第3章 これが成長だと言うのなら 「よぉ、チトセ。何のつもりだい?謀反か?」 夜闇に紛れて王城に忍び込もうとした2人の前に立ちはだかったのは、黒い着物を纏った東桜だった。 暗闇の中、気配を消されたら完全に見えなくなる。 その服装は……夜の戦闘にこそ活かされる出で立ち。 龍世は以前一撃でやられてしまったことを思い出して、拳を握り締めた。 まさか、東桜が智歳と仲間だったなんて、思いもしなかった。 智歳がすぐに腰の短剣を抜く。 「ずっと、気になってたんだ」 ぼそりと智歳は言った。 「なんで、トーオは……あんなヤツと一緒にいんのかなって」 「目に惚れたからさ」 「目?」 「気障ったらしい口調で話しながら、相手を全然見てない眼差しが気に入ったんだよ。国でもこういうヤツ見たなぁ……みたいな?ノスタルジーってやつ」 「…………」 「チトセ、できれば、お前とはやりたくない。ここは退け」 「ふざけんな!」 ドスのきいた声で見下ろしてくる東桜に向かって、智歳が飛び出してゆく。 東桜も刀を抜き、2人が激突した。 ギリィィン……と金属のぶつかり合う音が辺りに響き渡る。 龍世は唇を噛み締めて、どうすればいいのか迷うように城壁と城の間から覗く夜空を見上げた。 星が1つ空からこぼれ落ちるのが見えた。 しばらくの間、智歳と東桜が切り結んでいたが、力押しで跳ね飛ばされた智歳を、龍世は素早く飛び上がって空中でキャッチした。 少々後ろに体勢を崩して地面にしりもちをつく。 「ってて……」 「龍世、二人でやろう。そうすれば、隙ができるから、その隙をついて逃げ切るんだ。トーオを巻いて、すぐに城の中に入り込む。大丈夫だ、中の構造はバッチリ把握してるから」 智歳は龍世の耳元でそう言うと、すぐに立ち上がった。 龍世もパンパンとおしりについた土を払いながら立ち上がる。 ゆっくりと二人は目を合わせ、智歳が前を見た瞬間、それを合図だと感じ取って、龍世は背負っていた斧を勢いよく抜いた。 智歳が手のひらに炎を発生させ、その炎を抱きこみ、グルリと体を回した。 空気を含んで更に火力を増した炎の塊が東桜に向かって飛んでゆく。 龍世がその隙をついて、横から東桜に飛び掛り、勢いよく、斧を振り下ろす。 けれど、東桜は炎を刀で斬ると、すぐに龍世の斧を受け止めた。 「お子ちゃまにしとくのは勿体無いな、お前ら。10年したら相手してやるから退きな」 龍世の斧がギリギリと押し戻される。 どんなに斧を振り回しても、まだ、彼の力には敵わない。 30センチの身長差が、どんどん龍世の腕に負担をかけてゆく。 体重が乗らない。 だから、押しても勝てるわけがない。 「……くっそぉ……」 「龍世、いなせ!」 「え?」 智歳の言葉に反応するがまま、龍世は斧の角度を変えて、体を移動させた。 東桜の刀が自分の目の前を通り過ぎてゆく。 力だけじゃない。 頭を使うのが、本当の戦闘だ。 そう……前、智歳が言っていた。 隙を逃さんとばかりに、咄嗟に斧を持ち替えて振り上げる。 東桜が舌打ちをして、龍世の腕を思い切り蹴り上げてきた。 斧を持っている手がジーンと痺れて、斧がズシンと音を立てて地面に落ちる。 「悪ぃな、足癖悪くて」 東桜はにやりと不敵な笑みを浮かべる。 刀をポンポンと肩の上で弄びながら、東桜は二人を見下ろしている。 「トーオ、嘗めてんのか?!」 「嘗めてるんじゃないさ。勿体無いと思ってやってるんだ。退けよ」 「退けるわけがねぇだろ」 「……お前じゃ、俺は倒せねぇよ」 東桜の目が突然威圧感を増し、龍世は体がビクリと反応するのが分かった。 今までは手を抜いていた……。それを肌で感じ取る。 智歳もそれを感じ取ったのだろう。 唇を噛み締めて、東桜を睨みつけるだけだった。 「たった数ヶ月ぽっちだが、それなりにお前にも嬢ちゃんにも情が湧いてる。ほんの少しの情ではあるがな。……俺は子供は嫌いじゃないんでね」 「だから、見逃すってのか?」 