第5章 まさかの……死…… 壁にもたれた状態で真城はゆっくりと目を開けた。 「真城……」 葉歌が心配そうに真城の手を握ってくる。 ……けれど、どこか様子がおかしかった。 眼差しがとろんとしている。 「葉歌、どうしたの?表情が……」 「……?別に、どうもしないけど」 「御影と同じ症状だ」 真城の右腕の傷を縛り上げながら、璃央がそう言った。 真城が風歌に意識を奪い取られる前までは、璃央は確かに気を失っていたのだが、今はなんともないような表情で、真城と葉歌の状態を窺っている。 「っ……」 「痛いかい?すまないね。治療はあまり得意じゃないんだ。蘭がいればよかったんだが」 「……折れて……?」 「……はいないと思う。恥ずかしながら、僕の剣の腕は雑兵並みでね。君たちのように器用には闘えない」 「……はぁ……」 先程まで立ちはだかっていた彼が、二人の看護をしてくれていることに疑問が浮かぶ……が、なんと尋ねればいいのかと考えると言葉に困る。 「……もう、駄目なのかもしれないな」 「え……?」 「彼女の体は、一生奴に飼い殺しにされてしまうかもしれない……」 璃央は慣れた手つきで、葉歌の額に手を当てた。 葉歌がそれにピクリと怖がるように反応した。 「ああ、すまない」 葉歌の反応に璃央はすぐに手を引っ込める。 それを見て真城が葉歌の肩を抱き寄せ、優しく声を掛けた。 ようやく強張った体から力が抜ける。 「……御影も、感情や表情を出すのが困難になった時期があった。あの時と……同じように見える」 「……どうやって、元に?」 「……今、御影を支配している奴が気まぐれに引っ込むと元に戻ることもあった」 「それは、葉歌には適用されませんよね……」 「ああ……」 璃央は悲しそうに目を細めて、ぼんやりと立ち尽くしている御影に視線を動かす。 御影は激しく肩を弾ませて呼吸を繰り返していた。 真城も同じように御影を見据え、その後に葉歌に尋ねる。 「戒は?」 「結晶を、取りに」 「そう……」 彼なりに出来ることをしに行ったのだということがすぐにわかった。 戒は……御影には手を出せないから……。 葉歌の頭を優しく撫でて、真城はゆっくりと立ち上がった。 床に転がっている剣を持ち上げ、なんとか右手を添える。 「剣士さん、おはよう♪」 肌で感じ取ったのか、御影はすぐに振り返った。 傷だらけの体をなんとも思わないように、御影は楽しげに笑顔を浮かべる。 気味が悪い……という言葉がぴたりと当てはまった。 「さぁ、遊びましょう?わたし、あなたが起きるの待ってたの」 「遊ぶって……」 真城は眉をひそめた。 なんとなく、わかることは……彼女は自分の命を脅かさない程度に、自分を楽しませてくれる人間を好む…………いや、自分のものにしたがるのかもしれない。 戒の力は、もしかしたら彼女の命を脅かす。 だから、結局のところ、興味を失った。 葉歌も同様だ。 あかりの魂の継承者である葉歌は、いつどんな力を発揮するか分からない。 だから、欲しがらない。 璃央はその点をクリアしていたのだろう。 楽しませる……というのが、闘いの面でないことは、なんとなく、お子様の真城でも察しはついた。 真城は……たぶん、彼女の中では危険でないのだ。 強すぎもせず、そのくせ、彼女を楽しませる。 彼女の楽しい……というのが、いまいちよく分からないけれど、風歌が真城を選んだのと同じで、もしかしたら、風属性に好まれる何かを、真城が持っているのかもしれない。 風の呪文を操る……という点に特化することがなかったから自覚がないだけのことで。 御影が目を細めて、ニコリ……と笑う。 すぐに真城は跳び出した。 剣をチャキッと鳴らし、横に振りかぶる。 ……その時、扉が開く音がした。 金属と石の擦れる音に、真城は気を取られてそちらを向いた。 そこに立っていたのは智歳だった。 遅れて龍世が顔を出す。 「ち……」 真城は慌てて剣を止めた。 どうしてここにいる? 風の暴発に巻き込まれて飛ばされたのは……廊下にいた人間だけだったのではないのか? 智歳が御影を確認した瞬間、表情を険しくさせ、飛び出してきた。 炎が閃き、御影に向かって飛んでくる。 それを御影はブンと風を飛ばして相殺しようとしたが、相殺できずに爆発が起こった。 「なっ……」 爆風で真城も、御影も視界を奪われてしまった。 真城はぎゅっと目を閉じて、風が弱まるのを待とうとした。 ……けれど、次の瞬間、智歳の声がした。 「死ねぇ!!香里の、分だっっっ!!」 「智歳!?」 真城は叫ぶだけで反応が遅れた。 傍にいたはずの御影の体を押そうと、右手を突き出したが、それよりも早く誰かが御影の体を押した。 ドスッと刃物が何かに刺さるような……鈍い音がし、周囲に血のにおいが広がる。 「……全く、いけない子だな……お前は」 その声で、御影の体を押したのが誰なのか、真城は察した。 