続・陽月の章 真城が屋敷に帰ると、全員勢揃いで食卓を囲んで真城の帰りを待っていた。 「…………」 真城は驚いてそれを見回す。 月歌がようやくそこに入ってきて、櫂斗と一緒に料理を並べていく。 並べ終えた後に立ち尽くしている真城に対して月歌が声を掛けてきた。 「よかった……間に合いました。さあ、真城様、どうぞ。今日は上座へ。旦那様の許可は頂いておりますので」 「つっくん……」 「申し訳ありません。今夜の準備で、コロセウムまで行けませんで……。でも、窓から凛々しいお姿は目に焼きつけさせていただきましたから」 「僕に任せて行ってきてくださいと、僕は執事長に申し上げたのですけど……」 櫂斗がすぐにそんな言葉を挟んでくる。 真城はそれに対して笑いかけ、すぐに月歌を見上げた。 「あ……あの……。……その……」 「ああ、これは失礼しました。お久しぶりです。一段とお美しくなられました」 月歌は優しく笑みを浮かべて、真城の成長を喜ぶように声を弾ませる。 真城はそれに対して、すぐに顔を赤らめた。 落ち着かない……。 騎士服のままで……こんな言葉を受けることになるなんて。 「え……と……」 真城はなんとか伝えるきっかけを作ろうと目を泳がせる。 けれど、すぐに龍世が真城の元に駆け寄ってきた。 「ねね!真城。今日はね、全部真城の大好きなものなんだよ♪ほら、早く座って座って」 体格は真城よりも良くなってしまったくせに、屈託のない笑顔は全く変わっていない。 強引に真城の手を取って、引っ張ってゆく。 「え……あの、あ……ちょ……」 「……また後ほど。色々、聞きたい話もありますので」 月歌は穏やかに笑うと、深々と頭を下げて、ゆっくりと部屋の外へと出て行ってしまった。 真城が腰掛けると、すぐに食事が始まってしまい、真城は唇を尖らせて、ドアを見つめた。 「真城君」 テーブルの向かい側には、璃央が座っていた。 穏やかな笑みを浮かべてこちらを見つめている。 「女性では史上初なうえに、最年少だそうだね。本当に君はすごい人だ」 「あ……そうだった。君、無事だったんだね」 真城は璃央を見つめてすぐに屈託のない笑顔を浮かべる。 璃央はその笑顔にこくりと頷いて応えてくれた。 「おかげさまでね。僕は一人で闘っていたつもりだったけれど、どうやらそうではなかったらしくてね」 璃央はさっと手を広げて、御影・蘭佳・東桜・智歳・香里を示してみせた。 真城はその言葉を聞いてコクリと頷き返した。 蘭佳と葉歌が大皿から料理を小皿に移して、みんなに回してゆく。 真城は葉歌から手渡されたミートソースを見つめて、表情をほころばせた。 「これ、全部つっくんが作ったの?」 「ええ。馬鹿でしょう?あなたの晴れの舞台なのに、それを見ないでずっと料理してたのよ」 葉歌は呆れたようにやれやれ……と両手を脇に持ち上げてみせる。 真城は見に来てくれなかったのは残念だったけれど、そんなところも月歌らしくて、ついつい目を細めて料理を見つめた。 その日の夕食は和気藹々と、まるでしばらくぶりに会う仲間のような雰囲気で、時が過ぎていった。 ……ただ、紫音と東桜だけは、少々刺々しい雰囲気を漂わせてはいたけれど……。 夕食もお開きになって、みんながそれぞれ割り当てられた部屋に戻って行った後、真城は結わえていた髪だけ下ろして、スタスタと執務室に向かっていた。 結局、バタバタと料理を出したり、泊まる人たちの部屋を準備したりで、月歌は一度も夕食の席に着くことがなかった。 夕食の歓談で上がったテンションのまま、少しだけ飲んだワインの酔いに任せて……。 真城は勇気を搾り出しながら歩いていく。 月歌の執務室の前に来て、深く息を吸い込み、吐き出した。 ノックしようとした手が……ブルリと震える。 上手くいかなかったら、以前のように、……いや、以前以上に、どこかに溝が出来てしまうのではないか……。 そんな不安が、心の中にある。 コンコン……と部屋のドアを叩いた。 ……が、返答はなかった。 「……いないのかな……」 真城はぽつりと呟いて、もう一度コンコン……とドアをノックした。 返答がない。 まるで、8年前のあの日の再来のようだ。 初恋の思い出にと、彼の唇に触れようとしたあの日……。 寸前で起きた彼は慌てて椅子から転げ落ち、それから4年間……彼は真城の世話役から離れた。 「……つっくん……いる?」 やっぱり、返答はなかった。 ドアノブに手を伸ばす。 キッチンにも庭にも、どこにもいなかったのだ。 ……ここ以外には考えられない。 キィ……と少しだけ音を立てて、ドアが開いた。 窓から射し込む月明かりに照らし出される、彼の背中。 デスクに突っ伏して眠ってしまっているようだった。 