「ああ、このまま退くのなら」 「それは聞けない」 「…………。そうかい。だったら、仲良くあの世行きだな。嬢ちゃんも、お友達が二人も来れば喜ぶだろ」 東桜は言葉は軽いものを選びながらも、ビシビシと刺すような殺気を放ちながら、刀を構え直す。 慌ててバックステップを踏んで、龍世は斧の柄を握り締めた。 武器を持っていない……その時点で、自分の命が終わる。そう、直感が言っている。 智歳が短剣を片手で握り締めながら、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。 二人でやれば隙が出来る……そんなことはない。 二人でやって、ギリギリ……どちらかが助かる……。 今の状況は、そう言っている。 ピリピリと空気が張り詰め、心臓がすごい速さで早鐘を打つ。 肺に酸素がいかなくて口の中が熱い……。 一瞬でも気を緩めたら……死ぬ……。 「うおぁぁぁぁぁっ!!」 龍世が先に飛び出した。 護ると決めたのだ。智歳のことだけは絶対に護ると。 だったら……ここで命を張る人間は自分だ。 逃げ足には自信があった。 けれど、背中を見せた瞬間斬られるのが目に見えた状況で、活路を見出すためには、打って出るしかない。 防戦一方になったら、二人に命はない。 ガッチーンと鋭い音が周囲に響く。 力任せの一撃を東桜は正面から受け止めてきた。 「あーあ……勿体ねぇ……」 つまらなそうにそんな言葉を漏らし、斧の軌道をずらしながら、龍世のどてっぱらに刀の柄頭を叩き込んできた。 「ぐっは……」 胃液が逆流していくのを感じて、龍世は地面に膝をつく。 斧はなんとか離さなかったが、たった一撃で足に来たのを感じ取る。 東桜が柄頭で攻撃して、龍世と体がかぶっていたからか、智歳の炎を放つタイミングが数秒ずれてしまった。 龍世の頭の上を炎が掠めてゆき、東桜はその炎を横目に見ながら、龍世のわき腹を蹴り飛ばす。 あばらがメキリと音を鳴らし、次の瞬間には城壁にぶつかっていた。 今度こそ、斧が手から離れ、ズシンと音を立てる。 その後に、ズルズルと地面に落ちていく龍世の体。 「……なんだよ……コイツ。せっかく強くなっても、全然足りないんでやんの……」 龍世は悔しさを紛らすようにそう呟いて、ペッと口に溜まった血を吐き出した。 ぶつかった勢いで口の中を切ってしまったらしい。 壁にもたれながら、ゆっくりと立ち上がり、すぐに斧に手を掛ける。 「ま・だ……まだぁ……」 「いい心がけだ。そうでなくちゃ面白くない」 東桜は龍世を見てにやりと笑う。 この男は、きっと覚えていない。一ヶ月以上前に、自分と一度だけ刀を交えたことを。 ……どうせ、死ぬなら、少しは忘れられないように頑張らなくては。 こんな状況なのに、龍世はそんなことを考えていた。 遠くにいる智歳に目配せをして、すぐに龍世はフラフラの足で飛び掛った。 智歳が懐から数枚札のようなものを取り出しているのが見える。 東桜は斧を軽くかわし、龍世のあごを殴りつけてきた。 まだ、コイツの刀からの攻撃を引き出していない。 こんな軽い攻撃ばかりでは、智歳の呪文も当たらない。大技を引き出して、隙を作らなくては……。 「いたぶるの、好きだね?」 龍世は目の前がクラクラするのを感じ取りながらも、そう言葉を発した。 東桜がにぃ……と笑みを浮かべる。 「ああ、好きだぜ。本当は女をいたぶるのがいいんだが、弱いガキをいたぶるのもたまにはいい」 「そう。オレはそういうやり方好きじゃないなぁ」 「だろうな。お前さんは真っ直ぐぶつかるタイプだ。ガキらしくていい」 「……オレ、何に見える?」 「あ?」 「従者に見える?見た目だけなら」 言葉の端々が息に埋もれていく。 『従者だろ、明らかに。良いとこの坊ちゃんと従者……に見える。見た目だけなら』 東桜が……龍世に以前言った言葉だ。 あの言葉が……何よりも屈辱的だった。 あの中で誰よりも幼い自分を、誰よりも役に立たない自分を、思い知らされた。 