第10章  親愛なる、大切な仲間へ(後編)

 時はあっという間に秋を過ぎ、冬を過ぎ、春が来て……あっという間に戦争は終結を迎えた。
 何年も何年も続いた戦争が嘘のように、崩れればあっという間だった。

 真城は丘の上でぼーっと村を見下ろす。
 今日ものどかで、平和な村の風景が……そこには広がっていた。

「真城さん……えと……隣、よろしいですか?」
「御影ちゃん。うん、どうぞ?」
 丘を登ってきた御影に対し、真城はにっこりと笑顔を返す。
 御影はゆっくりと腰を下ろして、うーん……と伸びをした。

 塔が崩れてしまったこともあり、あの草原に御影が住めるだけの小屋が建つまで、御影は風緑の村に留まることになった。
 どうせなら、風緑にい続けても良いのではないかな……とも思ったけれど、璃央の遺言でもあったそうだし、彼女も、あの地へ行くことを望んでいるようだったから、真城もそれは言わないでいた。

 金の……いや、琥珀色の目が真城に向く。
「いい天気ですね」
「そうだね」
「今日も……みなさん元気そうで良かったです」
「もしかして、今日もみんなのところ、回ってきたの?」
「はい。わたし、ずっと病気がちだったから歩き回れるの嬉しいんですよ。今日は葉歌さんと戒に会ってきました。たっく……あ、龍世くんはお仕事で……会えませんでした」
「そっか……」
「真城さん」
「ん?」

「あまり自分を責めないでくださいね」

「……何が?」
 真城は御影の言葉に笑顔を返した。

 御影は見透かしたような目で真城を見つめてくる。

「……あれは、誰のせいでもありませんよ」

「…………」

「繋げる手があったとしても、はじめに手を弾いたのは、あの黒い風です」

「……そうなのかもしれないね」

「真城さん、わたし、こう思うんです。自分のせいにするのって、苦しいけれど……逃げ……でもありますよね?」

「え……」

「自分のせいにしているうちは、自分の中にこもれる。とっても、楽な道です」
 御影はゆっくりと真城に言い聞かせるように言った。

 真城はそう言われてはっとする。
 いつも、後悔するのは自分に力が足りないからだと思って、前に進む糧にしてきた。
 けれど、今回のことは深く心に突き刺さりすぎていて、真城は上手く次の足を踏み出せずにいた。

 葉歌も戒も龍世も月歌も紫音も心配して真城にいつも何か言ってくれたけれど、その言葉のどれもこれもがスルーしていってしまっていた。
 それは……みんな、自分を気遣って優しい言葉しかくれなかったからだ。

 ……いや、それは言い訳か。
 自分がそれに対して、感情を吐き出さなかったからだ。
 吐き出したって、どうしようもないのだと……心の底で思ってしまっていた。

 まるで、子供の頃、丘の上に膝を抱えて座っていた時の心細さに似ていた。
 自分はもう決して折れないと、そう決めていたはずなのに。

「……ねぇ、真城さん?」
「なに?」
「わたし、真城さんのこと好きですよ」
「え……?」
「あ、……葉歌さんには内緒ですよ」
「あははっ……何それ」
 真城は御影があんまり真面目な顔でそう言うので、思い切り噴き出した。

 楽しげな真城の顔を見て、御影はにっこりと笑う。
「本当に笑った」
「え?」
「葉歌さんが、そう言えば絶対に真城さん笑うからって教えてくれたんです」
 葉歌よりもおっとりめの御影の顔が、少しだけ葉歌に似せようとしたのかピシッとなる。

「……葉歌が?」
「心配してますよ、皆さん」
「……うん、わかってる」
 真城は御影の言葉にコクリと頷いてみせた。

 御影はゆっくりと村の景色に視線を動かす。

「わたし、真城さん好きですよ」
「まだ言うかな……」
「璃央様のことでわたしが自失してしまった時、真城さん、たくさんたくさん泣いてくださいました」
「…………。あれは……その……あんまり掘り出して欲しくない……な……」
「そうですか?わたし、人の為に泣いてくれる人って、すごいと、思いますよ」
「はは……」
「おかげで、わたしも泣くことが出来ました」
 御影はゆっくりと髪をかき上げて、ふふ……と笑いをこぼす。