真城はすぐにベッドに置いてあるブランケットを取り、それを月歌の肩に乗せる。 「……ん……」 月歌はそれがくすぐったかったのか、ピクリと反応して、すぐに顔の向きを変えた。 真城がその様子を見つめてクスリと笑いをこぼす。 「……子供みたいだ……」 そう呟いた後に、真城はふと思う。 ……昔は、もっと大きいと思っていたのに。 ゆっくりと月歌の寝顔を覗き込もうとしたら、サラリと長い髪が落ちた。 すぐに髪を耳に掛け、月歌の寝顔を見つめた。 普段の穏やかさとは異なる……あどけない寝顔。 「……つっくんって、意外と童顔だよね……」 ぽつりとそんな言葉が漏れた。 「……ん……ま、し……」 「 ? 」 真城はすぐに月歌の顔に耳を近づけた。 何か……寝言を言おうとしている? すると、長い髪が月歌の頬をくすぐったのか、そこでゆっくりと月歌が目を開けた。 エメラルドグリーンの瞳に、真城の顔が映る。 「え……真城……様?」 眼鏡をしていない上に、暗がりなものだから、月歌の声には疑問符が浮かぶ。 慌てて眼鏡に手を伸ばし、すぐにカチャリと音を立てながら掛けた。 「あのね……つっくん。聞いて欲しい話があるんだ」 「真城様、少し飲んでいますか?アルコールの臭いが……」 「あ、うん……」 そうじゃないと勇気が出ない。 そのくらいは……許して。 「ちょっと待ってくださいね?明かりがないと、お嬢様の顔が見えませんので……今……」 月歌がランプに明かりを灯そうと立ち上がったが、すぐに真城は月歌の服の袖を握り締めた。 「……?どうしました?」 「あ、あの……明かりがないほうが、ボクは話しやすいんだけど……」 「そう、ですか?」 「う、うん……」 真城がコクリと頷くと、月歌はすぐに頷いてベッドに腰掛けた。 「どうぞ?お掛けください」 月歌の優しい声。 窓から遠いベッドに腰掛けたことで、余計に表情が見えなくなってしまった。 少し、失敗したかな……と心の中で呟く。 ドクンドクン……と鼓動が高鳴る。 真城はゆっくりと月歌の隣に腰掛けて、真っ直ぐに彼を見つめた。 「……本当に、綺麗になられましたね」 「え……?」 「昼間、駆け抜けていくのを見た時、またお嬢様は、私の手の届かないところに行ってしまった……なんて、思ったりしたんですよ」 「…………」 「長らく、成長を見守ってきた身としては、嬉しくもあり、寂しくもあります」 そう言うと、月歌は穏やかな手で真城の頭をそっと撫でた。 真城は月歌のその優しい手をすぐに握り締める。 それに驚いたように、月歌の体がビクリと反応した。 すぐに月歌の動揺が分かって、真城はせっかく握った手を離した。 持ち上げた手を膝に落として、きゅっと握り締めて拳を作る。 頑張れ……自分……。 そう、心の中で呟く。 「ボクは……ずっとね……」 「はい?」 「背中ばかり追いかけてきたんだ」 「……?」 「どんなに走っても走っても、追いつけなくて、……それで焦って失敗したりもして……」 「よく、ありますよね、そういうこと……」 「……追いつけたかな?って思っても、すぐ、手の中から逃げていって……。不安で仕方なくって……だから、結局、諦めようって……そう思うことにしてたんだ」 「んー……。お嬢様……らしく、ありませんね?」 「……ボク、本当はすごく臆病なんだよ」 「そう思ったことは、ありませんけど……」 「臆病なんだ……」 真城は目を伏せて、唇を噛み締める。 ……そう。好きの二文字が言えないくらい、臆病だ……。 「……少なくとも、私は、お嬢様に救われましたけど」 「え?」 「お嬢様の笑顔に、私は救われました」 「…………」 「葉歌も、私も。だから、私はあなたを護るためならば、命さえ懸けられると思っています。騎士になった今でも、必要とあらば、私はあなたのことを、体を張って護ってみせます」 「……ボクが、護るのが仕事なのに」 真城は月歌の真面目な言葉に、ついそう言って笑いをこぼしてしまった。 騎士に向かって、護ってみせるなんて言う人、はじめて見た。 「やっと、笑ってくださった……」 「……?」 「お嬢様、先程話した時、少々顔がひきつってらっしゃいましたから」 「あ……だ、だって……」 「はい」 「つっくん、見に来てくれなかったから……」 「あ……これは失礼いたしました。そんなに気になさるのでしたら、何を押しても、見に行くべきでした」 真城はすっと目を細めて月歌の顔を見上げる。 月明かりで、微かに見える月歌の困った表情。 真城はドクドク鳴る心臓を抑えて、言葉を搾り出した。 「好きなんだ」 「は……?」 「だから、見に来て……欲しかった……」 顔にどんどん血が集まってくるのを感じる。 熱くて、クラクラする。 お酒なんか飲むんじゃなかった。 