第6章  怪しい視線……

 約束。
 それは果たされなかった、悲しい指切り。

 約束。
 それは果たされても尚、悲しかった主従の契約。

 キミカゲはたった1人で、大切な人たちが願った平和な世界で生き続けた。

 38の年で不治の病に罹り、ベッドの上に臥せった時は、心配する家族をよそに微笑んだほどだ。
『やっと……死ねる。僕はやっと、解放される……』
 微笑みながら、目から涙が零れた。

 戒にとって、『約束』という言葉は重い。
 果たされても果たされなくても、そこには悲しみしかないことを知っているからだ。
 悲しい約束しか、知らないからだ。
 今生でも、果たせていない約束。
 戒は、『御影』を護れなかった。
 けれど、まだ諦めるわけにはいかない。
 きっと、できることがあるはずだから。
 キミカゲの時とは違うこと。
 まだ……彼女は生きている。
 彼女は、戒の、キミカゲの魂の震えに応えた。
 だから、彼女の意識は生きているのだ。

 真城との約束。
 『また、会おう』。

 戒が約束とは言わなくても、きっと真城が約束と解釈したであろう言葉。
 『いい騎士になれ』。そして、『戦いで命を落とすな』。

 戒を村から逃がす際、真城は初めて、自分のなりたいものをはっきりと言い切った。
 騎士になりたい。
 そう言えば、両親も月歌も反対することを知っていたから、真城が絶対に言えなかったこと。
 どうしてか分からないけれど、戒には真っ直ぐに言えた。
 戒はそんなことを知らないだろう。
 けれど、あれから……そして、戒の言葉から、真城は選び取るべき道を譲りたくないと思ったのだ。

 今、戒の目線の先には、真剣な眼差しで剣を構えている真城がいる。
 葉歌が横で祈るように胸の前で指を組んでいた。
「大丈夫だ。一回戦で消えるようなヤツじゃない」
「わかってるわよ」
 戒の言葉に刺々しい声を返しながらも、心配そうに真城を見つめている葉歌。
 その横顔を見て、戒は目を細め、口元を吊り上げた。
 おかしな女だ……。

 そんな言葉を心の中で呟いた時、ビリビリ……と殺気にも近い視線を感じて、戒はコロセウムの上部に位置している来賓席へと目線を動かした。
 御影が冷たい眼差しで、戒を……いや、戒たちを見下ろしていた。
 何故かはわからないが、葉歌を憎々しげな目で見つめ、戒と目が合うと、素知らぬふりで目線を外してきた。
 横には優しい笑顔で声をかける璃央の姿。
 パリッとした正装に、オールバックの髪型だった。
 御影は璃央の言葉を聞いているのだか聞いていないのだかわからない表情をして、今度は真城へと目をやった。

「はじめ!」
 そんな言葉が響いた直後、真城は地面を蹴って、あっという間に相手の武器を弾くと、喉元に剣先を据えた。
「ま、まいりました……」
 青い髪で銀の鎧姿の男が両手を上げて、観念したようにそう言う。

 余裕だとは思っていたが、別れる前よりもスピードが増しているのがわかった。
 考え方は甘くても、実力の上がるスピードはこんなにも速いのか……。

 真城は男の言葉でほっと息を吐き出して、剣を鞘に納め、笑顔で握手を交わす。
 そして、葉歌へと視線を寄越してニッパリと笑い、葉歌の隣にいる戒の姿に気が付いて、驚いたように目を見開いた。
 周囲の拍手に応えるように礼をしながら、コートを出てゆく真城。

 それを見つめながら、戒は苦笑を漏らす。
「戦い方は相変わらずなんだな」
「また、罵倒する?」
「いや。それで勝てるならいいんじゃないのか?」
「ふふ……」
「なんだ?」
「いいえ、遠瀬くんも変わったなぁと思っただけ」
「…………。戦場であんな戦い方をしたら、罵るさ」
 戒は照れ隠しにそう呟き、再び来賓席へ目をやる。