「しばらくの間、感情なんて出せないままだったから、とてもすっきりしました」
 御影はゆっくりと体育座りからお姉さん座りの体勢に動いた。

 真城は横目で御影を見て、すぐに村を見下ろす。

「璃央様も、真城さんも……わたしの恩人です」
 けれど、その言葉で再び視線を御影に戻した。

「 ? 」

「体を救ってくれたのは、璃央様でしたけど、詰まるところ、わたしの心を最終的に救ってくれたのはあなたです」

「御影ちゃん……」
「ふふ……」
「なに?」

「『御影』さんが、キミカゲみたいって言ってます」
 真城はその言葉にきょとんとした。
 葉歌やあかりには……セージ様みたいと言われたのだけど……。
 ポリポリと頭を掻いて、困ったように目を細める。

「真城さん、騎士に、なるのが夢なんですってね?つぐたんからそう聞きました」
「つぐ……」
「あれ?たっくんからそう教えてもらったんですけど……。あ、でも、たっくんはたっくんって呼ぶと怒ります」
 聞いてもいないことまで御影は喋って困ったように小首を傾げる。

「つぐたん、璃央様に雰囲気が似ていて、話すのが楽しいんです」
「そうなんだ……」
「意外と、つぐたん気障ですよね。あ、この言い回し、璃央様もしてた……とか思うと面白くって♪」
 楽しそうに御影はそう言い、一瞬動きが止まる。
 コツンと頭を叩き、すぐにふるふると頭を振る。
「ああ……もう、またわたし、話題が脱線して……。それで、真城さん、騎士の試験って、受けるんですか?」
「あ……うん、来年、アカデミー卒業だから、その時に……」
「つぐたん、心配してましたよ」
「え……?」
「受けるつもりがあるのなら、あのままボーっとしているのはまずいんじゃないかと……言ってましたよ」
「あ……」
「皆さん、仲が良すぎて言えないみたいでしたので、わたしが言ってみました」
「…………」
「余計なことでしたか?」
「あ、う、ううん……。稽古、サボってはいなかったんだけど……皆にはそう見えてたんだなぁ……と思って」
「あ、じゃ、わたし、余計なこと……」

「ううん!違うんだ!」

「え?」
 いきなり勢いづいた真城に御影は驚いたように目を見開いた。

 真城は拳を握り締めて、御影に話す。

「他人の目って、鏡なんだよ」

「はぁ……」

「だから、間違ってないんだ」

「……?」

「皆がそう思うってことは、そうなんだよ!」
 真城は強く言い切る。

 御影は真城のその言葉を聞いて、楽しそうに笑った。
「素直な人……」
 御影はそう言うと、また思い出したように口を開いた。
「あ、真城さん、今日は何の日?」
「え……?」

「そう言って、連れて来いって言われました」
 御影は優しく笑うと立ち上がり、真城の手を取って引っ張る。

 なので、真城もそれに合わせて立ち上がった。


「今日……?」










「真城様来るでしょうか?」
「大丈夫。あれで、結構御影はすごいのよ。真城並みに人の心の中にすっと入るんだから」
 月歌が焼いたケーキに葉歌が適当にデコレーションしながらそんなことを言った。

 戒が小屋の壁にもたれかかって、ぼーっとしている。
 すぐに葉歌の怒声が戒に向かって飛んだ。
「戒!ぼけーっとしてないで、手伝いなさいよ!テーブルクロスを掛ける!お皿を並べる!お水を汲んでくる!やることはいっぱいあるんだからね!!」
「……ああ、そうなのか?」
「そうなのかじゃないわよ!……全くもう……」
 葉歌ははぁ……とため息を吐いて、ゆっくりと髪をかき上げる。

 真城が戦闘以外隙だらけと言うのなら、戒も戦闘以外役に立たない。
 こんな人に自分が惚れたのかと思うと、なんだか嫌になってきた。
 実はあかりの記憶のせいで起こった錯覚なのじゃないかとさえ思う。
 ……元より、自分は夢を見ていた限りでは、セージ派だったのだし……。
 セージはなんでもすぐに気がついてくれたのだけど……。