智歳は璃央の腹に突き刺さった短剣を握り締めて、呆然と璃央を見上げてくる。 「……全く、いけない子だな……お前は」 その声は、智歳を責めているようでいて、とても、優しかった。 璃央はそっと智歳の体を抱き寄せる。 「僕と約束しただろう?この短剣は、香里にリンゴを剥いてやるために使うんだと。それ以外には使わないと……。だから、僕は携帯を許可したんじゃないか……」 「ば……お、お前、離せよ!」 「僕の責任だ……香里がああなったのも、お前がこうなったのも。僕のエゴが招いた……すまなかったと、思っている。……けれど、御影様は許してあげて欲しい。彼女は、何も悪くないんだ……」 「ふ、ふざけんな!俺は目の前で見たんだぞ?!何が、何も悪くねぇだよ!!馬鹿にすんじゃねぇ!!!」 「…………。そうだね……そうだろう……」 ポタポタ……と短剣を伝って落ちる血液。 「俺を止めたきゃ!いつもみたいにすればいいだろう?!催眠掛けりゃいい!!」 「……はは……」 「?! なんだよ……」 「催眠……か……。掛けてどうするんだい?掛けたら、一生お前は香里のことを忘れてしまうだろう」 「なっ……」 「そういうことだよ。御影を護るためになら、僕はお前の大切な人の記憶を封じこめる。いや、この場にいる全ての人から、香里の記憶を思い出せないよう、暗示を掛ける。命に代えてもね」 「…………それが……」 「僕の御影への愛だ……。けれど、僕はそれをしない。……なぜか、わかるね?」 「…………」 「香里を……いなかったなんて、僕はしたくない……から、だ」 璃央は無理矢理智歳の手を握り締めて、短剣を抜かせる。 璃央が短剣を抜いた途端、糸が切れたように膝から倒れこんだ。 「皆が皆、僕が全て悪いと思って……そのまま、乗り越えてくれれば……それでいいんだ……」 璃央のその囁きは誰にも聞こえないほど小さなもの。 「璃央様っ?!」 璃央の耳に愛しい人の声。 璃央は目を細めて、ニコリと笑う。 腕に力を入れて、必死に起き上がろうとした。 ……けれど、思いの外、傷が深くて、横向きに転がるのが精一杯だった。 仰向けになって見えたのは、高い天井と、心配そうな御影の顔。 傷だらけの御影が必死に璃央の体を起こそうと身を寄せてくるけれど、力が足りなくて、璃央の体は浮かばない。 「御影……」 璃央は元に戻ったのが嬉しくて、そっと彼女の腿に頭を乗せ、膝枕の形になった。 「璃央様……今すぐに……えと……どうすれば……」 困ったように御影は涙混じりで璃央の手を握り締める。 璃央は笑顔で御影の顔を見上げる。 「そのままで……」 「え……だって……」 「それが、僕の幸せですから……」 「だって……それじゃ……あなたが、死んじゃう……」 「もう……決して、アイツに負けないでください」 「……っ……」 「この体は、あなたのものだ。前世がどうとか、そんなの関係ない。僕が愛した……あなたのも・のだ……」 「璃央様、お願いだからそんなこと言わないで!わたし、あなたがいないと生きていけません……生きれないの!!」 璃央は精一杯の力を込めて、御影の頬を撫でた。 頬を伝う涙を何度も何度も拭う。 「大丈夫。御影なら……大丈夫」 「……まさか……璃央様……」 はじめから、こうなることを狙っていたと言ったら、目の前の人は怒るのだろうか? 「御影さん、ちょっと……貸して……!」 「え?」 御影の膝からゆっくりと真城が璃央の上体を持ち上げる。 智歳と龍世にすぐに指示を出した。 「出来る限りのことをしよう!智歳は上の階に戒がいるからすぐに呼んできて!タツ、タツは下の階に行ってお湯を沸かしてくるんだ」 「え……あ、ああ……」 「わかった」 智歳も龍世も素直に真城の指示に従った。 真城は璃央を横たわらせると、葉歌の傍まで駆け寄っていく。 「葉歌?使えるかな?回復……」 「……やっては、みるけど……」 ぼんやりとした目で葉歌はそう呟く。 真城はコクリと頷いて、葉歌を素早く抱き上げた。 右腕がズキリと疼くが、そんなことには構わなかった。 璃央の脇に葉歌を下ろし、葉歌はそっと璃央の腹部に触れる。 それはとても冷たい手だった。 「お願いです!璃央様だけは!!」 「よく言う……」 「え……?」 「あなたたちは、都合が良すぎる……」 葉歌は御影を見据えてそう呟くと、集中するように目を閉じた。 ふらつく葉歌の体を真城がしっかりと支える。 ふわふわと風が葉歌の周囲をそよぐ。 璃央が青白い顔でそれを見つめていた。 「分かっています……」 御影が寂しげにそう声を漏らした。 葉歌の手に御影の手が重なり、同じ顔立ちの二人が見つめあう。 「都合がいいのは分かっているけれど。……香里のいない今、わたしにはもう……本当に彼しかいないんです」 「……だったら、力を貸して。