 御影が楽しそうに拍手をしていた。

 その様子に戒は首を傾げる。
 御影の言っていた『あの子』とはやはり真城なのか?
 けれど、調子がどうの……という話を考えると、どうにも合わない。

 戒の視線の先を追うように葉歌が顔を上げて目を細める。

「あの人、偉い人だったのね?」
「ん?」
「あの、黒髪の……。それと、水色の髪の人も、わたし知ってるわ」
「そうか」
「御影さんって言ったかしら?真城に色目使ってやな感じだった」
「色目……」
 葉歌の言葉ににわかに戒は吹き出した。

 真城を女だと知っていながら、そう言う葉歌がどうにもおかしかったのだ。

「戒!」
 試合を終えた真城が、何人かの女性に追われながらも、観客席の入り口から入ってきて、嬉しそうに戒の名を呼んだ。
 葉歌はその様子を見てクスリ……と笑いを漏らす。

 村ではあんな風に女性に追われるところなんて見られないからだった。
 去年のジュニア武闘大会で、相当ファンを作ったようだ。

 真城は自分を取り巻いている年上のお姉さん達に対して、申し訳なさそうな表情で受け答えをしている。

「ごめんなさい。お話するのは構わないんですけど、こんな高い物いただけないです」
「いいんですよ、真城様が出場するって聞いて、私、一生懸命探しましたの。ほら、真城様の目と同じ色の石がついたピアスなんですよ?その赤い石のピアスも素敵ですけど、是非つけてみてくださらないかしら?」
「はぁ……」
「もう買ってしまいましたもの。どうか、受け取ってください」
「じゃ、えと、お礼にご飯ご馳走させてください。そうじゃないと、ボクが落ち着かないので」
「まぁ、嬉しい。プレゼント探した甲斐がありましたわ。容姿だけでなく、お心も清々しい方ですのね!」
「真城様、私たち、自分でお金払いますので、お茶をご一緒してもいいですか?」
「え、は、はい。ボクは構いませんけど……」
 しばらくの間、そんな会話が続いたかと思うと、真城は一応周囲の観客と取り巻きの女性に気を遣ったのか、2人に手だけ振ってすぐに観客席を出て行ってしまった。

 葉歌がクスクスと笑っている。

 戒は不思議に思って葉歌に尋ねた。
「いいのか?」
「え、なにが?」
「お前は独占欲の塊だと思っていたが?」
「あら、わたしだって弁えてるわよ。あの方たちはこんな機会でもないと真城に会うことができない方ですもの。それに、真城も少しは女慣れしたほうがいい」
「女慣れ?」
「そう。じゃないと、いつまで経っても恋愛ベタのままになっちゃうから。ほら、ああいう方たちって、こんな時にしか会えないことをわかってるから、女らしさみたいなものに磨きがかかってるのよね」
「マシロは恋愛ベタなのか?」
「元々考えなしに動く子だから、自覚しちゃうと身動き取れないのよね。本当に勿体無いんだから」
「そんなものか……」
 葉歌の言葉に感心したように頷いてみせると、葉歌は一瞬考えるように目を動かして、すぐに企んだように笑って尋ねてきた。

「遠瀬くん、真城のこと好きでしょう?」
「なっ……」
 葉歌は戒の表情の動きをしっかりと見つめて、ニッコリと笑う。

 自分でもどんな顔をしているのかがわからなかった。

「はい、図星〜。ご馳走様です」
「…………」
 戒は眉をひそめて葉歌を睨みつける。

 口では勝てない。口を開いたら負けだ。

 だが……。

「真城はもてるなぁ」
 葉歌はおかしそうに笑ってそう呟く。
 一瞬だけ寂しそうに目を細め、また笑う。

 結局、口を開いても、開かなくても負けだ。

「僕は肯定も否定もしていないぞ」
「無言は肯定でしょう?」
「どうしてそうなる」
「図星を突かれたら人は黙るものよ」
「どう対処しようか迷っていただけだ」
「とろくさいなぁ」
「お前がペラペラペラペラ、口が回るんだろう」
「戒が話さないから、その分、わたしが話しているだけよ」
 徐々に声が大きくなってきた自分に気が付いて、戒は口を噤んだ。

