第3章 わたしの……欠片 「……あはははは!わたしが手を上げることもないんじゃないの?もう寿命? ……でも、まだよ?死ぬ前に、わたしのかけらを返してくれなくちゃ!!」 「けほっ……っ……」 御影の笑い声が少しだけ遠くでしているような……そんな感じだった。 体が重たい。 あかりの力は、葉歌が操るものより強力だ……。 葉歌の体は、その力に耐え切れなかったかのように、何度か互角にぶつかり合った後、ぷっつりと糸が切れてしまった。 御影はところどころに出来た切り傷から血を流しながらも余裕なように笑みを浮かべている。 きっと、痛覚が弱ってしまっているのだろう。 黒い風には、御影の体を気に掛けるなどという考えなどどこにもないのだ。 その状態を見つめて、璃央が複雑そうに目を細めた。 「全く……この体気に入ってるのに。この傷、どのくらいで治るかしら」 「葉歌!」 真城が素早く跳ねて葉歌を抱きかかえると、御影が葉歌の傍に歩み寄るよりも前にその場から離れた。 真城だって、相当体にガタが来ているだろうに、葉歌を気遣ってばかりだ。 手がピクンピクンと震える。 意思とは反対に、体は全く言うことを聞いてはくれない。 真城は戒に葉歌を託し、すぐに構えを取った。 「マシロ……大丈夫か?さっきだって、腕を……」 「だいじょうぶ。だって、戒は彼女に手が出せないんだろう?」 「……それはお前だって同じじゃないか」 「ホント、困ったよねぇ」 真城は戒の言葉に、そんな言葉を返した。 全く緊張感のない言葉に、戒が驚いたように目を見開いた。 葉歌は咳き込んで、そのまま戒の体にもたれかかる。 「ちょっとさ、聞いてみたいことがあるんだ」 「何?」 「理由ってさ、やっぱり、あると思うから」 「ん?」 真城の言葉の意味が分からずに戒は眉をひそめる。 葉歌も真城の考えが分からずに見上げた。 ……理由など知ってどうする? 理由を知ったら、真城は黒い風さえも許すと言い出すつもりだろうか? 「……剣士殿、あなたの相手は僕がしよう」 御影の前に璃央が立ちはだかった。 真城は利き腕がまだ痛むのか、左手で剣を構え、すぐに璃央と剣を交えた。 一振り、二振り……と剣を交え、隙を突いて真城は璃央に斬りつけた。 璃央の肩から血がにじみ出る。 それからすぐに、後方に下がった。 ゆっくりと右手を回しながら、璃央のことを悲しげに見つめる真城。 「君は……それで本当にいいの?」 「それでいいとは?」 「好きって……ただ見守るだけでも、甘やかすだけでも……ないと思うんだよね」 「僕は、彼女を甘やかしているつもりはないよ。……ただ、どこまで行っても、彼女の味方であるだけだ」 「……それが」 「甘やかしになると言うのかい?全面的に彼女を信じる存在であることが、甘やかしになると?」 「…………」 それは真城と葉歌の関係と一緒だ……。 彼の気持ちは真っ直ぐに彼女に向いている。 けれど、……この状況では、その崇高な態度さえ、歪んで見えてしまう。 「僕は彼女を信じているんだ。必ず元に戻るとね。……元に戻った時、彼女の隣にいるのは僕でなくてはならない」 「あなたは、彼女を護るためなら手段を選ばない?」 「ああ、選ばないよ。僕にとって、一番大切な人だからね。たとえ、僕のしていることが間違いだとしても、僕は貫いてみせる。彼女を護るのも、生かすのも、……僕にしか出来ないことだから」 「……そうやって、生かされた彼女は……本当に幸せなのかな?」 「…………。泣くだろうね……それでも、僕は……彼女に生きて欲しいんだ!」 次の瞬間、璃央が飛び出してきて、真城の右腕を狙うように斬り上げてきた。 ジャケットのおかげで深くは斬られなかったが、ズキリと痛みが広がる。 「ぐあっ……」 「先程の絞め上げが相当効いているみたいだね。