴族としての作法を一から学び直すこと……。

 武城の横で朝真が企んだように笑ってそう付け加えた。
 それは……お嫁さんになる準備をしろという意味。

 真城の前には、生まれた時から決められていたレールがある。
 村の領主となるか、どこかの貴族に嫁ぐか……。

 けれど……真城は騎士になりたいのだ。

 真城ははぁ……とため息を吐く。

 王都はどこもかしこもお祭り騒ぎ。
 元々娯楽の少ない国だから、武闘大会になると、地方から出てくる行商人や観客たちで賑わうのだ。
 それが今年は武闘大会以外にも行われるというのだから、この賑やかしさも仕方のないことかもしれない。

 龍世が適当に露店を漁って、葉歌と真城に綿菓子を差し出してくる。
 ほんのりピンク色の綿菓子。

 けれど、真城はそれに気がつかずに歩いて行ってしまう。

「れれ?真城ー?」
 龍世が腕いっぱいに抱えたものを必死に押さえて声を掛けてくる。

 葉歌が綿菓子を2本受け取り、その他にも龍世が持ちづらそうにしているものを代わりに持ってあげて、追いかけてくる。

 真城の前に躍り出て、様子を窺うように見上げてくる葉歌。
「どうしたの?真城……」

 真城はようやくそこで立ち止まった。
「え、あ……う、ううん、なんでも」
「そう?まだ、時間あるからもう少しゆっくり行きましょう?」
「あ、ごめん、歩くの速かった?」
「速くはないけど、ほら、色々お店あるから冷やかして行こうよ」
 真城のとぼけた様子をおかしそうに笑いながら、周囲のお店を指し示す。
 真城がようやく周囲を見回した。

 龍世がポテトボールを頬張りながら、2人に声を掛けてくる。
「オレはどっかでゆっくり戦利品を食いたいなぁ」
「たっくんってば……」
 龍世の無邪気な言葉に葉歌が吹き出す。

「じゃ、広場にでも行こうか?」
 真城が優しく笑って再び歩き出す。

 葉歌が綿菓子を真城に手渡して、ちょっとずつ舐めてゆく。
 真城も綿菓子がしぼむ前にかぶりついた。
 龍世は器用にもモグモグしながら走ってゆく。

 葉歌がそれを見つめたままで静かに尋ねてきた。
「何か、あった?」
「え?」
「……ないなら、いいけど」
「ちょっと、緊張してるだけだよ」
「そう?」
「うん」
「だったら、少しは楽しみましょう?」
「うん、そうだね」
 葉歌は人をかわしながら微笑み、真城はコクリと頷く。

 龍世が一足早く広場のベンチの場所取りをして、こちらに手を振ってくるのが見えた。

 葉歌がニッコリ微笑んで、真城にも促し、広場へと駆けてゆく。

 けれど、真城が駆け出そうとしたところで横道から出てきた女の子にぶつかって、立ち止まった。

「ご、ごめん、だいじょうぶ?」
 真城は倒れそうになった女の子の体を支えて優しく声を掛ける。

 膝を折って、彼女の目線で見つめた。

 紫色の髪を可愛らしい白い髪飾りでまとめた香里だった。

 香里は真城を見上げ、ニッコリと笑う。

「大丈夫です。すいません、周囲をよく見ていなくって……」
「あれ?」
 真城は香里をどこかで見た気がして、小首を傾げる。
「え?」
「あ、なんでもない。本当にごめんね?」
 不思議そうな香里を見て、真城はすぐに首を横に振る。
「いいえ」
 それを見て穏やかに笑う香里。

