第4章  因縁の、……運命の対決

「へぇぇ……、安定して出せるようになったのかい。若いってのは羨ましいねぇ!」
 切り結んで離れた直後、東桜が感心したようにそう言った。
 真城の実力のことを言っているのだと思う。
 確かに以前は一瞬だけ伸びる実力の尺だったが、それをこの一ヶ月ほどで上手く扱えるようになったらしい。

 けれど、真城は目の前の相手よりも城の中に駆け込んでいってしまった二人のことを気にしていた。
 連れ戻しにきたのに、龍世は真城の言葉を聞かずに行ってしまった。
 智歳を止めるためについていったのだと信じている……が、確認の術がない。
 早く追わなくては……。
 このままでは本当に……また悲劇を生みかねない。

「マシロちゃん、俺ぁ、よそ見してて勝てるような……そんな奴だと思われてんのかい?」
「え、そういう訳じゃ……」
「お前さんと切り結べる日を心待ちにしてたんだ。逃がさねぇよ?」
「っく!」
 素早く重い攻撃を繰り出してくる東桜。
 真城は素早くそれに反応して、上手いこと剣で全ての攻撃を受け流した。
 大会に向けての特訓で少しだけ感覚を覚え始めていた、柔の技。
 力の強さには限界が出る。ならば、自分に限界を作らないための技を、真城は人知れず模索していた。
 まさか、こんなところで役に立つとは思わなかったけれど。
「へぇ……こりゃいいや。なんで、女の子に生まれちゃったかねぇ、勿体無い」
「性別なんて関係ないですよ。強さは、そんなもので決まるものじゃないから」

 力さえあれば、護れると思っていた。

 力が強さなのだと、思っていた。

 けれど、それは違うのだ。

 本当の強さは……心の中にある。

 決して折れない心が、強さを生む。

 だから、……真城は……。

「ボクは、ボクらしく、強くなるって決めたんです」
「いいねぇ、その表情。……やっぱり、マシロちゃんはベッピンさんだ」
 東桜はにぃと笑ってそんなことを口にした。
 真城はその言葉に少々眉をひそめる。

「ここ、通してくださいって言っても、通してくれませんよね?」
「ふはは。ああ……さっきのガキと幼馴染っての、今ので納得したわ」
「…………」
「別にな、通したってかまわねえんだけどな。あいつらだって、すんなり目当ての人間のいる部屋に行けるとも思えないしな」
「どういう……?」
「あー、でも、駄目だな。折角強い相手が目の前にいるのに、はいどーぞとは俺様は言えないぜ」

 カラカラと笑いながら、東桜はゆらりと刀を構え直す。
 少しずつ空気がピリピリし始めた。
 東桜の言葉に嘘はない。
 彼は……真城を勝負の相手と決めたようだ。

 けれど、その時周囲の木々がざわめいて、緑の光がすぐそこで閃いた。
 葉歌・月歌・紫音が姿を現し、紫音が素早く大剣を抜き、月歌も東桜に対してリボルバータイプの拳銃を突きつける。

 葉歌がすぐに真城に手を差し出し、きゅっと腕に抱きついてきた。
「え……?」
「わたしたちは二人を追いましょう」
 葉歌の声がして、すぐに周囲が真っ暗になった。





 周囲が明るくなると、そこは城の中で、赤絨毯の敷かれた廊下が長々と続いていた。
 豪奢な造りの内装を少しだけ眺め、剣を鞘に納めながら葉歌に視線を動かす。
 葉歌がすぐに真城から離れ、困ったように表情を曇らせる。
「お城の中、少し変だわ。居場所が捕捉できない。ごめんね」
「ううん。……ただ、つっくんと紫音先輩、大丈夫かな?」
「兄ぃがついているから無理はしないと思う。わたしは、あなたが一人で突っ走っていった時のほうがハラハラしたわ」
「……あはは、ごめん」
「間に合ったからいいけど……」
 葉歌はふぅ……と安心したように息を吐き出し、すぐにキョロキョロと周りを見回した。
 真城の屋敷も広いが、城はそんなものは比べ物にならないくらい広い。
 どちらに行くか、その選択を誤っただけで、龍世と智歳との合流は難しくなるだろう。

「警備の兵士さんもいないね?この辺じゃないのかなぁ?」
「……むしろ、貴賓用のスペースだからいないのかも。緋橙の国の人って、人一倍警戒心が強いって聞いたことがあるわ。他国の警備兵なんて使わないかも」
「それにしたって、おつきの兵士さんくらい……」
「きっと、さっきの人と何人かの精鋭、それくらいで十分なのよ」
「……精鋭か……。彼女の傍にもいるんだろうか?」
「いるわね……キミカゲが」
「え?」
「今の彼は、キミカゲよ。……ううん、元から、あいつの無茶する性分が、キミカゲ譲りだっただけなのかも」
「葉歌?」
「生まれ変わったなら、それくらい成長してみせなさいって話よ、全く……」
 悔しそうな表情で葉歌はぶつぶつと何かを呟いている。