 何をそんなにムキになる必要があるのか。

 自分は確かに真城の寛容な心に救いを求めていたことに気付いたし、大切な友だとも思っている。
 けれど、葉歌の示した『好き』とは違うと……そう思っただけだ。

 葉歌も何か躊躇うように自分の口を押さえて、うぅん……と唸る。

「……なんでもいいが、すぐに色恋沙汰とくっつけて考える幼稚な発想はやめてくれ。僕はそういうのは苦手なんだ」
「あら、そっちのほうがよっぽど幼稚だわ」
「な……」
「人には感情があり、何かへの執着は少なからず持っているものよ。その最たるものが人を想う気持ち。か……遠瀬くんは無頓着なようで真城に執着しているようだったから、言ってみただけ」
 葉歌はどこかつまらなそうにそう言うと、来賓席へ視線を上げてポツリと呟いた。

「あの人、さっきからこっちばかり見てる」
 戒も一拍遅れて、来賓席に目を上げた。

 御影が真城の試合の時とは打って変わって、全く興味のない目でコートを見下ろしていた。
 璃央が御影を気遣うようにポンと肩を叩くと、御影も笑みを浮かべて璃央へ視線を動かした。
 璃央の横に伝令らしき男が姿を現し、何かを璃央に耳打ちすると、コクリと頷き、璃央は席を外して赤い幕の裏へと引っ込んでしまった。
 御影が暇そうにこちらへと視線を寄越す。

 隣では葉歌がぼんやりとコロセウムの天井から覗く空を見上げている。

 風の流れを示すように雲がチラチラと形を変えながら、東の方向へと流れてゆく。

 御影の視線は自分ではなく、葉歌だけを真っ直ぐ捉えていた。

 戒は不思議な緊張感を感じて立ち上がる。

「どこ行くの?」
「用事ができた」
「え?」
 葉歌が戒の言葉に悲しげに目を細めたけれど、戒はそんなことには気がつかずに口を開く。

「マシロによろしく伝えてくれ。……しばらくはこっちにいるから、また会うこともあるだろう」
「ちょ……1日付き合うって……」
「約束はしていない」
 葉歌の言葉ににべもなく答え、ポケットから出した生体エネルギーの結晶を葉歌の手に乗せた。

「早いうちに飲め。マシロの試合は終わったんだから帰れ」

「まだ、たっくんの試合と紫音くんの試合が……」

「帰れ」

「…………」
 戒が語気を強めて言うと、葉歌は不服そうな表情を浮かべつつも、いつものような口答えはしてこなかった。

 戒はそこでふぅ……と息を吐いて、ヒラリと手を振り、観客席を出た。

 葉歌は何も言わずに静かに戒の背中を見送っているようだった。







「お、龍世が勝ったんだな、香里」
「ええ。たっくん、強いですねぇ」
 観客席に腰掛けて試合を見つめていた香里は、龍世の無邪気な笑顔に対して惜しげもなくパチパチ……と手を叩いていた。

 智歳もすぐに空いている香里の隣の席に腰掛けて、露店で買ってきたカキ氷を手渡す。
 香里は嬉しそうにそれを受け取って、慣れない調子でカキ氷を口に含んだ。

 智歳もカキ氷をシャクシャクかきながら、コートへと視線を送る。

 初日はコートの動きも慌しく、もう龍世の姿はそこにはなかった。

 智歳はカキ氷をひとくち食べてから思い出したように告げる。
「さっき、りょーに会った」
「え?来賓席じゃ……」
「蘭佳が目を覚ましたって。だから、1度あっちに戻るってさ」
 香里がそれを聞いてほっと安心したように息を漏らした。