反応が遅いよ」 真城は右腕を押さえて、その場にうずくまった。 戒が心配そうに声を上げる。 葉歌をきちんと支えながらも、真城を助けに飛び出したいのが容易にわかった。 「マシロ、代われ!璃央は僕が……」 「戒はわたしの相手をしてくれなくちゃぁ。よそ見してると、この子、殺しちゃうわよ?」 「っ……」 いつの間にか御影が傍まで寄ってきていて、戒と葉歌を簡単に引き離してみせた。 葉歌を後ろからぎゅぅっと抱き締めて、クスクス……と御影が笑う。 「弱くなったあなたに感謝よ。あかりの時は、周囲の風の守護が強すぎて大変だったもの」 「ハウタッ!」 戒がすぐに御影の後ろに回りこんで蹴りを放った……が、躊躇いがあったのだろう。 御影には大したダメージにならなかった。 「……なんだか、前闘った時ほどの迫力がないわよ?戒」 「くっ……」 「この子のせい?それとも、わたしに手を出せない?」 「あ……なた……わたしに用があるん……でしょう?」 葉歌は声を搾り出して、きゅっと御影の腕を握り締めた。 腕に触れた瞬間、御影は楽しそうに葉歌の耳を噛んだ。 「ええ、あなたに用があるの。……でも、すごい汗よ?熱もあるし、大丈夫?」 ふてぶてしくも彼女はそう言った。 葉歌がゆっくりと呼吸を繰り返すと、周囲の空気がさわさわと動く。 なんとか、彼女の束縛から抜け出さないと……。 周囲の空気を徐々に圧縮していき、先程御影が真城に放ったように、かまいたちを発生させた。 けれど、次の瞬間、御影も同じようにかまいたちを放ったのか、緑と黒の風が混ざり合って、暴発したように廊下を吹き抜けた。 真城はあまりに激しい風圧に堪えきれず、ぎゅっと目を閉じた。 「御影っ!!」 璃央の声が近くでしたが、すぐに風の音に吹き消される。 風が弱まったのを察してからゆっくりと目を開けると、先程まで王城の廊下だった場所が、見覚えのない石造りで天井の高い部屋に変わっていた。 以前来たことがある塔にも似ている気がするけれど、どうなのかまではわからなかった。 璃央は後方の壁にぶつかって、気を失ったようにピクリとも動かない。 蹲っていた真城は暴発した風をまともに受けることがなかったおかげで、なんとか無事でいられたようだ。 「え……?」 真城は戸惑いを隠せずに、呆然とその光景を見つめた。 右腕がズキンズキンと疼く。 戒は二人の傍にいすぎたせいか、暴発したかまいたちをまともに喰らったようで、身に纏っていた服がボロボロに切り刻まれていた。 必死に起き上がろうとしているが、それを御影が足で踏みつける。 そのうえ、葉歌が必死に御影から離れようと抵抗しているが、御影は先程真城を離さなかった時のように、全く手の力を緩めなかった。 無理矢理、葉歌の顔を後ろへと回し、葉歌の口に細い指を突き入れる。 「……ぅぐっ……」 「さて……と、欠片、返してもらいましょうか?」 まるで蹂躙するように、口の中に強引に手を押し入れようとする御影。 葉歌はその苦しさに耐え切れないように、目に涙を溜める。 「人間って不便ね、入らないわ」 御影がつまらなそうに手を抜くと、葉歌が苦しそうに咳きこんだ。 「ぅ……ゴホゴホ、ゲホッ……!!」 「……全く、汚いわね……」 手についた唾液を気味悪がるように、葉歌の服に擦り付ける御影。 葉歌はゼェゼェ……と荒い呼吸を繰り返すだけだ。 少し離れていても分かるくらいに、葉歌の衰弱は分かりやすかった。 顔がどんどん青白くなっていく。 「い……や……」 カタカタ……と葉歌の体が震え始まる。 真城は激痛を堪えて立ち上がると、すぐに二人に向かって駆け出した。 けれど、足がふらついて、気持ちとスピードが一致しない。 ぐらりと視界が傾いて、その場に倒れこむ……が、すぐに起き上がろうと拳を握り締めた。 「思い出しちゃったかしら?