余計に……血の巡りが良くなってしまって……気持ち悪くなってきた……。 「…………」 「…………」 2人の間に無言の時が流れる。 真城はぎゅっと目を閉じて、月歌の言葉を待つ。 ……もう、自分が言うことはない……。 早く……早くしてくれないと、恥ずかしくて死にそうだ。 「いけません」 月歌はようやくそんなことを口にした。 真城の心がガラガラ……と音を立てて崩れていく。 一気に酔いが醒めて、呼吸が速くなる。 言わなきゃ……よかった……。 「……私の部屋に、こんな遅くに来たらいけませんよ」 「……え……?」 「危ないじゃないですか」 真城は言っている意味がよく分からなくて、首を傾げてみせた。 月歌がトンと真城の肩を押した。 不意を突かれて、真城の体がベッドにバフリと倒れこむ。 月歌の手が、真城の顔の脇にタスッと音を立てて置かれた。 真城はその手を横目で見てから、すぐに仰向けの状態で月歌を見上げる。 「意味、分かりますか?」 月歌は眼鏡を外して枕元にコトリと置く。 真城の細い体を跨いで、月歌は真城の両腕を押さえつける。 「……これなら?」 「…………」 真城はそこでようやく意図を理解した。 顔がカァッと紅潮する。 「あ……あの……つっくん、ずるいよ」 慌てて出た言葉は、それだった。 「え……」 「だ、だって……こ、こんな……。ぼ、ボクだけ……言って、それで終わり?」 真城は声を裏返しながら、月歌の目からすっと視線を逸らして、そう問いかける。 真城の不安を察したのだろう。 月歌はの手の力が一瞬弱まった。 その後、月歌がふっと笑みを浮かべる。 「……好きですよ」 「…………」 「気がついたのは、5年前でしたけど」 そっと月歌は真城の両腕から手を離し、そっと顔の脇に手を添えて、ゆっくりと顔を近づけてくる。 真城はきつく目を閉じて、それを待つ。 すると、月歌の口づけは額にふっと触れ、目蓋に触れ……唇に乗った。 どれもこれも、軽いキス。 ゆっくりと月歌は体を起こして、真城の上からどいた。 真城もゆっくりと目を開ける。 月歌は眼鏡を掛けると、すぐにランプに明かりを灯した。 「ね?これからは、遅い時間には来ないでくださいね?」 「…………」 真城は余裕を持ったような月歌の言葉に、唇を尖らせる。 ……もっと、動揺した彼が見たかった……。 大人の余裕なのか、見栄なのか……。 「あ、ちょ、ちょ……みんな押さないでったら……!」 突然葉歌の声がして、ドアがバタンと開いた。 ズルズル……と崩れるように雪崩れ込んでくる人、人、人……。 璃央と戒と蘭佳と智歳と鬼月が、はぁ……とため息を吐いてその様子を見つめている。 一番下敷きになった葉歌と御影が、すぐに上に乗っている人を押しのけ立ち上がって、笑う。 「ご、ごめんね。心配だったものだから……」 「そうなんです。真城さん、ちゃんと言えるかなぁって……」 「一時はどうなるかと思ったよね?あれよあれよと話が逸れてくから」 「たっくん、それを本人の前で言うのは失礼ですよぉ……」 「いやいや、嬢ちゃん、あれはまだるっこしい言い方をしたマシロちゃんが悪いから仕方ねー」 「……まぁ、それも真城くんらしいかなぁとも思うけれどね」 「すまないね、止めようと思って来たのだけれど、結局全て聞いてしまって」 「璃央様、やはり、立ち聞きは気分のいいものではありませんね……」 「気にすんなよ、こんな人がぎょうさん来てる時に、告った真城も悪いんだ」 「葉歌、心配なのは分かるが……やっぱり、真城が少し可哀想に思う」 「戒……鬼月、同感」 真城は目をぱちくりさせて、みんなを見つめた。 月歌がふぅ……と息を吐き出す。 「……だから、言いたくなかったんですけどね……。声じゃなければ、分からないかと思ったんですが」 「あ……ごめん、つっくん」 「いえ。構いませんよ。私も、往生際が悪すぎでしたね」 月歌は優しい笑みを浮かべると、そっと真城の肩を抱き寄せた。 真城はビクリと肩を震わせる。 耳元で月歌の声。 「……今度、休暇を頂いたら、どこかに出掛けましょうか?」 その声に真城はコクリと、頷いてみせた。 「真城様、もしよろしければ、遠征の折には、私を従者としてお連れくださいませ。足手まといにならないよう、体を鍛えておきますから」 「で……でも……」 「私の主は、あなたですから」 月歌は笑顔でそう言う。 もう、開き直ってしまっているようだった。 確かに……こんな大人数に聞かれてしまったのだったら、堂々としてなかったらからかわれるだけだ。 真城はにっこりと笑みを浮かべて、月歌の袖を握った。 |
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