第9章  親愛なる、大切な仲間へ(前編)

 親愛なる蘭佳殿。

 願わくば、あなたがこのような手紙を読むことがないように考えながら、この手紙を書いている。
 この手紙をあなたが読んでいるということは……僕か、僕と御影……どちらかがもう、この世にはいないのではないかと……思う。
 もしも、御影が無事であるのなら、前から言っていた通り、彼女をあの塔のある草原に住まわせてほしい。
 さて、僕は別れ際に緋橙を頼むと言ってあったと思う。
 それに関して、話を移させてもらうよ。


 まず、戦争から緋橙の国を離脱させて欲しい。
 これは……ずいぶん以前の記録だが、緋橙は元より戦争への参加の意志はなかったようだ。
 ただ、近隣諸国がカヌイ狩りを行っていることもあり、それによって恐怖に怯えた……緋橙に住んでいたカヌイの民たちが暴動を起こした。

 それにより、緋橙でも大々的なカヌイ狩りが始まってしまった……。
 元より、カヌイの民の力は尋常ではない。
 もちろん、戦闘だけに秀でた民族ではなかったけれど、戒を見れば分かるように10人もいれば、容易に軍隊など壊滅させられる。
 ……そんな力を持っていた。
 我が国は軍事国家だったこともあり、あっという間に、カヌイ狩り中枢国に祀り上げられてしまった……というわけだ。
 その当時、同盟を結ぶに当たって書かれていた書面には『自由意志』という言葉が用いられている。
 これを盾に、緋橙国の同盟を破棄させてほしい。
 例え何と罵られようとも、戦争とは、そういうものだよ。
 ……ただし、これではまだこころもとないだろうから、一つ策を残しておく。


 あなたが持ち帰ってきた風の秘石についてだ。
 こちらもきちんと調べておいたよ。
 ちゃんと、あなたの手元にあるかい?
 僕がドジって、あなたに手渡していないなんてことは……ないだろうか?
 そうなってしまうと、少々申し訳なさが湧くのだが……。

 秘石には、呪文の属性と同じく、4種類のものがあるらしい。
 炎・水・風・土……まぁ、こういった話になると蘭には敵わないから、軽く省かせていただくよ。
 そして、この秘石を管理する国は、昔から決められていたようだ。

 炎の秘石は我が緋橙の国。
 水の秘石は海を越えた西にある紫水(しすい)の国。
 風の秘石は蒼緑の国。
 土の秘石は香里と智歳が住んでいた……黄黒(きこく)の国。

 それぞれがそれを管理し、決してその力を間違いに使うことのないよう。
 そういう取り決めが成されていた。
 しかし、それも相当昔の話のようでね……。

 炎の秘石は……すっかりその存在を忘れられ、血統で王位を継承することのない我が国では、今ではどこに保管されているのかも、見つけるのは難しいようだ。
 時間が足りず、見つけることが叶わず、申し訳ない。

 そして、他国の点についても調査は進めておいた。
 紫水の国は元々研究者を多く輩出している国でもあるから、秘石は健在。悪用もされていない。

 ……問題なのは、蒼緑の国と黄黒の国だ。
 二つの国はどちらも血統で王位が引き継がれている。

 記録も多く残されているのだが……。
 その中に、こんな記載があった。
 『盗難に遭い、紛失』と。

 なかなか骨の折れる作業ではあったが、……東桜が風の秘石を葵の国から盗んできた……という話があったので、ピンと来た。
 おそらく……葵の国に、二つの秘石があるだろう。
 しかも、石の力を悪用するために良からぬ研究を進めている可能性がある。
 東桜を追って、僕の元に訪れた葵の国の使者は、風の秘石なしに、風跳びを容易く扱っていた……ように見えた。
 あの動きで、風跳びでないということは……まずない。

 東桜にも一応話は聞いておいた。
 面白そうだから盗んできた……とはじめははぐらかされたが、僕の予測通り、なんらかの研究が行われていたようだ。
 葵の国は、今は中立国だが……そのうち、なんらかの行動を示してくると予想される。
 だから、先手を打ってしまえばいいのではないだろうかとね。

 半分ではあるが、その風の秘石を使って葵の国から石を返納させる。
 必要であれば、紫水の国にも声を掛けるといい。
 協力要請は打診しておいた。
 おそらく、答えはオーケイのはずだ。(あちらの喜ぶ条件をたっぷりと含ませておいたからね)

 ただ、一つだけ大変な用事が残っていて、あなたに炎の秘石を探し出して欲しい。
 おとなしく返納するとも思えないのでね。……蛇の道には蛇だよ。
 あなたの名演技にかかっている。……よろしく頼む。

 できる限り、葵の国を悪役に仕立て上げること。

 これが重要だ。
 ……そうでなければ、我が国の戦争離脱……のほうが、目立ってしまうだろうからね。

 時間はあまりない。無茶を言っているとは思うが、年内に全て終えてくれ。
 信頼しているよ。


 ……さて、御影の件に話を移そうか。
 戦争が終結した後のことだ。

 緋橙が戦争離脱することによって、カヌイ狩り推進同盟側にいた国は次々に負けていくだろう。
 元々、緋橙があったからこそ、得ていた優位だったから。

 …………御影は、カヌイの民掃討を行った時の軍司令官を父に持っている…………。

 戦争後、罪は問われないまでも周囲の風当たりが強くなることは考えるまでもないことだ。

 そこで、あの草原に匿いたい。
 ほとぼりが冷めるまで……そうだな、五年か十年か……。
 あなたの判断に任せるけれど、彼女が辛い目に遭うことのないよう、しっかりと導いてあげて欲しい。

 蒼緑の国は空気も綺麗で風通しも良い。
 御影に世界の美しさを教えてあげるには、十分な国だと思うよ。



 さて……用件だけになってしまうのも味気ないから、ここからは私信だ。
 蘭、君には家庭的な環境が似合うと言っておきながら、こんな任を頼んでしまって本当に済まない。
 けれど、冷静に考えても、これだけのことを極秘裏に行うことが出来るのは、蘭以外にはいないと、僕は心から思っている。

 あの時の傷は体に残っていないだろうか?
 だいぶ深く……斬られていたらしいから……とても気懸かりだった。
 本当に済まない。君を前線に出すなど、僕がどうかしていた……。
 今更謝っても仕方ないことかもしれないが、この点については、心から謝らせてくれ。

 ……蘭のハッシュドビーフ、結局食べることが出来なかったな……。
 まぁいい。あれは一回食べただけでも忘れられない味だからね。
 これから少し、その味でも思い出して眠ることにするよ。


 それでは。

璃央


 手紙を読み終えた蘭佳の目からポタポタ……と涙が零れ落ちる。
 ゆっくりと椅子にもたれかかり、天井を見上げる蘭佳。
 ……忙しくなる……。
 でも、忙しいくらいが丁度いい……。
 蘭佳は心の中でそう呟いた。


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