「ああ!テーブルクロス、それじゃ裏よ!逆!逆!!」
「……そうなのか」
 戒は葉歌に言われたとおり、テーブルクロスを掛けようとしていたのだが、目ざとく気がついた葉歌がそんな声を掛ける。

「どうして分かるんだ?」
 戒は本当に不思議そうに呟いて、裏返してテーブルに適当に掛けてゆく。
 表のほうが光沢があるのだ……と言おうと思ったが、言ったところですぐ忘れるのだろうから葉歌は言い掛けた言葉を止めた。

 月歌が出来た料理を大皿にどんどん移しかえてゆく。
 カレーパンに、ミネストローネ。春野菜のサラダにひっけ鳥のフライドチキン。

 今日はずいぶん奮発した。
 龍世がひっけ鳥を捕まえてきてくれたおかげで、料理のバリエーションにも幅が広がったのだ。

「おば様と村長には言ってきたのよね?」
「はい。後からゆっくり来ると言ってましたよ」
「……紫音くんがいないのが残念だけど、あとはたっくんがお城から智歳くんを連れてくれば全員ね」
「そうですねぇ。これで、少し気を取り直してくれるといいのですけど」
「いいんじゃないの?王子様は成長の速度についていけなくて、少し眠っているだけよ」
「はぁ……」
「真城だって、ああいう時があってもいいのよ」
 葉歌は優しい声でそう言い、ケーキのデコレーションを月歌にバトンタッチした。

「わたしは、真城より、兄ぃの今後が心配よ。早く、いい人見つけるなり……村長になるなりしてよね」
 からかうようにそう言うと、月歌がすぐに眼鏡を掛け直して取り乱すように顔を赤らめる。

「な、な、な……」
「戒〜、こっちの大皿運んでちょうだい。お皿はわたしが並べるから」
「……わかった」
「出来たてだから気をつけてね」
「……ああ……」
 戒は相変わらず愛想なくそう言うと、軽々と大きなお盆に乗っている大皿を運んでゆく。

 葉歌が小屋の外に出て行って、小皿を並べ始める。

「……ねぇ、こっちってつっくんたちの小屋……」
「ええ、連れてきてって言われたの」
 木々がカサカサと鳴いて、真城と御影の声がした。

「あれ?予定より早い……もう、御影ったら……」
 葉歌は慌てたように皿だけ並べ直して、一応体裁を整える。

 まだケーキが出来上がっていない。

「兄ぃ、どのくらいで出来る?」
「今、もう少しで出来ます。……大丈夫ですよ。そのまま来ても問題ないですよ」
「……本当?」
「ええ。たっくんたちが間に合いませんでしたけど、仕方ないでしょう」
 そう言いながら、月歌が大きなケーキとナイフを持って、外へと出て来た。

 葉歌が開けていたテーブルの中心にケーキを置き、エプロンをゆっくりと外す。

「天気が良いので生クリームは避けましたけど……まぁ、上出来ですかね」
 満足そうにそう呟いたところに、御影と真城が顔を出した。

 御影が楽しそうに笑みを浮かべて、真城から手を離し、くるりとターンしながら葉歌の隣へ来る。

「え……な、なに?これ……。今日、何かあるの?」
「真城、まだ分かってないの?」
「……そうみたいなんです」
 不思議そうな真城を見て、葉歌と御影がコソコソと言葉を交わす。

 困っている真城を見るのも面白いと思って、葉歌が何も答えないでいると、見かねた戒がすぐに言った。
「お前の生まれた日。誕生日……だそうだ」
「え……?ああ……そういえば……」
「おめでとうございます、お嬢様」
 月歌がすかさず間を繋ぐ。
「プレゼント、何がいいですか?いつものことで、欲しいものを用意させていただきます」
「兄ぃってある意味ズボラ……」
「そうですか?素敵ですよ」
「え……御影まで……?」
「 ? 」
「な、なんでもないわ。おめでとう、真城」
 葉歌は御影のことを見つめてからすぐに首を振り、笑顔で真城に向けてそう言う。