 真城は少々困惑したが、とりあえず、左へと進路を取り、葉歌の手を引いて歩き出した。
「真城?」
「あっちに広口のドアがある。広い部屋があるんだ、きっと……」

 二人は無言で歩いてゆく。

 絨毯のおかげで、足音は見事にかき消されている。

 龍世たちはいったいどこを歩いているのか……。
 真城達より前にいるのか、後ろにいるのか……。
 それはわからないが、今は……手当たり次第に進むしかない。

 真城はドアの前まで行くと、ゆっくりとドアを押し開けた。
 部屋の様子が少しずつ広がっていき、二人が部屋に足を踏み入れた時、ソファに腰掛けていた人間が颯爽と立ち上がった。
 黒髪に、タレ目の仏頂面。
 すらりと背が高く、身にまとった藍色の服は、彼が風緑村に訪れた時と同じものだった。

「……戒」
「来ると、思っていたよ、マシロ」
 少しだけ優しさの混じった低い声。

「……なんとなく、キミがいると、思ってたよ、ボクも」
「ふっ……できれば、放っておいてほしかった。『御影』も、ハウタも……関わらなければ、いつか……解決の時が来る。……そう、思っていたのに」
「無理だよ、それは……無理なんだ」
 真城は表情を曇らせてそう呟いた。

 戒はどこまで把握しているのだろうか?
 それとも、何も知らずに、今、立ちはだかるのだろうか?

「……マシロ、お前は護る者を選べるだろう。お前は……ハウタしか知らないのだから」
「うん。ボクは確かに、御影さんの人となりを何一つ知らないよ。ただ……少しだけ生まれ変わる前の彼女のことを教えてもらっているだけだ」
「……お前、風の力を操っていたな、一体何者だ?」
「あかりに助けを求めた風の精霊と……友達なんだ」
「…………」
 その言葉を聞いて、戒は目を細めて押し黙った。

 けれど、少し経ってまた口を開く。
「……今更、不思議はないのかもしれないな……。『御影』も、アイツに乗っ取られておかしくなったのだと、わかった今ならば」
「遠瀬くん……たっくんたち、来てない?」
「来ていない。部屋はここ以外にもたくさんある……。ここでない部屋を通ってこの先に行ったのかもしれないな」
 今まで黙っていた葉歌がようやくそう尋ね、戒もようやく葉歌へと視線を動かした。

 真城が横目で葉歌を見ると、困ったように葉歌は俯いた。
 まるで、視線を合わせることを躊躇っているようだった。

「……この前の、怪我は?」
 葉歌は静かにそう尋ねた。
 葉歌の飛ばした風の一撃を、御影を庇いに入った戒はまともに喰らった。
 あの時のことを言っているようだった。

「……大丈夫だ。あれは、僕が自分から受けに行ったものだ。お前が気にすることじゃない。それより、どうする?戻るのか?それとも、……御影に用があるのか?」
「……用があると言えば、ある……」
 真城は入ってきたドアとは反対側にあるドアを見つめて、そう答えた。

 ……智歳を止めにきた。龍世を連れ戻しにきた。
 戒の言ったように別のルートで先に進んでしまった可能性があるのなら、先に進まなくてはいけない。
 それに……こんなにも近くに、御影がいる。

「皮肉な話だ」
「……こんな形での再会も、こんな形での再戦も?」
 戒が嘲るように言うと、真城はすぐにそう返した。

 そんな二人を見て、葉歌が不安そうな声を発する。
「……闘うの?」

 握っていた葉歌の細い指が微かに震えたのを感じた。

 真城はゆっくりと目を閉じて吐き出すように言葉を口にした。
「……お願いがある」
「え……?」
「ボクたち二人の闘い、……今度は、邪魔をしないで」
「…………」
「今度は……きっと、葉歌には危険だから、下がって見てて」
「……どうして?二人が闘う必要なんて……ないじゃない……」
「あるんだよ」
「どうして?」
「ボクたちは、互いの護るもののために道を隔てた。……だから、どちらかが勝って進まなきゃ納得しない」
 真城の真剣な眼差しに、葉歌は見られまいと俯いて、俯いた拍子に目から雫が零れ落ちた。

「……彼は、わたしを護ってくれた。……今は、今ならわかるの。彼は……わたしも御影さんも護ろうとしてるんだって……。それは、真城だって同じじゃない……。戦う必要性は、どこにもないわ。二人が力を合わせれば、それで……」
「戒が、あちら側を選んだ。それは……ボクの護りたいものとは、きっと違う何かなのだと思うんだよ」
「…………」
「だから……」