 自分の手を見つめて悲しそうに呟く香里。

「私がちゃんとしていれば、あっという間に治してあげられたんですよね」

「……俺は」

「?」

「お前にはもう力使わせる気ないから」
 目を細めて少し低い声で言う智歳。

 璃央の記憶操作はほとんどうまくいっていなかったようだ。
 少なくとも、この前の事件の記憶は彼女の頭から消えていない。
 それはそうだ。
 姉は、元はそんなに愚かな頭の持ち主ではなかったのだから。

 智歳の真剣な表情を見つめて、香里が顔を赤らめる。

「ちーちゃん……」
 その呼び方にガクリと肩の力が抜ける。
 どうにもこうにも、姉はシリアスを曇らせる。

「それじゃ……」
「ん?」
「御影様、おひとりで来賓席にいるんですよね?私たち、お傍にいたほうがいいかしら」
「……気は進まねーけど、りょーもそう言ってた」
「そう。それじゃ行きましょう」
 香里は勢いよく立ち上がって、智歳の手をしっかりと握り締めてきた。

 記憶操作は上手くいっていなくても、姉は御影を気に掛けることをやめない。
 香里は御影の置かれている状況に同情している。
 目に見えているから見過ごせないのかもしれない。
 香里は昔からそういう人間だった。

 仕方がないので智歳は立ち上がる。
 今行われている試合の決着が着いたので、客席からわっと歓声が上がった。

 2人が客席を出たところで、龍世がタタタッと駆け寄ってくる。

 無邪気な笑顔で2人まとめて抱き締めてくる龍世。

「やっぱり、間違ってなかった♪久しぶりじゃん、2人とも〜」
 声と共にぎゅ〜っと腕に力がこもってゆく。

 智歳は嫌がるように腕を除けようとしたが、いつも大斧を振り回しているだけあって腕が外れなかった。

 香里は顔を赤らめた状態で、龍世の胸の中で俯いている。

 しばらく、その状態でなにやら龍世は騒いでいたが、香里がようやく龍世の胸を両手でドンと押したので一瞬黙る。

 香里が恥ずかしそうに石畳を見つめた。

 そして、ようやく気を取り直したように目線を上げて、にっこりと笑う。

「お久しぶりです、たっくん♪」
「うん〜。ねぇねぇ、オレの試合見てくれた?」
「はい。凄くカッコよかったです」
 香里が笑顔でそう言うと、それまで自慢げに胸を張っていた龍世が珍しく顔を赤らめた。

 香里の笑顔から目を逸らして、照れくさそうに鼻の下をこする。

「か、かっこいいなんて、初めて言われた……。村じゃ可愛いくらいしか言われないから」
「まぁまぁだったんじゃねえの?俺が出てたら、お前負けてるけど」
 智歳が意地悪にもそう言うと、龍世が腕をブンブンと振って、口を「いー」の形にする。

「お前に負けたのはひと月以上前だろー!オレ、今なら負けないもんね」
「はん、どの口が言ってる訳?俺から一本も取れなかったく・せ・に」
「うぅぅ!だから、今なら負けないって言ってるだろ?!お前、今からでもいいからエントリーしろよ!負かしてやる!!」
「国内大会だから駄目なんだよ、バァカ」
「ば……バカとはなんだ、チビ!!」
「俺はこれから背が伸びる。バカは努力しないと直らないんだぜ?大変だな」
 智歳はしてやったりの表情で胸の前で腕を組み、龍世の悔しそうな顔を見て鼻で笑ってみせた。

 悔しそうに龍世が顔のパーツを顔の中心に寄せる。

 あんまりやりとりがスピーディーだったせいか、香里がぽかんとした表情で2人を見つめていた。

 龍世がそんな香里に泣きつく。

「この生意気な弟どうにかしてよぉ。なんだよ、人が勝利に酔いしれてる時にさぁ。ひどいよね?こーちゃん」
「え、あ、はい。ごめんなさい。私が代わりに謝るので許してくださいね、たっくん」
「え?いや、こーちゃんに謝られても……」