 ようやく、真城は我に返ったようにコクリと頷いた。
「……ありがとう、みんな」
 真城は笑顔でそう言い切ると、すぐにタタタッとテーブルの傍に駆け寄ってきた。

「ねぇ、食べていいの?」
「はい、構いませんよ。お取りします」
「ホント?!じゃ、じゃぁ……まずケーキ」
 嬉しそうに月歌を見上げて真城はフォークを握り締める。

「いくつになるんですっけ?」
「17」
「だいぶおおらかに……」
「ええ、おおらかにね」
 葉歌と御影はそっくりな顔立ちを突き合わせてコソコソ……と言い合い、クスクス……と笑いをこぼした。

 そこに龍世がバタバタと音を立てて駆けてやってきた。
 ゼェゼェ……と息を切らして、何度も肺に酸素を供給する。

「あれ?たっくん、智歳くんは?」
 葉歌がすぐに尋ねると、龍世は困ったように目を細めて、まずは真城に声を掛ける。

「真城、誕生日おめでとう!あとで欲しいもの教えてね」
 真城がモグモグとケーキを食べているところだったので、ただコクコクと頷くだけ。
 龍世はそれを見て笑いをこぼす。1年前だったら、こんな光景見られなかった。

「それで、智歳くんは?」
 葉歌がもう一度尋ねる。
「……あ、えっと……ちとせ、国に帰ったって」
 龍世はしゅんとした表情でそう言った。

 それを聞いて、その場にいた者全員が動きを止める。

「え?国って……だって……」
「なんか、よくわかんないけど、平和の象徴として、……国の建て直しに協力してくれるんだって。どっかの国が」
「それって……」

 傀儡国家……?

 その場にいた全員の頭にその言葉が過ぎる。
 ……表現を誤った。
 龍世と御影以外の頭に過ぎった。

 しかし、智歳がそんなに間抜けな判断をする訳もないと一同納得して、すぐに葉歌は龍世に手招きをする。

「帰れるのなら、よかったじゃない」
「……うん、そうだよね。喜ばないといけないんだよね!よっし、オレ、たくさん食べる〜」
 龍世は嬉しそうにフォークを受け取ると、まだ分けていないケーキに思い切りフォークをぶっ刺した。
 それを見て、月歌がすぐにポカリと龍世の頭を叩く。
「いってぇ〜……なに?」
「真城様のための料理ですよ。食べたかったら切り分けますから、全部食べようとしないでください」
「……オレ、ワンホールないと足りないよぉ」
「まぁまぁ……つっくん。ボク、もう食べたから気にしないで」
 真城が慌てて月歌のことを止める。
 すると、その隙をついて、龍世が嬉しそうにケーキの大皿を持って、近くにあった木の切り株に腰掛け、食べ始めた。
 それを見つめて、月歌が呆れたようにため息を吐いた。
 けれど、テーブルの隅では、静かに戒が黙々とひっけ鳥のフライドチキンを食べており、全部食べられる前に……と、すぐに皿を下げに駆けてゆく。
 相変わらず、慌しい兄がおかしい。
 こんなに、気持ちは前に出ているのに……それが気がついてもらえないのも、大変だな……と葉歌は思う。

 御影も春野菜のサラダへとフォークを伸ばして、小皿に選り分けた。
 しとやかに食べながら、葉歌の視線に答えて笑ってくれた。
 半年前の彼女からは想像もできないくらい明るくなった。
 やはり、恋する女の子は、強い、のだと思う……。

 最後に真城に視線を動かした。
 真城はケーキを食べ終えて、幸せそうに頬をほころばせている。
 それを見て葉歌まで嬉しい気持ちになった。

 なので、今度はきちんと近くに行って、もう一度言った。
「真城、誕生日、おめでとう」

 このうららかな日に。
 あなたの隣にいられること。
 それは、とても幸せなことです。

 真城が葉歌の言葉に、白い歯を見せて、にっかしと笑った。


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