 真城の譲ることのないだろう表情を見て、葉歌ははぁ……とため息を吐いた。

「何言っても、聞かないのよね、こういう時。わたしは、心配するだけ」
「ごめん」
「謝るくらいなら……困らせないで」
「うん。でも、ごめん」
 真城はそう言うと、ゆっくりと葉歌から手を離した。

 葉歌が悲しそうに目を細めて、一歩一歩後ずさってゆく。

「戒」
「もう……いいのか?」
「うん、始めよう」

 戒の問いににっこり笑って答えると、真城は左手でしっかりと鞘を押さえ、思い切り剣を引き抜いた。

「お前なら、引き下がると思っていた」

「……下がれる訳ない。だって、この先には失う訳にはいかないものがあるんだもの」

「…………。そうだったな……お前は、そういう奴だった……」

 戒は困ったように笑うと、ジッパーを胸元まで下ろし、すぅぅぅ……と息を吸い込んだ。

 二人の間に、静かな時が流れる。

 戒の姿勢は、初めて闘った時と同じで、両腕をダラリと下げて力を抜いたような状態。

 前も思ったけれど、戒の動きは読みづらい。
 読みづらい上に速いから、前の真城は楽しいと思いながらも、全く打つ手がなかった。

 その差が……どれくらい縮まったのか……。

 柄を握る手に力を込め、真城は素早く跳び出した。

 前の闘いでは先手を取られた。今度は……こちらが出し抜く番だ。

 突きを入れ、すぐに縦に振り下ろす。
 けれど、戒は体を逸らせて突きをかわし、振り下ろされた剣を両手で受け止めた。
 力勝負になる前に、戒は剣を捻るように持ち換え、ゆっくりと体勢を戻した。
 真城の体が少し傾き、それを狙うように剣を離してすぐ体を回しての蹴りが顔面に飛んでくる。

 全然変わっていない。

 真城はにぃ……と笑みを浮かべて、右手でその蹴りを受けた。
 ビリビリビリッ……と腕に痺れと痛みが走る
 さすがに半袖では荷が重いか。

「……剣にこだわらなくなったか」
 おかしそうに戒が笑って、すぐにバックステップで後退する。

 前の真城だったら、あのまま蹴られていた。
 剣から……手を離せなかったからだ。
 結局、真城の強さは武器に頼った強さだった……ということなのかもしれない。

 真城は腰に巻いていた赤いレザージャケットを解くと、素早く上に着込み、再び剣を構え直す。

 もう目の前には戒が迫っていた。
 真城がそれに対して剣を振り上げようとしたら、突然方向転換をして、後ろへ下がり、剣が通り過ぎた後に思い切り肘を繰り出してくる。

 この男の体はどういう仕組みになっているのか。

 真城は柄頭で戒の肘を思い切りぶっ叩いた。
「っ……」
 さすがに効いたのか、戒が若干表情を歪ませる。

 けれど、怯むことなく真城の襟を掴んで思い切り投げてきた。
 自分の体が勢いよく逆さまになり、血が逆流するような感覚を覚える真城。
 受身を取ろうにも、頭から真っ逆さま。
 このまま落ちたらまずい……と心の中で呟き、なんとか体を動かそうとした。
 その瞬間、戒の蹴りが頭目掛けて飛んできた。
 真城は予測できなかった攻撃にそのまま吹き飛ぶ。

 壁にガンとぶつかり、壁に掛かっていた絵ごと床に落ちた。

「……っつあ……」
 真城は額を押さえて、苦悶の表情を浮かべた。

 戒は間髪いれずにこちらへと駆け寄ってくる。
「やば……強い……」
 真城は靴で蹴られて切れた額をグイと拭って、すぐに横へと転がった。

 真城が今までいた場所に戒の蹴りが入り、戒は壁にぶつかった衝撃を利用して真城を追ってきた。
 急いで体勢を立て直して、真城は鞘を引っ張り、戒の攻撃を鞘で受け、すぐさま剣を横に振った。


 捉えた!


 そう思ったが、戒は左腕でそれを受け、室内にキーンという音が響いた。

「え?」
 真城はその音に驚いて目を見開く。

 剣で斬れた服の下には、鉄製の手甲が覗いている。

「……戒……」
「やはり、身に着けておいてよかった……。本当にお前には驚かされる」
「それはこっちの台詞だよ……」
 真城は困ったような声でそう言って、すぐに戒から離れた。

 戒はゆっくりと目を閉じて、両腕を握り締める。
 すると、戒の体からほんのりと青い光が発せられた。
 それは久々に見る……カヌイの力。

「……本気でやらないと、死ぬぞ?」
「お互いにね」
 真城は戒の青い光の混じった表情を見て、白い歯をしっかり見せて、にっかしと笑ってみせた。

 葉歌だけが、その闘いを、悲しそうな眼差しで見つめていた。


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