『御影』の力が使えるのなら、サポートできるでしょう?」 葉歌は抑揚のない口調でそう言うと、再び目を閉じた。 璃央がなんとなく察して真城に声を掛ける。 「……彼女……限界なんじゃないのか?……無理はさせないほうがいい」 「……けど……」 「……剣士殿は……甘い」 「え?」 「護るべきものは誰か。それを見定めなくては」 「…………。でも、君が死んだら悲しむじゃないか」 「……そう、だね……」 御影が必死に葉歌に合わせるように目を閉じて集中し始めるのを璃央は見つめた。 「彼女が助かるなら、僕は死んでもいいと思っていた。おかしいかもしれないが、僕は……死を怖いと思ったことがないんだよ」 「…………」 「御影が死ぬのは凍えるほど怖いのに、……自分が死ぬことは、怖いとも思わない。けれど、それではいけない。……それはよく分かっているけれど、大切な人に無理をさせるなんて、いけないことだよ。彼女は……もう限界だ。やめさせなさい。そして、彼女を助ける道を探さなくてはいけないのではないかい?状況を見定めたまえ。とりあえず、僕はこんなにも喋れる。……死ぬことはないだろうさ」 「そんな青い顔じゃ……説得力がない……」 真城は眉を歪めて璃央を見つめた。 璃央はにっこりと笑みを浮かべ、葉歌と御影の手を優しくどけた。 勢いよく起き上がり、 「ほら、大丈夫だよ。回復が効いたんだ」 と微笑みかける。 すかさず、ジャケットで自分の腹部を隠すように前のボタンを留めた。 「剣士殿」 「 ? 」 「会えるのなら、もっと早くに会ってみたかったものだ」 そう言い、ゆっくりと立ち上がる。 「ちょ……君……」 「璃央様……」 「……その子を……助ける手立てを探すんだ。わからないのかい?」 璃央は鋭い眼差しで真城を見据え、葉歌のことを示した。 葉歌はぼんやりと意志のない目で璃央のことを見た。 「どちらが重症か、わからないのかい?」 真城はその言葉でようやく葉歌をしっかりと見つめた……。 葉歌は真城に体を預けた状態で、長い睫毛を伏せた。 眠ろうと……している……? 「あ、ね、眠っちゃ駄目だ、葉歌!!」 不安が、胸を過ぎった。 前、あかりが鬼月の腕の中で息を引き取るのを風歌視点で見た時、あかりは眠るように死んだのだ……。 それが……頭の中でグルグル回る。 「……眠い……」 葉歌はそれだけぽつりと呟いて、またも俯こうとする。 真城はすぐに葉歌の体を抱き上げた。 ずっと抱き締めていたのに、璃央よりも気がつくのが遅れるなんて……。 なんて、冷たい体をしているんだろう……。 「ごめん、葉歌……」 「真城?どうしたの?」 「ごめん……ごめん。ごめん。……ごめん……」 真城の目からポロポロと涙が零れた。 悔しい……。 周囲のことばかり心配しすぎて、葉歌のことに気がつかないなんて……。 これなら、まだ……風歌のほうがマシじゃないか……。 ぎゅっと葉歌のことを抱き締める。 強く強く……自分の体温を分けるように、強く抱き締めた。 葉歌の手が、真城の頭を撫でてくる。 「……泣いてるの?どうして……?」 「だって……ボク、気付いてあげられなかった……」 「真城、約束したでしょう?」 「…………」 「生きて……幸せを見つけて、ってあなたが言ったの。でもね……わたし、もう幸せ見つけてるのよ。あなたの……成長を見つめていくのが、すごく幸せなの。あなたが綺麗になっていくのを見るのが……幸せなの。あなたが手を差し伸べてくれた、あの時から、わたしはずっと幸せだった。……あ……でも、まだひとつ叶ってない幸せがあるなぁ……」 葉歌はひとつ言う度に、真城の髪を撫で、最後に名残惜しそうな声を発した。 「葉歌……」 「約束……」 「葉歌……」 「ま……た・あの人……一人に……し・ちゃ・・う……かも……」 葉歌の呼吸が、そこで途切れた。 真城の頭を撫でていた手がカクリと力を失う。 御影がその状況で悟ったのか、すぐに璃央の胸に顔を埋めた。 璃央は青白い顔のままで、なんとか御影の体を受け止める。 「嘘だ……」 真城が力を失った葉歌の体をしっかりと抱き締めて呟く。 欠片……? あれが無くなったから……? 葉歌の中にあった、黒い風の……欠片? ……欠片? それって、パズルのように……無くなると絵が完成しないような……そんなもののことだったのか? ……二人の魂は……どちらも、完成していないパズルと同じだったのか? だから……二人の生命エネルギーは、行ったり来たりを繰り返していたのか? 葉歌が黒い風の欠片を持っていたことで、共有状態に陥ってしまった……? 「ハウタ……?」 扉が開いて姿を見せた戒は、その光景を見て、呆然と立ち尽くしていた。 |
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