 どうにかしてよとは謝らせろということなのだが、香里はそんな意味を解さないように深々と頭を下げ、その様子を龍世が困ったように見つめる。

「ちーちゃんも素直じゃないから。本当はたっくんの勝利、喜んでるんですよ?」
「バッ、香里!勝手なこと言うな」

 智歳は香里の言葉に顔を赤らめる。

 香里は全く怖がった様子を見せずににっこり笑って、
「ね?嬉しいですよね?」
 と言ってきた。

 その笑顔には他人にはわからない迫力があって、智歳はう……と一瞬腰が引けた。

 龍世がその言葉を疑わしそうに聞いている。

 智歳は仕方がないので、2人から視線を逸らして吐き出した。
「ガキにしては上出来だったよ。その調子でせいぜい頑張れ」
「なんか、引っ掛かるなぁ」
 智歳の言葉に龍世は唇を尖らせる。

 会った時は嫌味も通じなかったくせに、少しは馬鹿から抜け出したらしい。
 そんなことを心の中で呟く智歳。

「引っ掛かるように言ってるんだよ」
「もう、ちーちゃんは……」
 香里が呆れたように笑っている。

 香里は智歳から手を離し、白い髪飾りを結び直す。
 璃央がプレゼントとして買ってくれたと喜んでいたものだ。

 ふと、龍世がクンクンと鼻を動かして、香里に近づく。

 さすがに智歳は素早く反応してガツンと龍世の頭を殴った。

 すぐに龍世は殴られたところをさすって、唇を尖らせる。

「何すんだよぉ!」
「それはこっちの台詞だ、変態!お前、その性格が許されるのは今の時期だけだと思え!」
「へんたい……って……。匂いかいだだけじゃん」
「お前はわんころか!」
「だって、こーちゃんって不思議なお香持ってるからさ、気になっちゃって。なんか、前のより匂いが強くなったなぁって思ったんだよ。変な香りなんだけど、目がとろーんとしてくるんだよね」
「…………」

 香里が龍世の言葉に反応して、服の中に入れてある匂い袋に服の上から触れたのがわかった。

 智歳は特に気にも留めずにふんと鼻で息をし、目を細める。
「とにかく、お前、いい加減にしろ」
「わかったよ、気をつければいいんだろ。シスコン」
 龍世はまたもや口を「いー」という形にしてみせる。
「なっ?!」
 智歳はすぐに龍世の言葉に反応したが、香里がそれ以上喧嘩になるのを止めた。

「たっくん、私たち用事があるから、明日のお昼でも一緒にしましょう?明日もこのへんにいると思うから」
「え、あ……もう行っちゃうんだ……。うん、わかった。じゃ、また明日ね」
 香里の言葉に龍世は寂しそうに目を細めたが、すぐに白い歯を覗かせて笑った。

「はい。明日も頑張ってくださいね?」
「うん♪」
 香里が上目遣いで笑ってみせると、龍世はこっくりと頷いた。
 智歳も何か言おうと思ったが、香里が力強く自分の手を引っ張ったので、手を振るだけに留めた。

 智歳は香里の横顔を見つめる。

 何か考えるように香里はぼんやりと遠い目をしながらも早足で歩いている。

「どうかした?」
「え、あ、なんでもありませんよ。ただ、御影様がお暇されてるかなぁって思っただけです」
 香里は少々不安そうな顔をしていたが、それを隠すようにいつものほんわかした笑顔を浮かべてみせてきた。

 その瞬間、智歳の表情が止まった。

 香里の顔に、死相が、走ったからだ……。

 香里は智歳のそんな様子には全く気付かずに、すぐに視線を前へと向ける。

 智歳はドクンドクンと鼓動が速まるのを感じた。


 冗談、やめてくれ。


 智歳は心の中でそう呟き、必死に不安を振り払おうと頭を振った。


 けれど、香里の顔から、死相は消えてはくれなかった……。


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