少しは変えられたのだろうか? 真城は変わらなくていいと言った。 でも、それは仲間内の優しい言葉だ。 やっぱり、自分の中には成長したいという気持ちがある。誰よりも早く、誰よりも強く。 それを……分からせてくれるのは、時として、仲間じゃない。 「…………」 東桜が何か引っかかったようにあごを撫でた。 思い出したのだろうか? 「ん〜……なんか、引っかかった気がするんだが、まぁいい」 東桜は目を細めて、スッパリと言い切ると、グルリと首を回した。 「木こりだな、どっからどう見ても」 「うん、そう。当たり♪」 龍世はその言葉ににっこり笑顔を返した。 斧を自ら離し、東桜がそれに気を取られている隙に服を素早く掴む。 足をすくい上げて、そのまま体重を乗せて地面に叩きつけた。 ほんの一瞬だった。 気がついたら空があった。きっと、東桜の視線からするとそんな感じ。 「うん、獣より数倍投げやすい」 「この、クソガキ……」 挑発するように笑顔でそう言った。それによって、東桜の眼光が鋭くなる。 笑顔と一緒に、膝がガクガク笑っている。 ふぅと息を吐き出して気合を入れ直すと、斧に手を掛け、持ち上げた。 斧がなければ、動きが軽い分、さっきのように不意をつける。 けれど……斧がなくては、刀の攻撃を防げない。 「さて、どうしよう」 東桜は反動をつけて、立ち上がるとすぐにブンと刀を振ってきた。 龍世はバックステップでそれをかわし、ふらつく体をなんとか立て直した。 認めてくれたのか、不意打ちでむかついたのかは知らないけれど、とりあえず、これで隙を作るチャンスが出来た。 智歳のほうに一瞬目をやると、札を地面に一枚一枚配置し終えて、呪文を唱え始めるところだった。 よくはわからないが、何かをやるつもりなのは確かだ。 時間を……稼がなくては。 「さて、どうしよう」 龍世はもう一度言葉を漏らした。 「どうもしねぇよ。おら、遊ぼうぜ」 東桜の声がして、龍世はすぐに刀を斧で受け、ガチンコのしのぎ合いになる前に刀を弾き飛ばした。 東桜は体を少しだけ後退させただけですぐに踏み止まる。 「なんか企んでるようだが、チトセの呪文が失敗したら、お前ら諦めるのか?」 「わかんない。……諦めたら見逃してくれる?」 龍世は小首を傾げて尋ねた。 時間稼ぎなのを分かっていながら、東桜は付き合っている。……そんな印象を受ける。 「見逃す?それは無理だな。俺が見逃してやるって言った時に逃げない時点で、お前らは俺の獲物決定なのさ」 「そっか。じゃ、諦めないと思うな、うん」 「減らず口の達者なガキだな」 「うん、オレ、ガキだから屁理屈でも何でも言うの」 「小憎たらしい」 「にひひ」 余裕なんてないのに、自分がこんなに肝が据わっている人間だとは思わなかった。 龍世は東桜の動きをよく見て、ふらつく体を必死に動かす。 防戦一方になったら、おしまいだと思っていたが、反撃まで持っていけなかった。 斧で受け止めて、その後が続かない。 すぐに距離を取られたり、距離を詰められたりして、結局ぶつかりあい、不意打ちを受け流すのが精一杯だった。 「強いよね、アンタ」 「ったりめぇだ。俺は戦いにおいてはエキスパートだからな」 「…………。嫌なエキスパート。でも、オレ、もっと強い人知ってるもん」 ギャリンギャリンと音が響き、クルリと回した体で思い切りチャージを入れた。 東桜の体が少しだけ吹っ飛び、龍世はすぐに体勢を整える。 横目で智歳を見やると、あちらもこちらを見ていた。 いつでもオーケイだと目が言っているのが分かる。 「オレの幼馴染は、お前なんかよりも強いんだぞ。今回は事情があって棄権しちゃったけど、きっと大会にちゃんと出てたら優勝してた」 「へぇ……そりゃいい。そいつとは後で戦ってみたいもんだ」 「ダァメ!真城とは戦わせないもんね!」 龍世は思い切り斧を振りかぶり、振り下ろした。 地面にズシンと音を立ててめり込む。 東桜はかわした瞬間にぃと笑い、東桜はすぐに刀を振り上げた。 