「香里」
「あ、御影様」
 真城の腕を優しく除けて、澄んだ声のしたほうに振り返る香里。

 真城もすぐに立ち上がり、そちらへと目をやった。

 黒い髪を涼しげな水色のリボンで結い上げ、黒とピンクのフリルドレス姿の御影がそこに立っていた。
 金の瞳に、吸い込まれそうな感覚を覚える。

 ミカゲ……その名前に聞き覚えがあった。

 戒が以前口にしていた名前……。

 けれど、同じ名前の人ならいくらでもいる。

 ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる御影。

 近づくにつれて、顔立ちがしっかりと確認できた。

 葉歌と……同じ顔……。


「この方にぶつかってしまって」

「そう。ちゃんと周りは確認なさい」

「はい」
 御影の言葉に香里は小首を傾げてニコリと笑い、頷いてみせる。

 御影がにわかに咳き込み、それを気遣うように香里が御影の手を取る。

 真城はその咳で動きが止まった。

 葉歌と同じ咳……。


 御影はゆっくりと真城に歩み寄り、じっと顔を見上げてきた。
 葉歌と違うのは、少々陰鬱気味な眼差しだけ。
 髪の色も目の色も違うけれど、『葉歌』と呼びそうになる。

 御影は目を細めて艶っぽく笑った。

 真城の頬にそっと手が触れる。

 真城は突然のことで、ビクッと体を震わせた。

 レースの手袋のざらついた感触……。

 視線が絡んだ。

 香里が驚いたように2人を交互に見上げる。

「可愛い顔。好みだわ。ねぇ、香里。璃央とは違う綺麗さよね?」

「み、御影様」
 香里が困ったように声を出し、仕方なさそうに御影は手を離した。

 真城は御影のことを見つめるだけ。

「あ、あの……」

「みぃつけた」
 その声は真城にだけ届いた。

 御影の視線は真城ではなく、真城の後ろの誰かへと向いている。

「真城、何やってるの?」
 ふんわりとした声がして、真城の腕に抱きついてくる葉歌。

 真城はすぐに葉歌に視線を動かす。

「ちょっと……この子にぶつかっちゃって」
 香里を指し示し、真城は苦笑混じりで答える。

 葉歌が御影と香里に視線を移し、香里は葉歌を確認して嬉しそうに表情をほころばせた。

「葉歌様!」
「香里ちゃん、久しぶりね」

 葉歌も嬉しそうに笑い、真城の腕から手を離して、腰を屈めて香里の目線に合わせる。

「知り合い?」
「ええ、ちょっとした……ね?」
「そっか」
 真城は葉歌の横顔を見つめて、ニコリと微笑む。

「その髪飾り、可愛いわね」
「あ、そうですか?戴いたものなんですよ?」
「とっても似合ってる」
「ありがとうございます!」
 香里は本当に嬉しそうにペコリと頭を下げ、結わえている髪がボンボンと跳ねた。

 御影がそれを見下ろして、少々不快そうな表情をした。
 繋いでいた手をグィッと引っ張って、香里を自分の傍へと引き寄せる御影。

 その行動に驚いて葉歌は顔を上げた。
 真城も御影に視線を動かす。
 香里が申し訳なさそうに御影を見上げ、寂しそうに目を細める。

「い、行きましょうか?御影様……」
「ええ」
 クルリと振り返って、御影がスタスタと歩いてゆく。

 香里は名残惜しそうに何度も振り返り、引っ張られながら歩いて行ってしまう。

 突然、御影が立ち止まった。

 ゆっくりと振り返って、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「剣士さん」

「はい?」

「あなたの活躍、楽しみにしています」

「え、ぼ、ボクの?」

「ええ、だって、素敵なんだもの。さぞや、人気がおありでしょう?」

「い、いや、別に……」
 御影の言葉に困ったように真城は髪に触れる。

 葉歌が不機嫌そうに目を細めて御影を見据えた。

「残念ですけど、真城は女の子ですよ」

 芯のしっかりした声でそう言うと、御影はおかしそうにそれを鼻で笑い飛ばす。

「関係ありませんわ」

「…………」
 葉歌が真城の服の裾をきゅっと掴んできた。

 人に対して葉歌が嫌悪感を顕わにするのは、戒以来だ。
 御影は目を細め、真城のことを見つめてくる。
 真城は、また金の瞳に吸い込まれそうな感覚を覚える。

「この国では、このように言うのだそうね?『あなたに、風の加護があらんことを』」

 その声は人ごみの中でもしっかりと耳に残った。

 風がフワリフワリと漂う。

 御影はしばらくじっと真城を見つめていたけれど、コロセウムの方角からポンポンと簡素な花火が上がると、スタスタと歩いて行ってしまった。

 葉歌が不安そうに唇を尖らせる。

「どうしたの?」
「……ううん、寒気がしただけ」
「え?」
「ごめんなさい、いつもの考えすぎだろうから気にしないで……」

 葉歌は不安そうに真城の手を取る。

 手がカタカタと震えているのがわかった。

「だいじょうぶ?」
「ええ」

 頷きながらも何かを恐れるように、葉歌の瞳は揺れていた。

 真城は唇を噛み締めて、葉歌の頭を抱き寄せる。

「だいじょうぶだいじょうぶ」

 その言葉で、葉歌の震えが少し収まった。

「ねぇ……」

「ん?」

「あの人、わたしと……同じ顔だった……」

「世界には自分と同じ顔の人が3人はいるって言うじゃない」

「そ、そうだけど……」

「あんまりそっくりでビックリしちゃったけどね。でも、笑い方は全然違ったよ。性格悪そうだったね」

「真城ったら……」
 真城の言葉に葉歌はおかしそうに笑い声を漏らす。

 そこで真城は体を離して、広場へ足を向けた。
 龍世がベンチにあぐらをかいて、バクバクとから揚げを口に運んでいるのが見えた。

 真城は肩に掛けている剣を背負い直して、ぐっと伸びをする。

「さて……勝たないとなぁ」
 気合を入れるようにそう呟き、肩をグルグルとまわす真城。

 葉歌が気持ちを落ち着かせるようにすぅはぁと深呼吸をして、目を開けた。

 龍世が2人が来たのを見て、勢いよく立ち上がる。
「そろそろ時間だぞ、何してたの?」
 そんなことを気にも留めずに朝ごはんを取っていたにも関わらず、こんな言葉。

 真城も葉歌も苦笑をする。

 葉歌が何かを思いついたように龍世と真城を並ばせ、右手を高々と掲げた。

 緑色の輝きを放って、風がゆっくりと集まってくる。

「2人に、風の加護があらんことを」

 両手をポンと鳴らすと、緑の光がぽわんと弾けて、2人の体を包んだ。

 ゆっくりと2人の体に吸い込まれてゆく光。

「できたできた。やってみるものね」
 自分に感心したようにうんうんと頷く葉歌。

 不思議そうに龍世が首を傾げる。
「今のは?」
「ちょっとしたおまじない♪2人とも、ひどい怪我はしないでね?」
 葉歌は小首を傾げて、ふんわりと笑みを浮かべてみせた。

 御前試合はこれから1週間ぶっ続けで行われる。
 ランキング10位以内ということは、少なくとも5日目まで残らなくてはいけない。

 真城は葉歌の放った緑の光が、体内に馴染んでゆくのを感じて、ふぅ……と息を吐いた。

 王城を見上げると、国旗の他に赤とオレンジ色の変わった旗がユラユラと揺れていた。


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