……襲われた時のこと」 クスクス……と御影はおかしそうにそう言った。 「葉歌?!しっかりして!!」 真城は御影の言葉に動揺しながらも、葉歌に呼びかける。 葉歌は壊れた玩具のように、フルフル……と首を振り続ける。 「なに……も……わたしは、なにも、されてない……」 「そうねぇ……されてないけど、あなたの中ではそれで済んでないのでしょう?」 「されてないもん!わたし、なんにも、されてないもん!!」 まるで子供に戻ったかのような口調で葉歌は頭を抱え込んでそう叫んだ。 「……あなた、あの後、どんな夢を見たっけ?」 「いや……」 「死んじゃえば良かったのに……って、誰かに言われなかったかしら?」 「やめて……!」 葉歌の目から大粒の涙が零れた。 「可愛い顔。そんな表情でそんなこと言われちゃったら、もっといじめたくなっちゃうわよ?」 御影は恍惚とした表情でそう言い、ゆっくりと、それでも強引に後ろから葉歌の唇に口づける。 背もほとんど同じくらいなものだから、葉歌の体は本当にありえないほど無理矢理の体勢に捻られていた。 「んっ……ふ……」 嫌がるように首を振ろうとするが、御影はそれを許しもしない。 葉歌の目からどんどん涙が零れてくる。 「やめろ!!」 真城は無理矢理風跳びをして、御影に斬りかかろうとした……がすぐに風に押し戻されてしまった。 「やっ……ぁぁ……っ」 御影は葉歌から漏れる声など気にも留めないように、一心不乱に吸い続ける。 まるで何かを探しているかのようだった。 必死に抵抗して、葉歌は御影の唇を噛んだようだった。 けれど、御影はそれでも葉歌の頭から手を離さない。 ようやく、にぃ……と口元を動かすと、唇を離し、愛しそうに葉歌の額にキスをした。 葉歌の額に御影の唇の血がつく。 「はい、お疲れ様。返してもらったわよ」 そう言った途端、まるで興味などなくなったように葉歌の体から手を離し、唇の血を手のひらで拭った。 支えを失った葉歌は膝からズルリと崩れ落ちる。 「はぁっ……はぁっ……ぅぅううううっ……ゴホ……」 葉歌は涙を零しながら、胸を押さえて蹲ってしまった。 それを見た瞬間、真城の中で何かがせりあがってくるような感覚を覚えた。 もうほとんど使い物にならないはずの右腕が、真城の意思とは関係なしにグググッと持ち上がる。 「死ね……」 その声は、真城のものでありながら、真城のものではなかった。 とても冷たい声。 手のひらからブン……と緑の閃光がほとばしり、次の瞬間、御影の体を鋭く貫いた。 「なっ……」 そんな攻撃が来るとは予測もしていなかったであろう御影は、驚いたように貫かれた肩を押さえる。 真城ははっと我に返った。 今、数秒意識が途絶えた……。 まさか……。 真城は自分の頭にそっと触れる。 『ぼくが護るんだ……ハウタさんは絶対に』 風歌の声だった。 『どいて、マシロ。もう、きみは役に立たない』 『救うって、約束じゃないか……』 『ぼくにとって、ハウタさんが……あかりが最優先なんだ。そんな甘いこと言ってられないんだよ』 『風歌……』 『どけよ!どけったら。このままじゃ、あかりが死んじゃうだろう?!』 『君は……』 『どけぇぇぇぇっ!!』 まるで感情の歯止めが利かないように、風歌は真城の意識を浸食していく。 ……そうだった。 もっと早くに気がつくべきだったのだ。 風歌のあかりに対する執着は計り知れない。 700年……ずっと追い求めるほどに、『彼』の心はあかりでいっぱいだった。 真城は自分の体の感覚がどんどん失われていくことに恐怖を抱きながら、『彼』の感情の暴走を止める手立てもなく、支配権を奪い取られてしまった……。 |
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