その瞬間、智歳の手を打ち鳴らす音が響いて、高い火柱が四方に立った。 龍世は斧を置き去りにして、素早く飛び上がり、長い距離を後ろへと下がった。 四方から集まった火柱が確実に東桜を捉える。 「やった……?」 龍世はそう呟き、すぐに智歳に目をやる。 「決まってなくてもいい……さっさと行こう」 智歳が疲れたようにぜぇぜぇと息を切らしながら、行く方向を示した。 残念ながら斧も炎に包まれてしまっている。 愛用していた使いやすい斧だったが、今回の場合仕方がない……。 龍世はすぐに智歳の元に駆けていき、智歳の後ろに従う。 「なぁ、どうやったんだ?今の。威力が全然……」 「魔力強化の札、作ってみたんだ。まさか、こんなところでこんなに消費することになるとは思わなかったけど」 「……そんなものあるんだ?」 「ああ、あるよ。勉強すれば、便利なものはいくらだって見つかるんだ。無知は損だぜ」 「うん、ちょっとだけそう思う」 「ちょっとだけかよ」 龍世の言葉に苦笑する智歳。 二人は少しずつ走るペースを上げていく。 なんとなく、効いていないんじゃないかという……不安があったからだ。 「とにかく、城に入っちまおう。トーオはまだ城中の道覚えてないと思うから、それで巻く。……中の兵士は、出来るだけかわそうな」 「うん、賛成。武器もないし、ちょっと大変」 龍世は城を見上げながらキョロキョロと目を動かした。 窓の数を確認する。 いざとなったら、すぐに智歳を抱えて逃げられるかを確認していた。 武器もない今、考えられるのはそれだけだった。 智歳の横顔を見ると、眉間に皺を寄せて遠い目をしていた。 「よし、ここから入るぞ!」 「あ、うん」 智歳の指差しに従って龍世も方向を変える。 その時だった。 「通せんぼだ」 ひゅんと音を立て、突然目の前に東桜が現れる。 全く燃えた跡がなかった。 龍世の何遍かの攻撃が効いたのか、少しだけわき腹を押さえている……が、呪文の効果は全くないように見えた。 「……いくらなんでも全然効いてねぇのかよ」 ぼそりと智歳の言葉。 「はなから、かわすの前提だったからな!」 東桜はにやぁと笑い、すぐに刀を振り上げて振り下ろした。 「ちとせ!」 龍世は素早く智歳の体を押し出す。 間合いが近すぎて、龍世までかわすのは無理だった。 やられる……!! そんな言葉が心の中を過ぎった。 けれど、キーンという鋭い音だけが響き渡り、龍世の体は智歳の体にかぶさっただけだった。 「……あ・れ……?」 「無茶するな、タツ!!」 顔を上げると、そこには真城が立っていて、いつもか弱いと思っていた背中が、とてつもなく頼りがいがあるように見えた。 「ああ……幼馴染ってマシロちゃんだったのか」 「東桜さん、ここからは……ボクが相手です」 東桜の殺気にも動じることなく、真城は勢いよく刀を弾き、すぐに剣を横に薙ぎ払った。 東桜はその攻撃をかわすために素早くバックステップを踏む。 ああ……やっぱり、真城は戦い慣れている。しかも、東桜のような嫌な空気じゃない。 まだ、状況が良くなった訳でもないのに、龍世は心が少し楽になるのを感じた。 その隙を突いて、智歳が素早く立ち上がり、城の中へと駆け込んでいく。 「え?ちとせ?!ちょっと……!!」 龍世は驚きを隠せなかったが、すぐにそれを追った。 「おい、タツ!どこに行くんだ?!村に帰るんだ!!」 後ろから真城の心配そうな叫び声が聞こえてくる。 けれど、龍世は立ち止まらないし、振り返らない。 わかっている。 真城は連れ戻しに来たんだろう。 けれど、智歳はもう心を止められないのだと思う。 だから、せめて傍にいて……智歳の心の隙を見定めてから連れ戻さなくては……。 このままじゃきっと……苦しくて堪らないんだ。 「こーちゃん……護って」 龍世はぽつりと呟いて、智歳の後を追った。 |
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